「はっ!?」
目を覚ました飛彩は、倒れるまで戦い何度も見知らぬ真っ白な天井で目を覚ました過去があるものの今日は違った。
「んだ、ここ……」
自分が寝させられているベッドは中世の貴族が使っていたかのような煌びやかな装飾が施された豪華なものだった。
荘厳な木造の部屋は様々な調度品で彩られた、まさに金持ちが住う洋館である。
分厚いカーテンに柔らかい絨毯。昨日と変わらぬ隊服と汗に塗れたシャツを纏っていることから、翌日の朝であることは間違いなさそうだと飛彩は冷静に思考を巡らせる。
「気がついた?」
「うぉぉぉおう!?」
「またまた〜、そんなに驚かないでよ。幽霊じゃないんだから」
「——個人的には幽霊であってくれた方が嬉しいんだが?」
得体の知れない女にどこだかも分からない場所へ連れ去られた飛彩は、とにかく度肝を抜かれた気分だった。
豪華絢爛な屋敷であることは間違いないのだが、最近まで誰も住んでいなかったような古ぼけた埃も垣間見える。
ララクがここに来てからもそう経っていないことが探偵のような洞察力で飛彩には理解できた。
「テキトーに寝かせちゃったけど、何もしてないから安心して。それに荷物とかも見てないから。住所とか見ても、私には分からないし」
そして次に飛彩を突き動かした感情は「逃げなければ」の一択だった。
跳ね起きた飛彩はかけられていた毛布を近寄ってきたララクへと投げつけて、外の光が入り込むバルコニーへと一目散に走り出す。
「あ、ありがとな!」
開いていた窓から入り込む爽やかな風がこれほど恋しいものになるとは、と飛彩は足に力を込めて柔らかいベッドマットから蹴り爆ぜた。
「うわっ、湿ってる!」
汗で濡れた毛布をかぶせられたララクがうろたえている隙に外に飛び出そうとした飛彩だったが勝手にしまった窓に阻まれて尻餅をついた。
木造建築のように見えるこの建物に自動開閉機能などあるわけないと窓に手を添えるものの飛彩の力ですらびくともしない。
(まるで開くのを拒んでるみてぇだ……!)
こうなればララクの入ってきた出入り口から逃げるしかないと首を振るも、その扉はすでに閉ざされており堅牢な雰囲気が見て取れる。
間違いなく開くことはないと確信するほどに。
「荒っぽいことはしたくなかったんだが……」
蹴破ろうと右足を引いた瞬間、生気のない冷たい手が飛彩の太腿に添えられる。
「暴れないでよ〜別に何もしないって」
「ちっ!」
困ったように眉を下げるララクだが、またしても気配なく動き飛彩の攻撃を牽制してしまう。
さらに攻撃する意志すらなくなるほどの恐怖に襲われた飛彩は、震える足に鞭打って真正面に相対することしか出来なかった。
「何もしないって……ここまで運ばれて信用できるわけねーだろ?」
「えぇ? じゃあ野宿の方が良かった? まあそれも星空が見れて綺麗だったかも?」
敵意に人一倍触れてきた飛彩だからこそ相手の意志は鋭敏に感じ取ることが出来る。
わざと敵意を消すことが出来るスティージェンとの死闘を繰り広げてからは、ますます探知能力にも磨きがかかっていた。
だからこそ、ララクからは敵意の欠片も感じられないことに焦りを覚える。
むしろ本当に心配されているような心遣いすら感じられてしまい、心臓の鼓動が加速した。
「何が狙いだ……?」
「私のことを褒めてくれた人と仲良くなりたいって思うのは変かなぁ?」
肩透かしの動機に転びそうになりつつも、嘘をついているようには思えない雰囲気に飛彩はただただ頭を悩ませる。
「窓や扉が勝手に動いたけど、ありゃどうやったんだ?」
「あはっ、まあまあ」
「いや、そこ濁すなよ! 怖ぇだろ!」
何の臆面もなくララクは胸へと手を引こうとした。冷たい手に触られた瞬間に驚く飛彩はすかさず手を振り払う。
「そういうことは軽々しくやるもんじゃねぇ!」
「えー、どうして?」
「そ、そりゃあ……身体は大事にしなきゃならねぇんだぞ」
「——ふふっ。あははっ!」
涙が出るほど笑い出したララクは瞳の端を拭いながら、潤んだ瞳で飛彩を見つめ直した。
「そんなこと言ってくれたの、君が初めてだよ! 誰も心配なんてしてくれないのよ? とっても普通みたいでいいわね!」
その一言に、複雑な家庭環境などを想像してしまった飛彩だがそれは失礼じゃないかと脳の端へと思考を追いやる。
笑いが止まらないララクに反応するようにし扉や窓が開いて爽やかな風を室内へと運んだ。
まさにポルターガイストのような所業だが、飛彩にはそれがまるでララクを喜ばせるために世界が勝手に行ったことのようにも思えてならなかった。
(——信じたくなかったが……完璧に理解したぜ)
巻き起こる超常現象。
古ぼけた洋館への拉致。怪しげな少女と様々な項目が絡み合い、飛彩が下した決断。
それは。
(俺は地縛霊的なものに取り憑かれちまったんだ!)
室内に雷が走ったような錯覚を覚えさせられたようで、崩れそうになる膝で必死に踏ん張るしかなかった。
展開力という超常的な力を使っているのにも関わらず、飛彩は一世一代の勘違いを抱いてしまう。
目の前の少女が悪霊かも知れないと思うと、迂闊なことは出来ないと頬に汗が垂れる。
メイがいれば爆笑ものだったかも知れないが飛彩本人は至って本気のようだ。
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