「では、スティージェン。お元気で」
頭をあげた少女は飛彩の手を取り、生き生きとした表情で廊下の奥へと消えていった。
小さくなっていくその姿を見ながら起き上がったスティージェンは、かけられた情けを返すかの如く現場の後始末にかかる。
「私が敵から受けた借りをきっちり返すような男で助かったな」
飛彩にしては甘い判断だったとも言えるが、スティージェンはその暗黙の約束を守ろうとガラでもない思考に浸るのであった。
「さ、これで逃げる準備は万全よ」
部屋で荷物をまとめる様子はまさに夜逃げ同然だったが時空を行き来できるカクリがいれば忘れ物を取りに戻ることなど容易い。
「でも、あの執事みたいな人放置していいんですか? 追手を放ってくるかも」
「それは……」
「大丈夫だろ」
長年の付き合いのあるホリィの言葉を遮ってまで確信を話す飛彩。
殴り合った相手だからこそ繋がりあう何かがあるのかもしれない。
「そんなことよりホリィ、もう一度聞くぜ」
「何でしょう?」
向き直った飛彩は真剣な表情でホリィの顔を覗き込む。
いつもならば引き剥がそうとする蘭華たちだが、ヴィランと相対するような雰囲気にのまれて固唾を飲んで見守るしか出来なかった。
「俺らと一緒にこれからもヴィランと戦い続ける。それがお前の選んだ道……お前が心の底から選んだ気持ちってことで間違いねぇな?」
「はい」
芯の通った返事に、蘭華やカクリも期待の笑顔が灯る。
戦いに参加しない方がホリィのためなのかもしれないなど余計なことを色々考えていた飛彩だが、大事な仲間がいなくなるという苦しさの方が上だったのかもしれない。
「はぁー、よかったよかった。お前が一緒に居てくれるってだけで嬉しくなってくるぜ」
「えっ? それは……」
手で口を押さえて顔を赤らめるホリィだが、蘭華達のいつもの思わせぶりな天然発言だと言わんばかりのジトッとした視線で現実へ戻ってくる。
「ですよね、そうですよね……」
「こんなので喜んでたら心臓もたないわよ?」
「いや、蘭華さん割と毎回喜んでますよね?」
「カクリ? 余計なこと言わないの」
先輩風を吹かせた蘭華はジトっとした視線をカクリに突き刺す。
少女達にしか分からないないように鈍感な飛彩は頭に疑問符を浮かべながら話半分に少女達の黄色い声に耳を傾けた。
「あ、そういえば勝手に飛彩とデートしたそうじゃない!」
「えっ!? それは、その、あの……」
助けを求めるような視線が飛彩へと飛ぶが、それは悪手だ。
飛彩に場を取り持つ話術があったなら今頃クラスの人気者になっている。
「ま、次はみんなで行こうぜ?」
飛彩にしては場が荒れない一番無難な言葉を選べていた。
その言葉に飛びついたホリィは蘭華とカクリの手を取る。
「ですね! 次は皆でいきましょう! 翔香ちゃんやエレナさんも一緒に!」
ここで流されては意味がないと思いつつも、ホリィの門出に免じて水に流そうと蘭華は苦笑する。
仲睦まじい様子にカクリも自然に表情が綻んだ。
そんな心の底から喜んでいるように見えるホリィに対し、飛彩は気恥ずかしそうに本心を打ち明けたる。
「正直、ここで安全に暮らしてた方がいいかもなんて思った時もあった」
「そう……ですよね。普通の女の子は戦ったりしないし」
意図が読めない独白に恐る恐るホリィも言葉を返す。
カエザールの言葉よりも一喜一憂してしまうのは、やはり愛が深いからなのかもしれない。
そんなホリィの心配を吹き飛ばすように戦いが終わりやっと気の緩んだ飛彩も拳を突き出してホリィの決意を祝う。
「でも、関係ねぇよな。俺が守ってやるところが一番安全なんだからよ!」
肩に置かれた手の温もりは一生忘れないだろうとホリィは表情を緩めた。
自分の選んだ道が間違っていなかったと、暖かな絆に迎えられて完璧に理解することができた。
「はいっ!」
突き出された拳に拳を当てるなどという男の挨拶を知らないホリィは両手で優しく包み、自分の胸の方へ引き寄せる。
「これからもよろしくお願いします、飛彩くん」
「おう!」
「はい、いちゃいちゃはそれまで〜」
流石に耐えきれなくなった蘭華がカクリと共に引き剥がしにかかるが、ホリィは飛彩の言葉にドキドキさせられっぱなしなことに気づいた。
(飛彩くんは仲間を助けに来てくれたんだよね……)
しかし少女は仲間としてではなく、恋愛対象として見て欲しいという我がままな自分の欲に従うことにする。
(いっぱいドキドキさせてくれる、お返しです)
改まって真剣な雰囲気を纏うホリィに気づいた飛彩は怪訝な様子でホリィの顔を覗き込んだ。
まだ何か不安なことがあるのか、と目つきの悪さからは想像もつかない優しさが溢れている。
「——でも、一個だけ言ってないこともあるんですよ?」
「はあ? ここまできて隠し事はなしだろ」
「ふふっ。飛彩くんには秘密です」
可愛らしく唇に人差し指を当ててウインクするホリィの姿が視界に飛び込み、飛彩は顔は今までにないほど真っ赤に染まる。
そこで、これ以上イチャイチャされても困るとカクリ達が異次元の扉を開きそこに荷物や飛彩を投げ捨てていく。
「ちょっ! おいぃぃぃぃ!」
「さあさあ行きましょー」
話を遮るように空間へ消えていった蘭華とカクリを見届け、部屋に一人だけ残ったホリィはずっと閉じ込められていた部屋を眺める。
「私が一番怖いのは、平和を守れないことでもない。家に認められないことでもない。飛彩くんを失うこと……だから私が本当にやりたいことは……」
心のうちに秘めた言葉でももはや誰も聞くことはない。
家との決別を示すようにホリィは軽く頭を下げて異空間に飛び込む前に照れながら言い残した。
「飛彩くんとずっと一緒にいること、だよ」
飛び込んだことを確認すると同時に異空間は消え、部屋には再び静寂が舞い戻る。
この日、ホーリーフォーチュンことホリィ・センテイアは真のヒーローになった。恐れから解き放たれた未来を己の手で切り開くヒーローとして。
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