「あぁ!? んなもん関係あるか!」
「ど、どうして……ホリィちゃんたちを連れて逃げてよ……」
「——ララク! さっきは悪かった!」
話を遮るようにして咆哮を上げた飛彩は少しずつ光弾を押し返していく。
飛彩の全身を駆け巡る恐怖と発狂の渦に耐え抜きながら支配ノ起源を使って悪の展開力の結晶を吸収しているのだ。
「俺もお前とどう接すれば良いのかわからなかった! 勝手に怖がって拒絶した! 逃げるように間違った覚悟までした!」
懺悔の気持ちを吐き出しながら、先送りにしていた答えが飛彩の中に芽生え始める。
本当は最初からこうすべきだったと感じた飛彩だが、その答えを選んだ時にどうなってしまうのかという未来への不安に襲われたのだ。
そして飛彩が再び下した決断は『先送り』である。
「お前を助けてどうなるか! そんなことは明日の俺が考えりゃいい! 明日のことを今の俺がビビる必要はねぇ!」
みるみるうちに吸収されて小さくなる光弾に対し、飛彩の展開力は一時的に侵略区域を覆い尽くすほどに巨大なものへと膨れ上がっていく。
「今の俺が『最善』と思った決意が明日の後悔につながることなんてねぇんだよ! お前は……俺の仲間だ!」
左腕から迸る展開力に合わせて緑と赤の展開力が加わり完璧に攻撃力が上回った一撃がコクジョーの光弾を粉々に弾き飛ばし、少しも逃さず左腕へと吸収した。
「なっ、何が起きた!?」
悠々と上空から死刑の執行を眺めていたはずのコクジョーは空中で腰を抜かしてしまう。
「飛彩ちゃん、ララクを許してくれるの?」
「許すも許さねぇも後回しだ。とにかく、絶対にお前を死なせたりしねぇからな! そして……!」
助走をつけて斜面を駆け上がる飛彩は右足の跳躍力の勢いに任せ、放心状態のコクジョーの背後まで一気に飛び上がる。
「熱太たちにも謝ってもらうぞ! ララク!」
左拳を右手で覆い、勢いよく振り下ろした一撃はコクジョーの視界を揺らして、ゆらゆらと不規則な軌道を描く隕石と化させた。
「飛彩ちゃん……うん!」
瞳を潤ませるララクとは対照的に素早く起き上がったコクジョーは龍の鎧の奥で憎々しい表情を浮かべている。
「おいおい、本当に和解出来ると思っているのかぁ? 無理だなぁ! ララクは我らヴィランでも持て余し、ここに幽閉した存在だぞ? それを仲間だなんだと……」
「うっせーな。それを決めるのはテメェじゃねぇだろ」
音もなく着地したと思えば地面を這うように円弧を描いた拳がコクジョーの顎へと炸裂する。
龍の鎧は未だ健在だが中にいるコクジョーを再び大きく振るわせた。
「ぐうっ!?」
「まだ倒れるなよ? 憂さ晴らしには全然足りてねぇ」
仰け反って重心が大きく後ろに傾いた瞬間、素早く手前へと低い蹴りを放ち両足を地面から刈り取る。
完全に浮いたコクジョーに対して飛彩は跳ねつつも蹴りの回転を活かして遠心力を高めた左拳を心臓部へと叩き込んだ。
「オラァ!」
「がぶふっ!? く、くそっ!」
地面に減り込みつつ、拳を振り下ろしている飛彩の両肩を掴んだコクジョーは龍型の鎧の顎門を開いた。
すぐさま起き上がられたことで掴まれた飛彩は宙で足をバタつかせるだけだ。
そこに濃縮されていく恐怖の展開力の光線を受ければ命があることにすら恐怖して即座に命を絶ってしまうだろう。
「まずい、飛彩ちゃ……!」
攻撃の効果をよく知るララクだからこそ、あの至近距離で砲撃準備されているだけで竦み上がってしまうことをよく知っていた。
力の入らない四肢を振るわせて手を伸ばすも飛彩は全く動かない。
「テリブルプロヴィデンス!」
「——なぁ?」
しかし、能力を差し引いても死の一歩手前な状況で飛彩は生意気な笑みを浮かべていた。
「そういう技名、いつも寝る前に考えてんのか?」
「きさ——」
その一瞬の激昂が攻撃の命運を分ける。
飛彩は拘束されていなかった右足を九十度上へと振り上げてコクジョーの下顎を蹴り上げた。
その勢いを全て上顎で受け止めさせられたコクジョーの鎧の中で恐怖の光線は行き場を失って爆発する。
隙間から攻撃の余波が漏れつつも、拘束から解放された飛彩にそんなものが当たるはずもなくそれらの隙間を縫いながら生命力溢れる左脚を叩き込んで一気にコクジョーを突き放す。
「馬鹿な、何故だ……さっきまで私に震える雑魚になっていたはず……!」
咄嗟に恐怖の展開を解除して戦闘不能は免れたものの行き場を失ったエネルギーの暴発で身を灼かれたコクジョーは鎧の隙間のあちこちから漆黒の煙を上げていた。
「ありえん、やつの力は最強だ……この力があれば異世も現世も!」
「無理だな。テメェはそういう器じゃねーよ」
完璧に攻守逆転した形式になることで刑や蘭華が抱えていた恐怖がゆっくりと薄らいでいく。
恐怖の展開を全方位ではなく飛彩にしか向ける余裕がなくなってきたのだ。
絶え間なく襲われていた恐怖から解放されたことで考える余裕が生まれた二人は記憶に残る恐怖を追い出した。
「蘭華ちゃん、援護を頼む! 今なら僕も!」
「言われなくても援護が私の仕事なんで!」
狙撃体勢になる蘭華を背後に備え、使い慣れた銀太刀を引き抜いた刑が救援に向かうもどんどんと濃くなっていくプレッシャーに足が止まる。
(あの恐怖は消えたわけじゃないのか!? な、なんで飛彩くんは普通に戦って……)
答えは考える必要もない。
すぐに飛彩と己の違いを理解した刑は強く刀を握りしめる。
恐怖の領域下においても飛彩が戦えている理由は恐怖に抗う覚悟があるからだ。
「くそっ」
徒手空拳で接戦を繰り広げる飛彩だが、その実離れたところで立ち尽くしている刑以上の恐怖に苛まれているというのだ。
つまり今の飛彩には、コクジョーに与えられる恐怖よりもララクやホリィたちを死なせてしまう恐怖の方が上だということだろう。
それゆえ拳は迷わず次々とコクジョーの攻撃を捌き、隙を見つけて展開力ごと鎧を大きくへこませていく。
「何がクラッシャーだ、何が武者修行だ……!」
自身の周りで弱々しく揺らめく展開へと太刀を投げ捨てた刑は、覚悟と共に己に科していた封印を解いた。
「こい! 天刑王!」
巨大な鎌を携えた刑は軽々とそれを振り回し、自身の展開力の封印解除を始める。
ゆっくりと広がっていく展開力がコクジョーと飛彩の足元まで届いた瞬間、新たな戦士の参入が認知された。
「戻ってきたな……刑!」
「惨刑場!」
見た目が変質しないタイプの能力ゆえに、姿形は今までとは変わらないが煌めきを増す銀色の展開力が処刑場とは程遠い美しさを煌めかせる。
「修行期間は終わりだ……ここからは処刑の時間だよ!」
かつて熱太と刑がコンビネーションプレーでギャブランに挑んだ時のように、コクジョーを挟んで鎌による猛攻と飛彩のインファイトが逃げ場を奪い去りながら着実に鎧の強度を奪い去っていく。
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