ララクの作った城へと再び戻ってきた飛彩たちは、遠方で渦巻く災害の根元を睨み続ける。
「刑、熱太たちをここに運んでくれ」
「——それまでは仕掛けるなよ? あんな生きているような展開力は見たことがない」
「るっせーな。今、あいつをぶっ倒す方法考えてんだ。それまでは仕掛けねぇよ」
裏を返せば策が思いつけば一人でも駆け出してしまうということだ。
刑は舌打ちしつつ、陽の光が差している侵略区域の外れを目指す。
視界の端に映る巨大な竜巻に、止められなかったらの可能性も考えなければと冷静さを取り戻していく。
これもまた飛彩が攻勢を取り戻してくれたからというものだが、如何せん戦力差は大きく開いている。
脅威を感じなくなってしまったことが、むしろ実力差が開き過ぎているせいで現実感がなくなってしまったのではないかと嫌な想像もよぎっていた。
恐怖を追い出すように走る刑は光が差し込む砂地へと再び足を踏み入れる。
「熱太くん! 皆!」
砂地に身体を預けたままの熱太たちの元に辿り着く刑だが、そこで刑は熱太たち全員が気絶しているものの、外傷は少なく一瞬で気絶させられたように見えた。
「——改めてララクちゃんは化け物だな……この三人を相手に手加減して無力化だって?」
そして背筋をざわめかせる展開に本能的に振り向いた刑は、未だに勢いが衰えない黒竜巻を伴う暴虐の展開に恐怖の汗が伝っていく。
「……か! 誰か聞こえませんか!」
「カクリちゃん! ど、どこに!?」
「通信機を送りました! 外に通じる穴の近くにあると思います!」
古い無線機のようなものだが、視認性を上げるために黄色く塗りたくられたそれはすぐに刑の視界に飛び込んできた。
すかさず拾い上げ、必要な座標を伝えて展開力を回復させる投与剤とメイお手製のより強力な封印杭を送るように叫んだ。
「至急頼む! 時間がない!」
「任せてください! そのための後方支援ですから! メイさん、聞こえてましたよね……」
と無線から声が遠のいていく。一頻りの依頼を投げた刑は再び熱太たちのところに戻り、これで仕切り直しだと一息をついた。
そう、戦場で警戒の意識を解いてしまったのだ。
闇の渦の中心で、仰反りながら咆哮を続けるコクジョーは受肉したはずの肉体が鎧に飲み込まれていくことに抗い続けていた。
「ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!」
薄れゆく意識の中、ようやく奪えたワンダーディストの能力を我がモノにしようと吠え続けても無に帰していく。
また敗北するのか、と抗う意志がどんどん削り取られていく。
「ウオォォォォ……オォォ——」
渦巻く展開に吸い込まれていくコクジョーの意識は、どんどんと混濁し走馬灯の中で己の過去をなぞらされていった。
「ぐはっ!」
渾身の攻撃が全て弾かれたコクジョーはその余波をもろに受けてしまい、吹き飛ぶだけでなく頭から地面に突き刺さる。
「はい、おしまいっと」
異世の王都での権力者争いが頻発していた頃、ワンダーディストの絶対権力に挑む者が後を絶たなかった。
コクジョーはそんなヴィランの中でも対抗馬になっていたものの、対峙したリージェを一歩も動かすことも出来ずに無慈悲な敗北を味わっている。
「ぐ、グフっ……馬鹿な! 二千を超えるヴィランの能力を奪った私が……」
「あははっ。無駄でしょコクジョーくん。僕の『拒絶』には敵わないって。雑魚の能力をいくら集めたって『本物』には通用しない」
何十年、何百年前のことかも分からないほど悠久の記憶。このあたりからワンダーディストの異世統治が確固たるものとなり始める。
「そうだ。君、雑魚の割には見込みがあるから僕らに仕えてくれない? じゃじゃ馬な妹がいてね……」
「何が言いたい」
「監視を頼むよ。しっかり働いてくれればいつか君から首輪を外す気にもなるかもね」
拒絶の力で展開力を封じられていくコクジョーは人間でいう首を締められた状態になり、酸素を望むかのように肩を小さく揺らしていく。
「かっ、はっ……わ、分かった! お前たちに従おう!」
「ん?」
さらに強まる拒絶の能力に喘ぎ、鎧の隙間から命の源を漏れ出しながらコクジョーは地面に押し付けられ平伏する形になった。
「したが……います! リージェ様、ワンダーディストの方々に!」
「ふふっ、いい返事だ」
にこやかに鎧の奥で笑うリージェこそコクジョーの中で恐怖の象徴となった。
コクジョーもまたリージェたちと同じように受肉した強力なヴィランだったがワンダーディストの系譜に敗れ辛酸を舐めさせられ続けてきたのだ。
そして鎧が燕尾服ではなく刺々しい重装鎧ものだった頃、屈辱の胸中と共に傅かされたコクジョーは王の居城の一室にて初めてララクと相対した。
「貴方がコクジョーね! よろしく! 一緒に楽しいことを探しましょう!」
「楽しいこと? 戦い以外に何が……」
龍の鎧に身を包みつつも可愛らしい年端もいかぬ少女の声が不自然さを助長させた。
いきなり物申してしまったコクジョーはリージェとのやり取りを思い出し、すぐさま頭を下げた。
そして、条件反射のように行った動作に負け犬根性が染み付いたことを悟る。
鎧の奥で歯噛みするコクジョーと、鎧の奥で満面の笑みを浮かべるララク。正反対の二人はこの時から歪な主従関係を築いていくことになる。
「コクジョー、仕事遅いよー」
「ラ、ララク様がお早いのです」
「そうかなぁ〜?」
深い海のように波打つ展開の中心には何もせずに立っているララクがいるだけだ。
その展開の中にいながらも正気を保っていられるのはララクの操作によるものだろうが、その加護がない他のヴィランたちは自らの鎧を引き千切り、自らの命を捧げるように消え去っていった。
「さあ、早く帰ろう? 人間のいる世界の新しい文献とか入手してくれた?」
「もちろんでございます」
「やった! もっと鎧も薄くしてあっちのドレスみたいにしたいんだ〜。コクジョーは執事だから、燕尾服ってやつね!」
目の当たりにさせられた圧倒的な恐怖。
その恐怖の術中にいながらも平常心を保たされていることが逆に感覚を混濁させられる。
しかしその恐怖の中でコクジョーは、畏怖と歓喜に打ち震えてしまった。
全てを平伏させる驚異的な恐怖の能力に怖れつつも魅せられたのだ。
この時より、コクジョーはララクに心酔したフリをして能力を奪う瞬間をずっと狙い続けていた。
心の底から欲しい、と憧れつつも己の復讐のためにララクの命を狙い続けて。
そして力を得て願いを叶えたコクジョーだが、もはや願いを叶えたと言っていいのか不明なほど悲惨な状態で己の内側から溢れる展開力に飲み込まれることになる。
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