燃え上がるように揺らめく展開力を発揮するフェイウォンは形態としては最終状態と言ってもよい。
炎のように逆立ち、幻影のように揺らめき波紋を立てる鎧は、幻のようでありながら最強の硬度を誇っているのだ。
兜をつけなくともフェイウォンそのものが最強の鎧になっている状態故に、飛彩の攻撃を防げないということは基礎能力ですら飛彩に軍配が上がったことになる。
「私に何をした?」
「気になるよな? いいぜ、教えてやる」
そのまま残像を残すようなステップで瞬時に近づいた飛彩の拳がフェイウォンの顔面へと炸裂する。
刹那、コクジョーの持っていたものと同じ「簒奪」の力が消えたことに痛みよりも早く気づかされた。
それはわかりやすく展開力で筋道をつけたような、わざとらしい力の消え方で。
「貴様……!」
「お前にもわかりやすくしてやっただけだ。だが、どうだ? もう勝ち目はないだろ?」
ホリィたちも気になって仕方ない飛彩の持つ新たな力。それは恐怖を初めて感じているフェイウォンの口から紡がれた。
「私の持つ力を、なかったことにしているなッ!?」
数千、数万、数億、どれほど存在していたわからないヴィラン。
能力に重複はありつつも、凄まじい数の能力をフェイウォンは従えていたことだろう。
しかし、今や配下はほぼ消え去り、自らに戻ってきた能力も風前の灯火だった。
「未完ノ王冠はヴィランを『なかった』ことにする。お前を倒して、この物語を終わりにするんだ」
存在そのものをなかったことにする能力はあまりにも凶悪で簒奪の悪という物がなくなったことにより、フェイウォンと飛彩以外からコクジョーという存在は完全に消え去った。
ララクとの救出劇も「とても強いヴィランがいた」程度のものへと塗り替えられていく。
「人から生まれたヴィランは……人に戻れるだろうよ。ララクやリージェのように」
「何を言う! 悪が戻る? 馬鹿め、悪の本能には従い、弱者は統べられるものなのだ!」
「だから、テメェみてぇな救いようのねぇヴィランは全部いなかったことにさせてもらうんだよ」
「くっ……我こそが全ての世界を統べるものであり、ヴィランこそ上位種族だ。支配される人間に与する愚か者など……」
ヴィランは存在してはいけない、悪が形を伴って人を襲うことなどあってはならないのだと飛彩は拳で語る。
たとえ、自分が滅びることになったとしても飛彩はフェイウォンの存在を許すことはない。
「そういう悪者を倒すために……ヴィランとしてヒーローとして、俺として戦ってるんだ!」
気迫を放つ飛彩に対し、一気に戦場の空気が張り詰める。
仕掛けられると考えたフェイウォンがまず反撃のために跳躍した。
「減らず口を!」
しかし、我を忘れたフェイウォンは、飛彩の心臓に風穴を開けた場所へ戻ってきていることに気づいていなかった。
そこには飛彩に想いを託したヒーローたちの力が宿る最強の刀が、振われるのを待っている。
「もちろん、皆も一緒にな!」
白い展開弾が刀の柄を弾き、回転した刀は飛彩の手に収まった。
フェイウォンの作った展開域の檻を破るために使われたはずの展開力が一気に溢れ出し、飛彩の力と反応する。
必殺の一撃が来る、それをわかっていても頂点に立つフェイウォンはそれから逃げることはない。
飛彩の攻撃に合わせ、真っ黒な展開力で禍々しい刀身を右手へと宿らせる。
「ヒーローの意志ごと叩き折ってやる!」
「悪いな」
右手の膂力に合わせて膨れ上がっていくフェイウォンの体躯は飛彩の三倍以上へと瞬時に変貌した。
覆い被さられるような状況で、飛彩は虹色に光り輝く展開力を持ってフェイウォンへと横薙ぎの一閃を放つ。
「そんな寂しい力じゃ、俺の仲間は折れねぇよ」
「なっ!?」
「はぁっ!」
斬り上げは振り下ろされていたフェイウォンの手刀を斬り飛ばし、上半身の鎧をいとも簡単に引き裂いた。
その下にある肉体も、黒く淀んだ血のようなものを流したままで治ることはない。
「ばか……な……!?」
展開域が収縮し、体躯も元通りになったフェイウォンは揺らめくような鎧がくすんだ黒鎧に戻ったことに気づく。
そして消え去った右腕が、虹色の展開力に浄化され二度と元に戻ることはないと悟る。
「終わりだ」
そのままフェイウォンは膝から崩れ落ちた。
攻撃の威力もさることながら、今の一撃に含まれていた飛彩の力で本来持っている頂点の力を残し、全ての権能が消え去ったことを思い知らされて。
決して倒れることはなかったが、生を失ったようなボロボロなフェイウォンはただ黒く淀む空を見上げるばかりだった。
その目から精気は失われており、虚無へと還る時がきたのだと全員が感じる。
(終わった、な……)
「化け物だよ、隠雅飛彩は……」
「やった! 飛彩君が勝ちました!」
「……心配は私の杞憂だったかしら? それとも飛彩が強すぎただけ?」
やっと一息つけたと感いた蘭華も微笑ましい表情で飛彩を見つめる。
鎧に包まれていても、そこにいるのは変わらず最愛の相手だと。
「飛彩ちゃーん! すごい、凄かったよ〜!」
特にララクは仲間を脱出させなければならない使命を秘めていただけに安堵が他の面々より大きい。
飛びかかるように飛彩へと一歩を踏み出した瞬間。
「……ララク!」
槍のように足元から突き上がる展開力で作られた黒槍。
ビシャリと散らばる黒い血のような展開力は、人のそれと同じく暖かいものなのだと顔を黒く染めたホリィと蘭華は知ることになる。
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