範囲内に即死攻撃という能力がある以上、不用意に近づくことが出来ない。
だが、攻撃には一定の波紋のようなものを感じていた。
何も見えないし聞こえもしないが、さっきまでいた場所に何かが襲いかかったように飛彩には見えていた。
透明化には一日の長があるからだろうか、漠然とした何かを感じるらしい。
「流石に透明になられちゃ僕も見えないなぁ」
基本的にヒーローの視覚には護利隊を映さないようになっているが、正体を知っている刑のようなヒーローは例外だ。
そもそも見えるようにしているゆえに、個人領域に元からある透明化の能力で戦うしかないが、完全透明化は長時間持つ能力でない上に出力を全て充てがわなければならない。
攻撃に転じる時には確かに不利なのだ。
「チッ!」
取り出した二丁の銃で牽制射撃を続けるも、ヒーローの動体視力であれば、迎撃は余裕。
戦いながら、こんな能力を持つヒーローがいて良いのだろうかと飛彩は疑問を膨らませた。
「刑! 処罰が重くなるだけだ!」
「そんなことでやめるようならとっくにやめているよ!」
遠距離からの牽制射撃もすいすい避けられる。敵の攻撃の癖を調べることも叶わない。
「まあ、何にせよ君にはがっかりですよ」
「ああ?」
「すぐ泣きついたのかい? そんな腑抜けているからヒーローになれないんですよ」
憤慨。怒りを露わにすれば図星だと告げることになってしまうが、刑の言葉だけではなく自分自身もそう思ってしまったが故に飛彩は跳躍した。
「テメェ!」
「ほぉーら、そんな風だから簡単に領域内だ」
「飛彩ぉ!」
インカム越しに聞こえたのは蘭華の叫び声。直後どこからともなく狙撃された銃弾が刑を襲った。おかげで飛彩は距離を取れる。
「蘭華?」
「全く、冷静になりなさい!」
「いい狙撃手だねぇー。どっから撃たれたのか、もう分かんないや」
無論狙撃の度に蘭華は移動している。
少なくとも刑の標的になることはないだろうと考え、飛彩は気合を入れ直す。
助けを求めることは弱さじゃない、という綺麗事に縋った自分を飛彩は許せなかった。
嘲ってきたヒーローの力を借りないと事態は収拾がつかないと判断してしまう愚かな自分を。
「ふふっ、命のやりとりは怖いだろう?」
だが、すでに飛彩は動揺を見せなかった。相手の言うことは腹立たしいが、それに釣られた結果待つのは死のみだ。
冷静になれなければ鬱憤も晴らせない、と心を鎮めて戦いに徹する。
「確かにお前が世界展開してるって知ったとき、かなりビビった」
「潔い。少しだけ君が好きになりました。だが憎たらしい君のままでいてください」
見えない刃が再び飛彩を襲う。
よく見ると、その部分は鎌のような形に空間が歪んでおり、視認してからも躱すことは可能だった。
しかし不可視の斬撃が即死という悪夢のような効果を持って襲いかかってくることは、飛彩と蘭華の精神をどんどん擦り減らす。
「今回の試験、僕は何よりも君の意志を折りたかった……!」
恍惚とした表情で語る間にも、攻撃は止まない。縦横無尽に繰り出される刃は飛彩の逃げ道を奪うかのように張り巡らされる。これが刑の本領発揮というところか。
「君に気絶させられた者たちを思い出してごらん?」
視線は一切逸らさないが、嫌でも記憶のワンシーンが頭をよぎる。
「追いかけるついでに、ヒーローに不可欠な運動組織をそれぞれ傷つけた。靭帯、関節、肺の一部、これらはある日完全に死滅する。まあ、僕がそういう風に調節してるんだけど」
「は?」
「わかりやすく言えば、肘を故障したピッチャーのように二度と表舞台に上がることはない」
湧き上がる怒りを必死に抑え、突撃したい足を無理やり黙らせて銃を乱射する。いつもより正確性のない射撃は、見えない刃によって逸らされていく。
「何がしてぇんだテメェ!」
「最初から言っているだろう? 分不相応な夢を見る雑魚に現実を突きつけるんだ!」
もう足を止めることは出来なかった。小太刀を携え、刃を避けながら駆け抜けていく。
「僕は君にも同じ目に遭って欲しいんですよ!」
「クソが!」
完全に殺す気だった。刑も飛彩も。
後のことなど関係ない、絶対に首と身体を切り離すという覚悟が互いの剣に込められている。
再び冷静さは吹き飛んで恐怖すら置き去りにする怒りが身体を支配した。
