「目障り、ダァ……眩しいんダヨ、視界をウロウロしおって……!」
仲間と言葉を交わしている飛彩の姿はフェイウォンにもよく見えている。
なぜ燃え盛るほどに感情を爆発させるのかも分からぬままに。
「アァァァァ……アアァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」
己の感情を理解出来ぬままに火力を上げていくその姿は自らも薪に焼べた哀れな始祖だった。
(ここに来て、炎の勢いが増したってーのか!)
その動揺通り、フェイウォンの殺意は火力を引き上げていく。
じりじりと押される飛彩は、吹き飛ばないように堪えつつも浮島の端まで追いやられる。
「焼かれルカ、狭間に呑まれるか選ぶが良イ!」
「ちッ!」
弱り切ったとは思えぬ二人の攻防は、皮肉にも地面が耐えられずに戦いを終わらせた。
「がっ!?」
崖が崩れ、そのまま飛彩と足場が狭間の底へと落ちていく。
「はっ、ははははハハハ! ここにアった異世が私ニ味方したのだろうテ!」
炎波動は収まったものの、飛彩は共に落ちる地面にしがみつくしかなかった。
(くっ、あんな不安定な場所で戦ってた時点でこうなるよな)
しかし、狭間の重力に引かれて奈落へと突き進む飛彩は逃れられない死を感じる。
世界の境界は不安定で、そんなところで戦えば死と隣り合わせであることは間違いなかった。
だからこそ、このような呆気ない結末も不思議な話ではない。
「……なんて、飛彩くんはそんなこと思ってないですよね?」
そして聞こえてきたホリィの声に飛彩は口角を上げて反応する。
強く刀を握りしめ、手を伸ばした先にあったのはまさしく未来を掴む希望。
「どんな未来でも決められるのが飛彩くんでしょう?」
「お前以上のチートヒーローを俺は知らねぇよ」
未来確定の力など、ここには作用していない。
ただ、何故か飛彩が戦いの中で投げ捨てた未完ノ王冠の頭部の鎧がここに流れ着いていたのだ。
「私の能力なんて目じゃないはずです。ヒーローを守るヒーローなら!」
「はっ……」
落下しながらも諦めない飛彩に希望がやってきたと言わんばかりの現状。
頭部の鎧に残っていた展開力が飛彩へと吸収されていき、狭間の世界を駆け上がっていく。
「ホリィ! お前は勝利の女神なのかもな!」
再び浮島に戻ってきた飛彩に、フェイウォンは動揺の声を漏らす。
「あの状態から……ド、どウやっテ!?」
「お前に話しても理解出来ねぇさ」
狭間の世界を駆ける飛彩は、人間とは思えぬ跳躍力で空中からフェイウォンを一閃する。
燃え上がる炎はフェイウォンの身を灼いているが鎧にもなっていた。
固い金属を引き裂くような重みに驚きつつも、飛彩はそのまま刀を振り抜く。
「自分の炎で死ぬなよ?」
「たかガ一撃返した程度デ!」
炎の裂け目は一瞬にして元に戻る。
刹那に行われた視線の交差は、飛彩にますます空虚な印象を抱かせた。
黒く濁り、殺意や憎しみだけが今のフェイウォンを突き動かしている、と。
「悪いが俺は、お前を救うなんて甘っちょろいことは考えねぇぞ!」
そのまま放たれた刺突が炎の鎧を吹き飛ばすも、再生を上回ることはない。
次に引き離されたら二度とチャンスは起きない、と強く刀を握りしめる。
「驕るな、人間が!」
展開力を大きく回復した飛彩の動きに精彩さが戻る。
おかげでフェイウォンから飛び散る火の粉に怯むことなく果敢に攻め込めていた。
「私ヲ救う? 救いを求めるのは貴様ラだろうガァァァァァァァ!!!!」
至近距離での拳と刀がぶつかり合う音を皮切りに、二人の気迫が広がっていく。
フェイウォンを覆う炎は揺らめき、飛彩の展開力で構成された刀に波紋が浮かぶ。
(今度こそ、今度こそ仕留める!)
