奪うように借りていたスマートフォンが繋がる先は、観客席の一番上にいるメイと春嶺である。
「狙撃銃を用意しろなんて、難しいこと言ってくれるわねぇ」
「だが、これがあれば充分だ!」
春嶺の跳弾、メイも不慣れながらも戦闘経験を生かした狙撃を披露したのだ。
「ガッ!?」
「グヌォ!?」
誠道の部下が構えていたランチャーとガトリングガンを暴発させ、鎧の重さに釣られるように二人は地面へと倒れ込む。
「そ、狙撃ぃ!?」
誠道の持っている機関銃の引き金ごと、人差し指が撃ち抜かれる。
狙撃手である春嶺は、そこでやっとスコープから目を離した。
「いくら強い武装でも、衝撃までは防げないみたいね」
折れた指をを横目に、数発の狙撃でここまで制圧されるか、と憎しみの息を漏らす。
「武装は底をついていたはず……」
メイの個人的に研究している武装まで、誠道達が知るはずもなく。
常に移動車に隠している武器を春嶺とメイが人智を越えるスピードで回収していたのである。
「もう観念したらどうです? これ以上の問答は不要でしょう?」
「黙れ……」
「貴方は悪としても半端者です。己の弱さを正当化するために悪を利用しているに過ぎません!」
その言葉は鋭利なナイフとなって、誠道の胸を抉った。
残っているパイルバンカーの杭が音を立てて、射出の準備を始める。
「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!!!」
狙撃銃で止まるような鎧ではなく、そもそも生身だったとしても誠道は止まらないだろう。
自身のエリート街道を潰した綺麗事を並べるヒーローこそ、彼にとっての悪かもしれない。
ホリィへと突き進む悪の鎧は地面を穿ち、右ストレートを放とうとパイルバンカーのついた腕を引き絞る。
「ホリィ!」
蘭華の叫びは雑踏に消えていく。
誰もがヒーローの凄惨な死を覚悟した。
さすがのカエザールもカメラ越しに見る光景に目を見開く。
「ホリィ……!」
目を瞑ることなく、覚悟を決めたままのホリィは一切動くことなくパイルバンカーを睨み続けた。
回避も充分に出来るが、生半可な思いでヴィランの力に手を出しただけの誠道に、人は殺せないという確信がホリィにはある。
誰も彼もがヴィランになり、悪の導くままに想いを遂げられるとは限らない。
「ふーっ! ふーっ!」
荒い息のまま、射出されないパイルバンカーがホリィの眼前で止まる。
それは読み通り、殺す覚悟を抱けずに拳を止めたというわけで。
蘭華や他のヒーロー達も思わず息をのみ、カエザールに至っては意外にもその場に座り込んでしまうほどだ。
「何故避けない!」
「貴方は誰かを殺してまで悪に堕ちる気はないと思っていたからです」
「なんだとぉ? 俺をナメているのか!?」
見方によれば嘲りのようにも感じられるだろう。
ただ、ホリィの強い眼差しは誠道が傷付いただけで悪になりたくないと見透かしていたようだった。
「……もう、やめませんか? 自分が間違っていると分かっているのでしょう?」
それはまさしく正論で、自身の出世のために平和すら踏みにじろうとした誠道に罪の意識を思い起こさせる。
「貴方を止められる未来は……力がなくても決められるんです」
「死ぬのが怖くないのか! この武器はお前の体を簡単に穿つぞ!」
「貴方の弱さが見えましたから」
怒りのこもった声は、ホリィ自身にも向けられていて。
人の未来を奪ってまで何かを成し遂げようとする愚かさを、ホリィもまた思い知ったのだ。
「うっ、うぅ……」
ここまで言われてしまえば、大半の人間は心が折れるだろう。
だが、誠道には正しい道に戻してくれる仲間もいなければ、守るべきものもない。
守りたかった栄光ある未来を失った今、自暴自棄になるのは明白で。
「だったら、俺を救ってみろよクソヒーローがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
