「カクリの意識が戻ったって!?」
授業中にこっそり繋げた通信端末に対し大声で騒ぐ蘭華は目立っていることも気にせずに教室から飛び出した。
「お、おい弓月!」
「すみません、友達が危篤なんで!」
「どんな嘘だ!? 今意識戻ったって叫んでたろ!?」
引き止める声を無視して走り出した蘭華は校門に止められていた一台の高級車に行手を阻まれる。
ゆっくりと開く苛立ちを覚えていると、その中から聞き慣れた声が向けられた。
「走っていく気ですか?」
「ホリィ!? 何アンタまでサボってんの!?」
「ご友人が目を覚ましたそうですから……生まれて初めて授業を抜け出してしまいました」
「良いとこのお嬢さんなのにイケない子ね。でもありがと!」
目を覚ましたカクリがいる病院は学校から走れば三十分の距離。
周りの車が勝手に恐れて道を開けてくれるリムジンの前にはあまりにも短い距離だった。
「カクリっ!」
「どうも〜蘭華さんホリィさん」
いつも通り気の抜けた声音で迎え入れるカクリ。
いつもの彼女が戻ってきたと蘭華は飛びつきたかったが、未だに大量の医療器具が繋がっている。
目を覚ました喜び半分、自責の念にも襲われる蘭華は言葉を失った。
それを察したホリィもまた神妙な面持ちになりながらも見舞いの品を袖机に置いた。
「も、もうお二人ともそんなにびっくりしないでください。あくまでもこれらは一時的な処置なんでゆっくり休めば完璧に治りますから」
それを聞いた蘭華はさらに痩せてしまったカクリの左腕を優しく握る。
溢れそうになる涙の意味は自身でも上手く理解出来なかったが、とにかく情けない姿は見せまいと声を震わせながら必死に耐える。
「ごめんね、情けない先輩でごめんね……」
「蘭華ちゃん……」
ヒーロー本部技術開発局との争いは飛彩と懇意にしているヒーローたちには届いていた。
その情報はヴィラン侵攻と同等の有事があったにも関わらず何も出来なかった無力感だけをホリィたちに届けている。
せめて生き残った友人たちを支えようと馳せ参じたホリィだったが、ここでも割って入れぬ雰囲気に何分もかかる世界展開(リアライズ)を恨んだ。
「カクリの先輩に情けない人なんて一人もいません」
凛とした表情で言葉を続けるカクリは何も後悔していないという様子で言葉を続ける。
「蘭華さんが一緒に戦おうって言ってくれたから、あの時カクリは動けたんです。自分の可能性を信じることが出来たんです。こちらこそ……ありがとうございます蘭華さん」
「カクリ……」
常に本部で待つだけだった少女は強い意志を持つ存在へと変わった。
ならばいつまでも引きずることなく飛彩もカクリも守り抜くと蘭華も覚悟を改める。
「ありがとう」
「これからもお願いします、蘭華さん」
柔らかな雰囲気が室内を包む中、再び病室の扉が開く。
一同の視線がそこに向けられる中、おずおずと一歩を踏み出した春嶺が現れる。
「どうも……」
髪を短いショートボブに切り揃えたようだが目元を隠す長い前髪は相変わらずのようだ。
「天弾、春嶺?」
敵として戦った相手としか聞いていないホリィは警戒心を最大に引き上げて睨みつける。
それに気づいたのかそれ以上進むことを躊躇い始めたようだ。
「春嶺じゃない! ごめんね、お見舞い行けなくて!」
「え?」
身構えたホリィを拍子抜けさせる歓迎振りを見せた蘭華。
命の削り合い数日した仲とは思えない友好度にホリィただただ驚かされる。
「えっと、これはどういう……?」
「夕陽差す土手で殴り合ったら仲良くなった、みたいなものです」
「そんな漫画みたいなことあるの!?」
ツッコミ役など柄ではないホリィは大きな目をぱちくりさせて病室に入ってくる春嶺を見遣る。
「二人とも、出会いこそ最悪だったけど、春嶺がいなかったら飛彩は救えなかった。それに私たちの命の恩人でもあるから、よろしくね」
「カクリは全部見てましたから。ちゃーんと分かってます」
「ホ、ホリィ・センテイアです。ヒーロー名はホーリーフォーチュン、宜しくお願いします?」
流れでそのまま挨拶までしたホリィだったが、春嶺の人となりが想像していたものとは大違いで驚き疲れる。
「こ、こちらこそ……」
戦闘時の凛とした雰囲気が一切感じられない目隠れ女子は蘭華に促されるままに一つの座席に座らされた。
不器用な空気が流れたのは最初だけで、一瞬で全員は打ち解けた。
蘭華のコミュニケーション能力の高さが上手く場を回し、カクリも重病人であることを忘れて談笑する。
「はー、おかげで完璧に治ったような感じがしますよ」
「む、無理はいけない、です」
目尻に涙を浮かべるほど笑ったカクリを心配する春嶺。
世界展開に詳しいヒーローだからこそ能力の代償について深く考えてしまうのだろう。
「誰の相手で無理することになったのかしら?」
「そ、それは!」
「あははっ、冗談よ冗談」
重傷を負った者ばかりだというのに学校の休み時間と同等の馬鹿騒ぎ。
皮肉のような冗談は逆に清々しさまでもたらしている。
弓道部時代の春嶺にはおべっかだらけ偽りの絆の中を生きていたからだ。
「——もう!」
話し込む中で互いのことを知り秘密を共有していく一同。
カクリの瞬間移動能力に驚かされる春嶺だが、心の底から欲していた絆を手に入れられそうな気がして隠されている瞳もどんどん明るくなっていく。
蘭華もカクリも怪我のことなど昔のことだと言わんばかりに話を続ける。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!