【完結】変身時間のディフェンスフォース

〜ヒーローの変身途中が『隙だらけ』なので死ぬ気で護るしかないし、実は最強の俺が何故か裏方に!?〜
半袖高太郎
半袖高太郎

ヴィランじゃない

公開日時: 2021年4月9日(金) 00:07
更新日時: 2021年4月9日(金) 20:03
文字数:2,316

 妹の間違いを優しく諭す兄の声音。それとは裏腹な厳しい鉄槌。


 肩口に叩き込まれた拳に全身の鎧が軋み、簡単にララクは両膝を地面につけた。

 首を垂れる姿勢を強いられたララクは先に走った痛みから続いてやってきた鈍痛に息ができない。


「せめて恐怖の力がもう少しでも残ってたら僕ともう少し遊べたかもね」


 刃向かった意思を見せた時点でリージェはララクを許していないのだ。

 兄妹と呼ばれる相手にも容赦なく拳を向けるヴィランの非情さが周囲の動揺に拍車をかける。


 春嶺は倒れ、ホリィは大軍を相手に護利隊を率いて大軍を相手取っている。ヴィランの方がまだまだ有利な状況に追随するヒーローなどいるわけがなく、戦況は変わらず不利なまま。


 痛みに両手が下がるララクは歯を食いしばり拳を握る。


「私は……飛彩ちゃんが大好き。飛彩ちゃんに死んでほしくない。色々言ったけど、リージェが飛彩を狙うならどんなことをしても絶対に守りたい!」


 ドレス型の鎧が黒い瘴気を吸い込み、異世の展開を身体の中へと一気に吸収していく。

 それに呼応して鎧が本当の姿を思い出すように龍の兜や翼を作り上げた。


「可愛くないから嫌いだったんじゃないのかい?」


「ええ、今でも大っ嫌いよ。でも大好きな人を……大好きな世界を守るためなら!」


「やっぱりお前は異質だ。ヴィランの未来のために死んでもらう!」


「私は! 私を捨てる!」


 龍の頭部を模した鎧がララクの頭を覆った瞬間、全身に龍の鎧が一瞬にして装着された。

 咆哮だけでリージェの拳は押し留められ、振り回された尻尾が死神の鎌のようにリージェの腹部を大きく切り裂いている。


「なっ、にぃ!?」


 鎧が斬り裂かれて、中にある素肌が覗く。

 受肉が進行して刻一刻と人の身体に近づいているリージェの命。その作りかけの命に切先を突きつける悪魔が再誕した。


「ウォォォォォォォォォォォ!」


「ははっ……!」


 すぐに展開力を鎧へと集中し、ダメージを拒絶する。

 即座に復活して黒檀の輝きを見せる鎧を一撫でしたリージェは鋭く瞳を細めた。

 久しく感じていなかった死の気配に全身が痺れる思いとなる。


「やっぱりララクはその方が似合ってるよ」


 異世を代表するヴィラン達の決戦に人類はただ巻き込まれるしかなかった。


「アアアアアアアアアァァァァ!」


「そんなんじゃ味方からも狙われるぜ? ああ、違うか。お前の味方はさっきの二人だけだもんなぁ」


 大振りの爪撃を拒絶で受け止め、その場で軽々と弾き返していく。

 しかし、龍化したララクの体力は無尽蔵で大きく弾かれた腕の遠心力を生かして回転しながらリージェに何度も攻撃を浴びせていく。

 その攻撃の凄まじさに不可視の拒絶結界に波紋が広がった。


 事実リージェの拒絶は行為を拒絶している。

 つまりララクの攻撃に合わせて拒絶を発動しているのだ。

 ララクの攻撃がリージェの反応速度を上回った瞬間、絶斬が鎧をバターのように斬り裂くのだろう。


「ワタシはモウ、ヴィランじゃナイ!」


 その魂の叫びが篭った攻撃をリージェはあえて力を使わず片手で受け止める。

 それに動揺せずにまだ空いている左腕を叩きつけようと振り上げた瞬間、リージェの蹴り上げが炸裂して腕があり得ない方向へと曲がった。


「グギャアァァ!?」


「女の子なのに、そんな声だしていいのかい? ますます嫌われちゃうよ?」


 攻撃の勢いで宙に浮いたララクへとリージェは右手を引き絞り、砲弾のような拳を放つ。


 大怪獣の決戦が終われば次は自分たちだというのに、ヒーロー達は目の前の恐怖から逃れたくて早く勝負がついてくれと戦慄いていた。

 目の前で繰り広げられる黒の饗宴は人間の精神をいとも簡単にすり減らしてしまう。


「グガフッ!?」


 エコーのかかったような声はもはや可愛らしいララクのものではない。

 鎧に亀裂を走らせながらも顎門を開いてリージェへと牙を伸ばす。


「なっ!?」


「ワタシが皆を守ル!」


 リージェの顔面へ伸びた牙。整った顔立ちを引き裂く先鋭的な刃がめり込む瞬間、自身を噛まれないように拒絶したリージェが半歩だけ下がり、カウンターの拳を回転しながらララクの側頭部へと叩き込んだ。


「はあっ!」


「グアッ!?」


 崩れかけたララクをみたホリィは友の名を叫ぶ。

 一つの恐怖の塊が消えかけたことで戦場へ降り注ぐプレッシャーが幾分か薄まった。


「まったく、聞き分けのない妹だった。もう二度と君のような裏切り者が現れ……!?」


 トドメの一撃を刺そうとしていたリージェは力の篭らない自分の拳を見つめた。

 薄まっている展開力に今更気づいたリージェ竜の口元に凝縮された黒いエネルギーに瞠目する。


「は、春嶺ちゃん……!」


「お前! 最初からヒーローの変身に必要な展開量を奪うために!?」


 それをリージェに浴びせれば拒絶を撃ち抜いて、大きくダメージを与えられたかもしれない。

 しかし、ララクにとって一矢報いるプライドなど不要で最後の最後まで、友ために吠えた。



 二度とならないと決めていた姿に堕ちてまでも友を救い、希望につなぐために。



「くそっ!」


 拒絶の展開は間に合わず、黒い展開が一気に春嶺の方角へと飛んでいった。

 それから一秒も経たぬ間に区域の端からリージェ目掛けて多種多様な光線が降り注ぐ。


「ちっ!?」


 その場で弾き返されてしまうのの、ララクはよろよろと離れてリージェから離れることが出来た。

 二人の中間にローブを纏った桃髪の射撃手が額から血を流しながらも戦場に舞い戻る。


「ララク、ありがとう……!」


「私たち、友達でしょ? 体張るのは当たり前、って飛彩ちゃんなら言うわ」


「ええ、そうね!」


 マグナムタイプの拳銃に展開力を込めて、リージェの逃げ場を奪うような跳弾の檻を形成していく。


「どいつもこいつも……鬱陶しい! お前たち! そろそろ本気を出してやれ!」

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