血気迫る戦いの中、飛彩は不可視の斬撃にはやはり範囲と本数、威力の調節によって限界があるというところまで推察出来ていた。
夥しい斬撃の嵐を止めるには、刑も短い武器にして、受け止めるしか出来ないらしい。
「知ってるかい飛彩くん! ヒーローはね! 君達の声も戦闘音も全て通らない! そして何より、変身している間の時間感覚がないんだ! 世界展開に仕組まれた機能ってやつだね!」
知らされていなかった情報に太刀筋が揺らぐ。それでもすぐに力を込め直す。
「だがね! 僕はそれを全て受け入れている! 君達の奮闘も! 死にゆく姿も!」
今度は逆に力が篭りすぎて太刀筋がいびつに描かれる。何度も感じる、こんな奴がなぜヒーローなのかという怒りで頭が沸騰しそうになった。
「その中でも特に君には腹が立った! 捨て駒のくせに敵を倒すつもりでいる! ヒーローになろうと肥溜めの中で足掻いている!」
不可視の刃の速度が異常なまでに上がり、攻撃本数が倍になった。今度は飛彩がかろうじて反応出来るくらいまで追い詰められていく。
「そういうのが本当にイライラするんだよ!」
攻撃していた数々の刃が一つに集約され、飛彩の心臓めがけて飛んでいく。
小太刀を交差して防御するも、壁を突き抜け、屋内へと飛彩は転がった。
「がはっ!?」
「おっとぉ〜、防がれちゃったかぁー。あの小太刀もかなり丈夫だねぇ」
小太刀の性能よりも反応して防御したことの方が驚きだったが、壁に叩きつけられた衝撃が戦闘不能に陥らせただろう、とあたりをつける。全てを覆い隠すように砂煙が立ち上った。
「飛彩、生きてるなら返事して!」
動きながらの狙撃で護利隊の中では蘭華の右に出る者はいない。
牽制を続けているが蘭華は後方支援の兵、足止めは出来ても相手を倒すことは出来なかった。
「うーん、僕は身の丈にあった考えを持つ蘭華ちゃんは好きだったんだけどね」
その刹那、その場で大きく跳躍した刑は空から蘭華を視認する。
「蘭華ちゃん、そこにいたのかぁー」
そのまま二次元的に広がる世界展開の形を蘭華へと伸びる一本の長方形へと変えた。
「世界展開は敵の展開との拮抗に競り勝つ必要がある。それゆえ、部分的に力を濃くして、その部分だけは自分だけが有利になる、のような駆け引きが存在するのさ」
「教科書みたいな説明しないでくれる?」
空中にいる刑を狙い撃つことなど造作もないが、即死攻撃に捕捉されたという恐怖が蘭華を縛り上げた。
余計な思考が頭の中で浮かび、銃口がゆらゆらと彷徨う。
こんなことなら突撃銃も出すべきだった、重くてそんな物持ちながら狙撃できない、ほかの装備を取りに行けば、そもそもそんなものはない、カクリに救助を求めれば、それも間に合わない。
解決策の提案も却下も全て蘭華が脳内で下していく。
「聞こえていますか飛彩くん? せめてもの情けです、彼女は苦しまないよう一撃で葬って差し上げましょう!」
水面からヒレを覗かせる鮫が如く、不可視の刃は地面を泳ぐように突き進んだ。最終的に蘭華の脳裏を席巻したのは飛彩への想いだった。
「助、けて……」
「良い最後の言葉だっ!」
興奮に反応するように刑の世界展開が波打つ。それ故発生した歪みが蘭華の命を斬り裂こうとする刃の姿を映した。
「っ!?」
しかし。
刃が届くよりも早く、一筋の流星が蘭華を救い出す。
「飛彩!?」
「黙ってろ、舌噛むぞ」
『注入』
その刹那に屋根を支える柱が爆ぜて蘭華を抱えたまま、刑を蹴り飛ばす。
「なにぃ!?」
今度は刑が教室をぶち抜き吹き飛んでいく。
起きた出来事が信じられないのか、すぐさま瓦礫をどけて中庭に戻って来たが脳の揺れからフラついて展開が不安定になっていた。
「君が本当に人間なのか……興味が湧いてくるくらいだ」
「はっ、負けた時の言い訳作りはやめとけよ? ……蘭華、太った?」
「も、もう! 面白くないよその冗談!」
照れながら蘭華は再び物陰へと消えていく。確認すると同時に左足と右腕へ同時にメイお手製のインジェクターを挿入した。
『注入』
「一日一回が限界では!?」
未だに信じられないといった様子の刑へ限界を超えた跳躍で迫る飛彩は、さらに力を込める。
「ヒーローと俺の違いが強さだとしたら……これで追いついたか?」
