「命が、希望が欲しいと戦いに明け暮れていた頃とは違うんだ。一つ手に入れたら二つ目が欲しくなる……そうやってずっと続いていくんだ」
右足を握ったリージェはそのまま状態を起こしていく。無理やり拘束を振り払った飛彩は数歩の間合いを保ったまま後ろへ下がった。
「そして僕がすべての悪を、世界を手に入れる!」
観客席付近で響く爆音。援軍が現れたのかとクレーターから跳んだ飛彩の目に飛び込んできたのは次元の裂け目がカイザー級が現れる時にも似た巨大な空間の亀裂に飛彩は息を飲む。
しかし、そこからヴィラン達が飛び出す気配はなく、異世らしい荒廃した土地だけが見えていた。命の気配などそこには全く感じない。
「やられっぱなしも性に合わないから、少し本気を出すことにするよ」
「はっ、仲間呼んで助けを請うってか? 良いぜ、全員ぶっ潰してやるよ!」
「違う違〜う。僕ってさ、強すぎるから力をこっちに全部持ってこれないんだよね」
肌を撫でる闘気が刺すように先鋭化されていく。
もはや立っているだけで生身の部分が切り刻まれそうになる感覚に飛彩は息をのんだ。
「だからちょっと入り口を大きくしてぇ〜。力を出しやすくしたんだ〜!」
先ほどまでリージェのそばをついて離れなかった焦りは消え去っていた。
苦戦するごっこ遊びにしかすぎなかったのか、それとも飛彩を倒すべき相手と認めたのかは分からないが、もはや飛彩の目の前に悠々と降り立ったリージェは別人だった。
異世から吹き荒れる黒い風をその身に受けるリージェは自身からも悪エネルギーそのものを放出し、力の滾りを見せつける。
「う〜ん、まだまだ本調子には遠いけど、これだけあれば十分でしょ」
揺れる金の髪を纏めながら微笑むリージェはダメージを受ける前のような優雅さを取り戻し、腫れていた顔も元の整った顔立ちに戻っている。
「——どれだけ強くなろうと知ったこっちゃねぇ! 何もかも俺の支配下に置いてやる!」
一瞬にして詰めた間合いからの左ストレート。
再び鼻筋へと叩きつけたが、リージェは何も動かずにそれを止めた。
「せっかくだし種明かししてあげるよ。僕の能力は『拒絶(リジェクト)』。気に入らないものは全部吹っ飛ばしちゃうから」
同威力で拳を殴り付けられたような錯覚に陥る飛彩だったが、実際に大きく弾かれた左腕を見てその能力の真髄を思い知る。
「その強さも自由自在、別に僕が手を出す必要もないし」
その宣言通り、リージェはそこから一歩も動かなくなった。
しかし飛彩は見えない衝撃波のようなものに何度も弾き飛ばされて空中へ投げ出される。
そのまま黒い波濤と共に、止めと言わんばかりにリージェ自身が両拳で飛彩を地面へと叩きつけた。
一切の防御も許されない隕石のような拳を背中に喰らった飛彩は受け身をとることも出来ずに地面へと這いつくばる。
「君の攻撃を拒絶した。君がその場にいるのも何度も拒絶した。そして、君が防御するという行為も拒絶した……便利な能力だろう?」
「さ、さっきまで全然出来てなかったじゃねぇか……」
「力の一部を抑えられてたからねぇ。調子乗ってた罰を受けてもらうよ〜」
起き上がろうとする飛彩だったがすぐに地面に叩きつけられた。
そのまま飛来したリージェの膝蹴りが針のように飛彩の身体を穿つ。
「がはっ!?」
「ギャブランが死んで小間使いがいなくなっちゃったからさぁ〜、君が代わりを勤めてくれるなら見逃してあげるけど?」
「誰がそんなこと……」
「あはっ、言うと思った!」
そのまま右足を振り抜き、飛彩の横腹を蹴りつける。
骨が盛大に砕ける音が響くも飛彩はそこから吹き飛ぶことはなかった。
「君が吹き飛ぶのを拒絶した。もう君は僕に甚振られるだけの哀れなお人形なんだよ?」
「言ってくれるじゃねぇか……!」
痛む身体に鞭打ちながら地面を蹴った勢いで跳ね起きる飛彩は左足に仕込んでいたインジェクターを起動させ、リージェを蹴り払う。
『注入!』
鞭のようにしなる死神の鎌を一切避けることなく、その身に受け入れるリージェ。
明らかな手応えが存在していたはずなのににこやかなリージェはそのまま答え合わせの言葉を漏らす。
「君の攻撃から受けるダメージを拒絶した、よ?」
「可愛くねぇよボケがぁ……!」
未だに腹部へと接している左足を軸に回転しながら右足も強勢に叩きつける。
「拒絶したよ」
素早く着地した飛彩は一心不乱に両腕で拳の乱打を放つ。
「拒絶、拒絶、拒絶、拒絶」
その能力を奪い取ればどうにもならないはずだと、左腕に能力の発動を示す黒い光を纏わせながらリージェの心臓めがけて拳を打ち込む。
「それも、拒絶したよ?」
煽るような声音に激昂した飛彩は怒りに身を任せ、咆哮を上げながらもう一度左拳を放つ。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
だが、その攻撃の着弾は愚か、放つことすら許されなかった。
拳を射出しようとする構えのまま身動きの取れなくなった飛彩は、少しずつ地面から引き離されていく。
「全部拒絶しちゃうから意味ないって」
友人を小突く程度の力で軽く叩いただけ。
ただそれだけにもかかわらず飛彩はドームの端まで吹き飛ばされ、再び封印のドームに亀裂を作り上げた。
「! がはぁっ!?」
渾身の力が乗っている、自身の能力の発動も淀みない。にもかかわらず手も足も出ない状況。
さらには蓄積する負傷により精神が朦朧とする。
「クソがぁ……!」
苛立ちを含ませた視線で闊歩してくる相手を射抜くが、リージェは圧倒的な展開にご満悦なのか終始笑顔を崩さない。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!