その言葉にますます蘭華の焦りが加速する。
協力は一時的なもので、始祖が消えた今リージェは自身の目的を優先するだろうと。
「今はそんなこと言ってる場合じゃ……それにどうやって能力を?」
「忘れたのかい? 僕の権能をさ」
拒絶。
飛彩はすぐに攻撃出来るように拳を握りつつ、飄々としたリージェを睨みつける。
フェイウォンが死んだ時点で消えていくはずの力を拒絶する荒技に驚きつつも。
だが、それも拒絶し続けなければならないことを考えるとそう長くは続かないだろう。
「始祖に勝利した君に勝てば、僕が最強だろ?」
「だからそんなこと言ってる場合じゃねぇよ! 俺もお前も死ぬぞ」
荒らげた声がリージェに届くよりも先に、浮かんでいた岩達が空間に固定される。
移動の拒絶で見えないワープホールまでの道をリージェが作り上げたのだ。
ここには狭間の重力も奔流も関係ない、安全地帯と言えよう。
「っ!?」
「この拒絶の力を使えるのも、あと数回かな」
傷口が塞がっているリージェはフェイウォンと飛彩が戦っている最中、回復に勤めていたのだろう。
幼さが残る整った顔立ちはいつもながら飄々としたものになっている。
「くっ……」
勝てるわけない戦いだと感じながらも、飛彩は拳を構え直した。
「君がここで死ぬのを拒絶する」
「……リージェ?」
直後、飛彩の体は緩やかにワープホール目掛けて浮かび上がる。
「ああ、あとそんな小さいんじゃ通れないよね?」
右手で飛彩を支え、左手で最後の権能を放つ。
「その程度の空間亀裂でいることを拒絶するよ」
再び巨大な入り口に戻り、倒れかけていたララクもリージェの協力に驚く。
リージェの力と対等になるようにホリィやカクリは全ての力を使って維持に集中する。
「ありがとうございます、リージェ……!」
「おいおい、ヴィランを簡単に信じるなよ。ヒーロー達」
「あなたはもう、仲間でしょう?」
未来確定とカクリの能力、そしてワープホール消失の拒絶により、空間が安定した。
「━━ははっ、これが心を通わせるってやつか。案外、悪くないよ」
意図を汲み取り、完璧な信頼を互いに預けることはヴィランとヒーロー陣営では不可能だっただろう。
しかし、飛彩を救うことに思考が集中することで、悪の限りを尽くしていたリージェとホリィ達は絆を結んだのだ。
「変わったって言ったけど、もう別人だな?」
「━━君たちが戦ってるのを見ながら考えてたんだ」
凶悪な闘志が滾る瞳は消え、慈愛に溢れた蒼眼が飛彩と交差する。
「ただの鎧から生まれた僕が……最後に残せるものは何だろうって」
見た目は回復できても仮初の状態であることはわかっていたようだ。
フェイウォンの残したダメージから回復しても、リージェにはわずかな余生が与えられたに過ぎない。
「喋るな、今なら二人であっちに行けるはずだろ? ほら、手ぇだせ」
答えないリージェはここに至るまでの想いを反芻しながら、宙へ飛ばした飛彩の速度を上げる。
ヒーローに与したこと、自分が欲しかったものを手に入れるためにはどうするべきか。
それを考え始めたらリージェの想いは止まらなくなったのだ。
「結局どうしたいかは分からなかった。遅過ぎたのかもね……ただ、一個だけわかったことがあるんだ」
無理やり広げられた現世への入り口に飛彩は吹き飛ばされる。
差し伸べた手は空を撫でるばかりで、リージェは掴もうともしない。
そこで飛彩は、笑顔を浮かべる相手が立っているので精一杯なことに気づいた。
「リージェ、お前……!」
「最高の好敵手だった君に、どうやら死んで欲しくないみたいなんだ」
狭間の浮島に身を預けるリージェは、無様に回転しながら飛んでいく飛彩を見て小さく笑った。
始祖を倒す男を吹き飛ばす力がまだ己にあったんだ、と。
「っ……! いいからこい! 俺にダチを見殺しにさせるきか!」
浮かびながら体勢を立て直した飛彩は光ではなくリージェへと再び手を伸ばした。
片膝をつき、倒れかけるリージェは己のことを友と呼んだ人間にこそばゆさを覚える。
少し前まで命の奪い合いをしていた相手を友人扱い出来るのも飛彩の強さだろう。
リージェは絆や仲間など、ただの言葉だと考えていた。