その場でもう一度腕を引き絞った誠道はパイルバンカーの杭を再び起動する。
振り抜かれた拳と射出された杭がホリィの顔面に向けられた瞬間。
「テメェみてえな悪党、救えるわけねぇだろ」
甲高い金属音と共にパイルバンカーの杭が地面へと行き先を変える。
重く鈍い音が地面へと落ち、流れるように移動する視界の中でホリィは誰かの腕に抱き留められていることに気づく。
そして、その気配にとめどなく涙が溢れていった。
「あ、あぁ……」
「んだよ、やっぱり機械で無理やり鎧を動かしてるだけじゃねぇか」
そう呟くホリィを救った男は護利隊の強化アーマーに身を包み、目元を隠すようなバイザーを装着していた。
パイルバンカーを見事に斬り伏せた小太刀は刃こぼれ一つ起こしていない。
そんな業物を片手で構える人物は優しくホリィを下ろす。
「大丈夫か、体張り過ぎだぞお前」
「……っ! ひ、飛彩くん!」
声にならない声を精一杯絞り出したホリィは、少年の復活を目の前にヒーローから一人の少女へと変わっていく。
敵ではなく仲間に向き直る飛彩は全員の驚きように肩を硬らせた。
「本当に飛彩、なの……?」
「お、おい! 飛彩? 偽物じゃ……ないよな?」
市民の壁になる熱太達や蘭華に走る衝撃と動揺は始祖のヴィランを見た時よりも凄まじく。
「おう、待たせたな。皆」
少しだけバイザーをあげて、素顔を覗かせた飛彩はいつもの変わらぬ笑顔をホリィ達に見せた。
ヒーローと似非ヴィラン含め、驚きのあまりその場は固まってしまう。
それを観客席から眺めていた春嶺とメイも驚愕で武器を落としてしまっている。
「ひ、飛彩さん、早過ぎますぅ……!」
「あー! もう戦ってる!」
「カクリ、ララク!? 飛彩と病院にいたはずじゃ……」
「ちょっと目を離したら起き上がってて着替えてたんです。私たちも何が何だか分かりませんよ」
飛彩の入院していた病院と、会見のドームはそう遠くない。
徒歩圏内と言えるだろうが、走っても十分弱はかかるだろう。
ララクが途中からおんぶしたとはいえ、よくもここまでで貧弱な体力のカクリが追いかけてこれたものだ。
「起きたらすぐに着替えてて武器持ってるんだもん。何か、感じるものがあったんだろうね」
「それって……展開力の話してる? 本当にホリィちゃん達の想いが届いたってこと?」
作戦を支持したが、まさかこんなにも良いタイミングで駆けつけられるのかとメイは現実を疑ってしまう。
「人間から見れば展開力なんて魔法の類でしょう? つまり人の願いを叶えたいって気持ちはどんな奇跡も呼ぶんじゃないかしら!」
「ララク……」
「今こうして飛彩さんが皆さんを助けるために駆けつけた……これが奇跡じゃなくて何なのでしょうか」
喜びに震えるカクリはその場に座り込み、泣くまいと笑顔を保つ。
「ここからはヒーローを守るヒーローのターンね!」
満面の笑みで復活した飛彩に手を振るララクだが、その目尻には涙が浮かんでいる。
付きっきりで看病していた一人として、純粋にその復活が喜ばしいのだろう。
「おかえり、飛彩ちゃん」
誰もが帰還を喜び、市民たちはあれがヒーローを守るヒーローかと驚きと期待の眼差しを向ける。
その飛彩はというと、初の戦闘中継にも関わらずいつもと変わらぬ様子だ。
ホリィを守るようにヴィランへ立ち塞がる飛彩はもう一本の小太刀を取り出す懐かしの戦闘スタイルを披露している。
「その鎧はお前が着るには重すぎるだろ」
「俺の科学力で重さは……」
「ちげえちげえ。覚悟の話をしたんだよ。真の悪に堕ちる覚悟もねぇくせに」
ホリィにも指摘された点を再び指摘される誠道たちは青筋を浮かべて、詰め寄ってくる。
「ひ、飛彩くん。病み上がりなんだから無茶は……」
「敵が拳を止めてくれるなんてことの方がよっぽど無茶だっつーの」
返す言葉もないホリィは言い淀み、少しだけ迷った後。
「無事に戻ってきてください」
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