炎の鎧を吹き飛ばし、その下にある肉体に刀を突き立てて初めて有効なダメージが与えられる。
この状態の中、飛彩の「なかったことにする力」はあと一回発動出来るかどうかで。
「炎の勢いが弱くなってるぜ?」
「なら味わってみるがいい!」
接近戦での炎波動を引き出させた飛彩は巧みに突き出された右腕の下へ潜り込む。
そのまま半円を描く抜刀で再び右腕を斬り飛ばした。
「グヌっ!?」
(ちっ、生身じゃない分ダメージは少ねぇか)
今までは再生させていた腕を復活させないあたり、展開力が底をつきかけていることは間違いない。
命を代償とした強化も限りがある、と見え始めたゴールに飛彩はさらに瞳を細めた。
「炎に見えるが……違うみたいだな」
フェイウォンを薪にして燃え上がる炎の展開は、ヴィランの鎧と言った方が適切らしい。
命を燃やして、攻撃と防御の両方を同時に行う装備は今までで一番の難敵だった。
「生身で触れようものなら一瞬で焼き尽くされるぞ?」
「触れなきゃいいだけの話だろ!」
不利なのは明らかに飛彩だが、それは止まる理由にはならない。
散弾のように炎を撒き散らすフェイウォンだが、飛彩はたった一本の刀で全てを叩き落とす。
圧倒的有利と圧倒的不利。
それがぶつかり合えば勝敗は明確なはずだが、攻勢を奪ったのは奈落から返り咲いた飛彩と言えよう。
「……ぜだ」
炎越に見える景色が、攻勢の答えだとフェイウォンは否が応でも理解させられる。
展開力を放つ刀ではなく飛彩自身から発せられる眩い光を。
そして、現世へと続く七色の糸のような展開力を。
「何故、持たざる者の貴様がぁ!」
「持たざる者ねぇ?」
一撃一撃が足場を砕くほどの威力を持つ拳を飛彩はいなして、空中へ威力を拡散させる。
それもまた強者の余裕に感じられるのか、フェイウォンは歯を剥いて叫び続けた。
「頂点は何にも脅かされんのだぁ!」
「悪いが俺は仲間に恵まれたんでな」
素早い刺突が炎の鎧を穿つも、吹き飛ばすまでは叶わず。
しかし、飛彩は後ろ向きな気持ちを欠片も抱かず、二の手を繰り出しながら必殺の一撃を思い浮かべていた。
「どんだけ怖くても、気持ちを全力で押してくれてる!」
「黙れ! 黙れぇ!」
躱され、防御され、自身の動きが単調になっていることをフェイウォンは理解している。
そして、仲間と共に戦う飛彩に対するもう一つの感情を理解はしたが認められずにいた。
故に怒りの炎をいたずらに燃やすしかなく。
「お前さえいなければ、私は再び頂点に! 孤高の頂点こそが至高となる!」
異なる方法で頂点へと至った相手を消せば、自分の方法こそが唯一の方法であると知らしめることが出来る。
いつしか世界の支配よりも、自身が正しいと証明するためにフェイウォンは吠えていた。
しかし、怒りを燃やすが故にフェイウォンは理解している。
この戦いで勝利しても称賛を浴びることはない。
誰にも受け入れられず、悪もまた利用するもので真に染まるものにはならないだろう。
どこまでいっても「悪」は自らの弱さに蓋をして、強さを語るためのものだと感じて。
「悪は……悪こそお前らを利用しているんだァァァァァァァ!」
「脳みそまで燃えちまったか?」
軽口を叩きながらも炎の鎧を超えられない飛彩は戦いの中で深く息を吸い込む。
そして刀ではなく、仲間との絆を紡いだ自分こそが最終兵器だと拳を固く握りしめて。
「これで終わりにしてやる! 隠雅飛彩ぉぉぉぉォォォォォ!!!!」
「終わるのはテメェだ! フェイウォン・ワンダーディストォォォォォォォォォ!!!」
吹き出すばかりだった炎を練り上げ、左拳へと螺旋を描くように集中させる。