だが、そう告げられた時に感じた高揚感に、リージェもまた救われた思いとなる。
「僕なんかに手を差し伸べてる場合か? さっさと仲間に引き上げてもらえよ」
消えゆく世界に残ることを選んだライバルはもう、悪の限りを尽くした存在ではない。
悪であると思っていた自分も変われるのだ、とリージェは最後のヴィランから飛彩達の仲間へと昇華する。
「それにさ。こっちからゲートを固定する奴がいないと、お前は出れないんだ」
「なっ……!」
「僕に何度も勝った……兄弟へのご褒美だよ。ララクをよろしく頼む」
この狭間の世界より飛彩を逃すために、リージェは消えゆく世界展開の全てをつぎ込んでいるのだ。
フェイウォンと同じく自身の命をも代償にして。
飛彩もその覚悟を感じ取ってか、確かな絆が自分たちの中にあると真っ直ぐリージェを見つめ直す。
「……やめろよ。お前らしくねぇって」
「君が……君たちが命の意味を気づかせてくれたんだ」
「リージェ……」
何もなかった鎧の中に、人の形が出来ただけの存在だと悪しきヴィランは揶揄されてきた。
臓腑も肉も詰まったこの身体のどこが人じゃないのかと反発したこともあった。
しかし、リージェは胸の内に広がる暖かな気持ちを抱きながら、満足げな笑みを浮かべている。
「一つだけ頼んでいいかい?」
飛彩を死なせない。
隠れて回復を優先していたリージェは自分の願いの中に真意を悟る。
「ああ……」
涙を堪える飛彩はワープホールに背を向けたまま、リージェから離れていく。
仲間の声に振り返ることもなく、ヴィランの友であり兄弟だけをただ見つめて。
「どうか、忘れないでくれ。この僕を……リージェ・ワンダーディストという存在を」
やはりヴィランとは心を通わせられると飛彩は強く感じ取った。
この絆こそがフェイウォンへの完全勝利の証だろうと拳を突き立てて。
「当たり前だろ。お前ほど強いやつを、忘れたくても忘れらんねぇよ」
「ははっ、ありがとう。お世辞でも嬉しいよ」
リージェの身体にも崩壊が始まり、飛彩達には見えない背中側からさらさらと砂のように消えていく。
(あぁ。これが、命か……もっと早く知りたかったなぁ)
絆と絆で繋がれた暖かな心があってこそ初めて命が宿る。
リージェは死の淵でそれを感じることが出来た。
このまま死ぬまで飛彩と話していたいという願いを堪え、自身の存在を代償にした拒絶を飛彩へと放つ。
「さあ行け! お前は生きろ!」
勢いよく吹き飛ばされた飛彩は、小さくなっていくワープホールへと吸い込まれていく。
「新しい……人とヴィランの可能性をあの世で見守るよ」
「リージェ、ありがとう……!」
最後、飛彩が見たのは今までに見せたことのない優しいリージェの笑みだった。
異世と現世を繋ぐのは狭間の世界だったが故に、狭間の世界から現世に戻る時には距離も何も発生しない。
そのはずだったが、現世と狭間の境目を跨ぐ瞬間に飛彩は時が止まったような感覚を覚える。
灰色がかった世界に色はなく、飛彩は身動き一つとることも出来なかった。
(長い……本当に長い戦いだった……)
感想に浸るほどゆっくり動く時間の中で、飛彩はヴィランと人類の戦いに終止符が打てたことを実感する。
かつてのナンバーワンヒーローに命を救われ、荒れる日々を送り。
ヒーローに嫉妬し、希望にならねばと渇望した戦いを続けた。
ギャブランとの戦いで、左腕の力と自分が本当に成し遂げたかったヒーローを守る存在に目覚める。
ヒーローの心を守るためにミューパを撃破し。
瞬時に変身できる力を狙われ、春嶺と英人と戦ったこともあった。
暴走する力を恐れて、侵略区域に単身乗り込み、仲間の大切さを思い知ることもあった。
ホリィの気持ちを知るために要塞のようなビルに乗り込んだこともある。
ララクに出会い、ヴィランとの絆を紡いだ。
そして、この異世との最終決戦の火蓋が切って落とされ、始祖との熾烈な争いを繰り広げた。
ヴィランとして生を受けた事実に飛彩は震えたものの、人でもヴィランでもなく仲間達は隠雅飛彩だからこそ共に生きたいと語っている。
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