【完結】変身時間のディフェンスフォース

〜ヒーローの変身途中が『隙だらけ』なので死ぬ気で護るしかないし、実は最強の俺が何故か裏方に!?〜
半袖高太郎
半袖高太郎

心に潜む影

公開日時: 2020年12月28日(月) 00:03
文字数:2,274

 悲しそうな吐息が漏れた瞬間、飛彩は全てのプライドをかなぐり捨てて土下座した。

 丹生込めて作られたお弁当をミキサーにかけてしまったも同然の行いに、生まれてきて一番の反省を込めて何度も謝る。


「悪かった! 本当にすまん!」


「飛彩くん、やめてください。私がもっとぎっちりおかずを詰めていれば……」


「どんな反省だよ! とにかくお前は悪くねぇし、見た目が悪くなっちまっただけだ! 料理は味が良ければ全て良しになるんだから食おうぜ!」


 揚げ物に中華系の野菜の炒めものに、高級そうなステーキなどネットで男子の好きな食べ物と検索すればトップテンに入るであろうものばかりが三段に分けて存在していた。


「どれどれ……」


 せめて味は好みであって欲しいと手を合わせて祈るようなホリィ。


 そんな彼女を悲しませまいと飛彩は一気に口の中におかずを詰め込んでいく。


「……」


 もぐもぐと口を動かす飛彩の顔にホリィは緊張した面持ちで近づいていく。

 照れるように顔を逸らした飛彩は瞳を閉じて味に集中する。突出するものはないが安心する料理の味に、飛彩は存在しないお袋の味を重ねる。


「——うまい。なんか、安心する味だな」


「本当ですか! 嘘じゃないですよね!?」


「嘘つけるほど俺ぁ器用じゃねーよ。本当にうめぇ」


 続いて一口、二口と食べ進めていく飛彩の表情を見て安堵したのか、ホリィは大きく息を吐いた。

 こっそり家族の目を盗んで料理の練習に励み、蘭華が手作りお弁当を持参した時は少し分けてもらい……などとにかく飛彩を喜ばせるために努力を続けている。


 それが実ったことが本当に嬉しいのかホリィの目尻には少し涙が浮かんでいた。


「ありがとな! いつも飯奢ってくれてよ!」


「そんな、私がやりたいだけですし……飛彩くんが望むなら専属のシェフの方に戻しますよ」


 恥ずかしさからか謙遜する物言いになってしまったようだが、もっと距離を詰められる言い回しにすべきだったと顔を暗くする。


「いや」


 この時、いつも斜に構えたひん曲がった性格の飛彩は珍しく心の底からの笑顔を見せる。

 そんな表情を向けられたホリィは耳の先まで顔を赤くした。


「お前の料理の方が好きだな」


「なぁっ!?」


 真っ赤になった顔からぼんっと湯気が飛び出したかのようにホリィは後ろへ倒れ込んだ。

 あまりの嬉しさに脳が情報を処理しきれなかったようである。


「お、おい! どうした急に!」


「——あ、ご、ごめんなさい! 私の手作りで良ければこれからも毎日作ってきます!」


「いや、大丈夫だ」


「えっ?」


 予想に反する反応にホリィが凍りつく。

 浮かれて調子に乗りすぎたかと思いきや飛彩が衝撃の言葉を続けた。


「お前が最近、シェフの弁当くれてたろ? そしたら毎回ホリィに作らせるのも悪いからって今度から蘭華や翔香、カクリが弁当くれるんだってよ」


「——え?」


 その一言でホリィは持っていた箸を落としそうになった。

 自身も抜け駆けしたが、その他の猛追の速さに息をのみ、飛彩の鈍感さに頭を抱えてしまう。


「しかもメイさんが筋力増強弁当を週一で作ってくれるんだぜ! ますます強くなっちまうよな〜」


「そ、そうですね……」


 お弁当作戦で距離を詰めたと感じたのも束の間、飛彩を狙うたくさんのライバルの姿を再認識しただけだったと結果的に顔を引きつらせるだけになってしまうのであった。






「食った食った。美味かったぜ!」


「お粗末様でした」


 とりあえず飛彩の胃袋を掴む一人になれただけ良しとしようとホリィは重箱を鞄の中へとしまっていく。


 心地よい風が二人を撫で、まるでヴィランなどいない平和な世界と錯覚してしまう。


「こういうところでピクニックって……あまりやらないですよね?」


「まぁー、一昔前のデートみたいな感じだよな」


「私はこういう普通の遊びはあまり経験がなく……こういうのしか思いつかなかったんです。飛彩くんはちゃんと楽しいですか?」


「お前みたいな面のいい女と一緒に入れるならどこだって楽しいだろーよ」


 お腹いっぱいになってその場に寝転ぶ飛彩は飄々とキザなセリフを口にした。

 本気でそう思っているのだろうが、特別な意味がないことに気づいているホリィは小さく微笑む。


「とにかくやりたいこと全部やっておこうぜ。デケェ作戦が控えてるんだからよ」


 歴戦の勇士だからか飛彩は臆面もなく奪還作戦を待ち望んでいる。

 対するホリィは再び表情を暗くしてしまった。


「飛彩くんは、本当に強いですね」


「当たり前だ。強くなきゃお前らを守れねぇからな。って、悪いなまた仕事の話しちまった」


 起き上がった飛彩は少しだけ辛そうな表情のホリィを見つめ、真剣な顔つきへと変わる。


「——不安か?」


 その一言は全てを見透かすものだった。

 らしくないホリィからの誘いやいろいろな奮闘も不安をかき消すための代わりなのかもしれないと飛彩は時折暗くなる表情や雰囲気からそれらを感じ取ったのだ。


「記者会見や、本部の屋上でカッコつけたこと言ったのに……ごめんなさい」


「謝ることなんてねぇって。一日経って冷静になったら、そういうこともある」


 ブレない飛彩の強さが、今のホリィには痛かった。

 誰もヒーローがいなくとも自分だけで戦い抜くことが出来る強さを持つ飛彩はホリィがいなくとも他のヒーローたちと共に戦うことが出来るだろう。


 無慈悲に前に進み続ける覚悟と強さは、常人の意志など簡単に振り落としてしまうのだ。


「つーか今日はそういうの忘れるんだろ? 気分転換してまた戦えばいいさ」


「そう、ですね!」


 この時、心に影が存在していることに飛彩は気づいたが救い出す術を知らなかった。

 とにかく守ればいい、そんな不器用なやり方しか知らない飛彩には。

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