フェイウォンの渾身の力を込めた正拳突きに対して、飛彩は真っ向からの反撃を捨てた。
螺旋を描く拳とは逆回転の動きを見せて、フェイウォンの炎へと斬撃の嵐を見舞わせていく。
「オラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
「こ、この程度でェ!」
拳に回していた炎を即座に全身の強化へと戻すものの、飛彩の斬撃は生身にも貫通する切れ味を見せていた。
「お前が捨てた道で、お前を乗り越える!」
いくつもの閃斬がフェイウォンの全身を巡っただろうか。
刀を振り抜いた飛彩は、背中を向ける形で大きく踏み込み斬りを見舞わせたようだ。
完璧に決まった連続斬撃は、確かに炎鎧を貫通して生身を傷つけている。
「……はっ、その程度かぁ!?」
さらにフェイウォンが振り返ると共に、展開力で構成された刃は限界を迎えたのか無残にも砕け散った。
「ほぉら、刀も死んだぞ?」
「ありがとう、皆」
「役に立たない仲間への礼か? 意味がわから……」
今度こそ飛彩を燃やしてやろうと一歩踏み出す。
しかし全身を覆う違和感に、炎の奥にある表情が歪んだ。
「ガッ、はっ!?」
炎に罅が入る。
そのまま内側から輝く白光が、フェイウォンを覆っていた炎を吹き飛ばしたのだ。
「仲間のおかげだよ」
「なっ、何をした?」
鎧と一体化していた炎は、その身を燃やし尽くすものではなく鎧が形を留められなくなっただけらしい。
「折れたんじゃねぇ。残してきたんだ」
そう、飛彩の斬撃は刃をそのまま打ち込むようにしていたのだ。
斬撃が交差した後、刀は崩壊したものの内側に刺さった展開力の楔はフェイウォンの鎧を見事に崩壊させたのである。
「ば、バカなぁ!?」
刀を破壊したことで完全にフェイウォンは油断しており、拡散した炎に動揺を隠し切れていない。
「ここまで来れたのは仲間たちのおかげだ。決して俺一人の力じゃない!」
鎧を剥がすために仲間の力を使うしかない、飛彩はそう考えていた。
事実、鎧を飛ばした後に生身のフェイウォンを打ち砕かねば勝敗は決しない。
故に刀を捨てて、自分自身の拳に全てを賭けたのである。
トドメは拳で狙っていた飛彩の動作は流麗で、フェイウォンは現実を受け止められないままだった。
「皆が信じてくれる俺を、俺は信じる!」
「がグァっ!?」
神速の勢いで振り抜かれた左拳がフェイウォンの右頬に減り込む。
わずかでもいい、フェイウォンを止めるだけの力を、と必死に展開力を飛彩はかき集める。
ただの拳に近い一撃だが、それはあまりにも重くフェイウォンを揺らし続けた。
(この拳は、一人の力では、ないぞ……?)
その重い一撃は生身の人間が放てるものではないと、悪の始祖たるフェイウォンは思う。
わずかに動く瞳で殴りかかってきた飛彩を見やると、やはり他の展開力に守られた絆のようなものが見えてくる。
それはきっと飛彩には知覚出来ていないだろうが、見えない力として身体に宿っているのだろう。
当たり前のように振る舞っている飛彩が憎いのは、利用されるだけ利用されてきた悪の過去に起因していた。
「おまえが死ぬ気で否定したいのも、死ぬ気で欲しがってるのも……これだろ?」
歪むフェイウォンの表情。
力を呼び出しても、炎が再び燃え盛ることはなく。
殴り抜けられたフェイウォンは大きくよろめき、飛彩は素早く拳を構え直す。
「悪は崇められるものだぁ! 羨望など持たぬ!」
唯一左拳に灯った炎が全てを焼き尽くさんと飛彩へと向けられた。
触れれば消滅する拳に対し、飛彩は一歩も引かない。
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