ララクが飛彩達の仲間になり一つの季節が過ぎた。
時折現れるヴィランを撃退しつつ、さらに侵略区域奪還に身をやつしていると熱い夏はいつの間にか過ぎ去っていたのだ。夏休みらしい休みもないままに迎えた新学期はより一層の気怠さを飛彩に与えているようで。
「はぁ……もう授業するのめんどくせぇ」
机に上半身を預ける六時間目の授業。覚える気のない睡眠の呪文のような古文の説明を右から左へと聞き流していく。
もはや問題児かつヒーロー本部と繋がりのある飛彩に文句を言ってくる教師もおらず、戦いの疲れを学校で癒す事態になっていた。
「あー夏休みらしいこと何も出来てねぇってのによぉ」
かつてヒーローになりたいと話していた頃は俗世の遊びなどどうでもいいといった様子だったが、夢を改めた飛彩はヒーローを守るという思想以外は普通の高校生の感覚も取り戻している。
一重に普通の感覚を持って共に過ごしてきた蘭華たちのおかげであることは間違いない。だからこそ飛彩にとって責任ある激務の連続は、思い切り休みたいという欲求につながっているのだ。
「はい、では今日はここまでかな。そろそろ中間テストの時期だから、皆油断するなよー」
チャイムが響く中、喧騒を強めていく教室内で飛彩は座ったまま肩を回し身体を持ち上げて椅子にだらけきった様子で座り込んだ。
「気が緩みすぎなんじゃないの?」
「はぁ〜」
少し離れた席から歩み寄ってきた蘭華は他の女子が寄り付かないようにすぐに飛彩の近くへと防衛線を敷く。
おかげでクラスには彼氏彼女的な存在として浸透するようになってきたことを飛彩は知る由もない。
「蘭華はすげぇよ」
「な、何が?」
重そうに首を隣にいる蘭華へと向けた飛彩は滑るようにしてさらに身体を椅子へと預けていく。
もはやクッションに寄り掛かるほどの状態になっていた。蘭華は急に褒められたことで顔を赤くしながらたじろいでいる。
「勉強も仕事も両立しちまってよぉ。俺には無理だわ」
「そんなことないわ。飛彩も出来るわよ」
「出来る出来ないかで言えば勉強できるかもしれねぇけど、やりたくねぇんだわ……このままヴィラン絶滅したら本格的に用心棒とかしか職にありつけなさそうだぜ」
急に現実的な悲観を始めるほど飛彩は疲れ切っているらしい。
蘭華もそうだが何度も視線をくぐり抜けてきた戦士達が故に常人の一生分の集中力は軽く使い切っているだろうから。
「ま、まあ……私はそれでもいいけど、飛彩なら養ってあげても」
「何言ってんだよ。そういうのは俺の仕事だ」
うってかわって真面目な顔つきになる飛彩に蘭華はますます顔を赤く染めた。まるで結婚を前提とした会話にどうしても顔が緩んでしまうらしい。
飛彩が話しているのは一般論に照らし合わせた矜持であり、蘭華との生活を想定したものではないと知りつつも、嬉しさに浸ってしまう。
「そんな先のことなんて後で考えればいいんだが……問題は直近だよ。このままじゃ精神がおかしくなるって」
再びだらけた表情になる飛彩に、感情表現が豊かになったなとそこはかとない笑みを浮かべてしまう。姉のような笑顔を浮かべて肩へと優しく右手を置いた。
「いつもよりぐだぐだしてるわねぇ。でも、無理ないか」
呆れるほどに疲れ切っている理由を蘭華は知っている。
戦いでも勉強でもない精神のすり減らしを加速させているものの正体を。
「飛彩ちゃーん!」
打ちあがる黒い花火が如き存在の乱入が一瞬しかない気の休まる時間を打ち壊した。
「どわぁぁあ!?」
三階にある飛彩達の教室の窓から勢いよく飛び込んできた薄い蒼の髪を靡かせる少女、ララクは飛彩達と同じ高校の制服に身を包んで意図もたやすく校舎へと侵入してきたようだ。
「そこから入るなって何遍言えばわかるんだよ!」
誰かに見られる前に教室の中に引き込む飛彩は、授業後で本当によかったと安堵した。
そう、飛彩の心労というか関係者の心労の八割以上を占めるのは天真爛漫かつ自由奔放で素性隠匿しなければならないララクの暴れっぷりを諫めることにある。
「えー、だって階段登って廊下歩いてってめんどくさくない?」
「だからって人間は三階分ジャンプしたりしねぇんだよ」
カーテンの影に隠した少女の頭を片手で掴む中、込められる握力はどんどんと強まっていく。
いててというララクの声を聞いてやっと力を抜き始めるが苛立ちは治まっていない。
とはいえララクを自由に過ごさせることが目的だったこともあり、飛彩も縛り付けて置くことに賛同出来ずにいたが疲れという被害は大きかった。
「ララク、今日も本部で勉強だったんじゃないの?」
「終わらせて飛んできたのだ! 皆に早く会いたかったからな!」
「覚えたての文化まで置き去りにしちゃぁ世話ぁねぇな」
「ララク、こっちでの風習とか最低限学ばないと外に出ちゃいけないって言われてるわよね?」
心労が高まるのは飛彩だけではなく、コクジョーとの一戦を戦い抜いた仲間たちも同じことが言えた。
ララクを自由にしたいのは飛彩たちの総意であるが、もしヒーロー本部やマスコミにでも知られてしまったら今まで通りにとはいかないだろう。
最悪処刑の可能性も考慮して心配しているというのに飛彩や蘭華たちの思いは簡単にララクには届かないようだ。
「えー、でも退屈なんだもん。いつまで勉強しなきゃいけないの?」
「少なくとも階段と廊下使えるようになってからだよ。ほら本部に戻るぞ」
「やったー!」
子供のように二人の手を引いて窓の外に飛び出そうとするララクを勢いよく引き戻し、再度説教を開始する。
こう見えてララクは飛彩たちより長い年月を生きてきているのだ。
そんな身体に染み付いた文化を簡単に切り替えられない気持ちは分かるものの、あまりにも当たり前のことすら中々実行出来ないララクに飛彩たちは疲れ切っている。
「今日は何して遊ぶ? 戦いの練習があるのなら付き合ってあげるよ?」
だが、この満面の笑みのせいで本気になって怒ることも出来ず、どこか憎めない少女に対してタジタジといった様子なのだった。
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