「や、やめっ!?」
呼吸を整える暇も、不安定な展開を整える時間も与えない、閃光の突撃。
「オラァ!」
顎へとクリーンヒットする飛彩の拳。完全な手応えと共に、屋根を超える勢いで空へと殴り飛ばした。
この最新型インジェクターがなければ確実に負けていた、と心の中でメイに感謝する。少々感じる四肢のダルさを無視して飛彩は追撃を開始した。
「飛彩、彼を殺すな」
「はぁっ!? 黒斗! どーいう意味だそりゃ!」
「腐ってもヒーロー。このことは揉み消されるだろうな」
インカム越しに聞こえてくる声音に残念さが含まれていなかったら速攻で殺してやろうと考えていたが、一度心を落ち着ける。
「処遇は本部が決める」
「あぁ? こっちは命狙われたんだぞ?」
「まあ、そうだな……逃亡の恐れがあるから、手足を折ってもいいだろう」
「はっ! たまーにお前を最高の上司だと思う時があるぜ」
バイザー越しに反応が消えてない世界展開に警戒し、飛彩はゆっくりと近づいた。狸寝入りの可能性も否定できない。
「はっ、君は本当にヒーローに勝ってしまうんだなぁ」
そのまま静かな調子で笑い続けていた刑は糸に引っ張られるような奇妙な形で起き上がる。全員が並び立つ屋根の上に異様な空気が流れた。
「非常に面白い! 常世に来てから、一番面白いわぁ〜」
淀んだ感覚に飛彩はもがくように息継ぎした。
じわりとカビが広がるように刑の展開が黒さを纏い始める。それは一瞬にして広がり、試験会場を埋め尽くした。
「どーいうことだ……?」
ここまでドス黒く淀んだ展開が出来るのはヴィランズしかいない。有り得ないといった様相ながらも、飛彩は小太刀を構え直す。
「お土産の情報集めも飽きちゃった。それに……私をこんなに感じさせるんだもん! もう我慢できないじゃない!」
途中から刑の声音が、エコーのかかった女のような声へと変わっていく。頰を舐めるようなその声音に飛彩の全身の毛が逆立った。
「——あのバカがやりすぎな理由がようやくわかったよ」
何故、刑が誰にも気付かれずに変身出来たのかがやっと理解できた。同時に黒斗も計器の故障と言われていた謎の反応に全て合点がいった。
「計器にかからない程度の展開をはり、さらにそこで刑の能力を最低出力で発動する……故障と思われる誤作動はそれだったか」
何故もっと早く気付けなかったのかと黒斗は歯をくいしばる。
つまるところ、バレない程度にアリバイを作るにはちょうどいい相手だと舐められていたのだ。
そんな悔しさをまともに考えることが出来ないほどに、ヴィランから発せられる威圧は凄まじかった。相対している飛彩どころか、通信機越しの黒斗も呼吸を忘れるほどに。
「まだ解析班とかヒーローも来てないからねぇ。直接教えてあげる」
整った顔立ちの刑が女言葉を使ってもなんら違和感はないのだが、無性に押し寄せる吐き気の正体が飛彩には分からない。とにかく敵は常識の外にいるということだ。
「アンタたちの言葉で説明するとぉ、私はシュヴァリエ級、ランクはE」
「……ハッタリだよな?」
いつからこんな状態だったのか? いつから敵は本部の中枢にいた? などと疑念は尽きない。
だがそれよりもランクEという言葉に衝撃が走る。
———人類は未だにランクEのヴィランズと接敵したことがない。
今まで人類が接敵したことのない強敵!
飛彩はどう戦うのか!?
これからも飛彩の戦いは続きます!
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より面白いと思ってもらえるように尽力します。
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『次章予告』
暴走する刑を止めるも、そこから現れたのはずっと身を潜めていたヴィランだった。
人類が戦ったことのないランクEの強敵に対し、生身の飛彩は苦戦を強いられる。
だかそこに、熱い炎を滾らせるヒーローが駆けつける!
次回!
『『『プロミス・タッグバトル』』』
「守ってやるぜ! ヒーローの変身途中!」
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