「何もおかしかねーだろ、必要な情報交換だよ。なぁ?」
「はい」
「ホリィちゃん、ハイじゃないよ! 飛彩も仲良くない女子と話す時はもっとあわあわするじゃん!」
「べ、別にそういうわけじゃねー!」
反論行為は思春期特有の異性への意識を認めているようなものだが、飛彩のプライドがそれを認めることはない。
「蘭華ちゃん落ち着いて」
「落ち着いてられるかー! 仲良し三人組の中の二人がいい感じみたいな疎外感をめっちゃ味わっとるわー!」
「はぁ……?」
具体的な悲しみを叫ぶ蘭華をどうすれば良いのか飛彩にはわからず、今度は座ったまま困ったように口をつぐんでしまう。
「あーもう大声出してたらお腹すいたっ! 私もご飯食べよ!」
「蘭華ちゃんってそんなキャラでしたっけ……?」
近くの椅子を引っ張り、その輪に入る蘭華は小さいお弁当箱に入ったサンドイッチを野生的な勢いで頬張り出した。
「……お前ら随分と仲良くなったなぁ?」
「え? まぁ、誰かさんのお見舞いに毎日行ってたらそうなるわよね?」
「はい。この前も一緒にお買い物に行きました! 私、あのような経験は初めてで……」
仕事柄や家柄上、友人などが出来難いからか境遇が似ている二人が仲良くなるのに時間はかからなかったようだ。
恋敵であるのは間違いないが、それとこれとは話が違ってくるのだろう。
文句を言っていた割には、ホリィに心を許している蘭華。
暴言に近い言葉を吐くのも仲の良さの現れだ。
買い物に行くほど仲良くなっている二人に、今度は飛彩が疎外感を感じてしまう。
「クソが、何話してたか忘れたじゃねーか」
「で、本当に何話してたの?」
「天弾春嶺さんについてですが……」
「ヒーローのホリィちゃんでわかんないならもう無理ね。私たちにも情報がほとんどなかったんだから」
謎に包まれたヒーロー。『跳弾響』、天弾春嶺。
飛彩や蘭華も初めて組んだヒーローは一撃だけ残して靄のように消えてしまった。
飛彩がここまで興味を示すのも、一重にその強さが関係している。
ヴィランズの重厚な鎧を展開が薄い状態で粉々に粉砕した能力に飛彩は興味が尽きなかったのだ。
「ま、本来なら私と飛彩で探して解決してるから……ホリィちゃんでも無理なら諦めた方がいいって」
「上層部のお抱えなのかもしれません。私の方でも調べましょうか?」
「いいっていいって。それより俺たちも飯食うか」
「はい、こちらに……」
「待てーい! 本日二度目の待てだよ! これは!」
「うるせーな蘭華。金持ちのホリィさんが俺ら貧乏人に食べ物恵んでくれるって言ってくれてるんだぜ?」
どこからともなく現れた豪華な重箱。
そういえばホリィは金持ちのお嬢さんだったとすぐさま思い出させるものだった。
「そうです。深い意味はありません」
いつもの微笑を浮かべる柔和な表情から一転、恋敵を蹴落とそうとする恐ろしい笑みをホリィを浮かべた。
いつの間にお弁当を作ってあげる仲になったんだこの二人は、と蘭華は地面が崩れ去るような絶望感を抱いて実際に崩れ落ちた。
(くぅ……友達いない箱入り娘のくせに、どんだけ進化してんのよ……!?)
(幼馴染さんとの時間の差を覆すのに手段は選んでいられません!)
女の戦いのことなどつゆ知らず飛彩は重箱の中に入っている豪華絢爛な食材を味わうことなく胃袋の中にかき込んでいく。
味よりも量の飛彩に贅を散りばめた弁当など意味はないが、とにかく量は多かった。
睨み合う少女たちと重箱に舌鼓を打つ奔放な男。その組み合わせに誰しもが首をかしげるのであった。
閑話休題。
食事も終わり、蘭華とホリィの言い争いも落ち着いたので飛彩は天弾春嶺の話題を再び投げかけた。
「あんな強ぇヒーローがいるのに本部は隠匿か? ありえねぇだろ」
「まあ、そう言われたらそうよね。この前の大規模侵攻だって被害者がもっと少なかったかもしれない」
常に命がけで身体を張ってきた飛彩たちにとっては、あのように後方支援型でありながら火力の高いヒーローの登場は非常にありがたい。
連携をする必要もなく、周りで敵が近づかないようにするだけなのだから。
「そういえば……」
唇に人差し指を添えて上を見上げていたホリィは大きな瞳を訝しげに細めながら飛彩たちへと耳打ちした。
「大きな声では言えないんですけど、政治家のような要人を守る特別なヒーローがいるって聞いたことがあります」
その線は口に出さないだけで飛彩も想像していた。
予想が的中してしまったことで、ため息交じりで持論を展開する。
「ヒーロー本部も政治家どもも自分の身を第一に思ってるってことだろ。ただ、今回は大規模侵攻で人手が足りなくなった……」
戦いの舞台が、最近封鎖された住宅街ということもあり、その地にゆかりある要人が優先的に守らせるためにお抱えのヒーローを派遣したという可能性は否めない。
「ったく、強い奴がいるなら総動員しろや。こっちは死人が出てんのによ」
「ちょっと飛彩……」
不意に出た悪態はホリィにも突き刺さる言葉だ。守られなければ変身できないヒーローゆえに。
「あ……別にお前のこと言ってるわけじゃ……」
一気にバツが悪そうな表情になる飛彩はうまく言い直すこともできず、苦々しい表情でホリィへ視線を向ける。想像通り悲壮な笑みを浮かべていた。
「御察しの通り、割り切るのは難しいです」
自分の変身時間を守って死んだ人がいる、その事実はホリィの胸に疼痛をもたらすものになっていたが、飛彩の存在はホリィにとって大きな精神安定剤になっていた。
「でも私が戦わないと……もっと犠牲が出ちゃいますから」
疲れをのぞかせる笑みは、心の負担を感じさせるもので。
「はぁ……強がってんじゃねーぞ新米が」
「ええっ!?」
打って変わって素っ頓狂な声を上げてしまうホリィ。
「戦場じゃ俺や蘭華が先輩だ。護利隊とかヒーローとか関係ねぇ」
うろたえていたはずの飛彩もまっすぐホリィに向き直り、真剣な表情で望んでいる。
「全部俺が守ってやるかよ。テメェは自分のことだけ考えとけ」
「飛彩くん……」
その言葉は少なからずホリィの中にある重荷を取り去った。
ホリィは薄く笑みを浮かべ、ありがとう、とだけ短く返す。
カッコつけたことを言ってしまったと飛彩も照れたように目を背ける。
「くぉぉぉぉらぁぁぁぁ!」
いい雰囲気になったところを、飛彩の顔を掴んで自分の方へ勢いよく捻る蘭華がすぐにぶち壊した。
「ぎゃあっ!?」
「ちょ、ちょっと蘭華ちゃん!?」
「急にジゴロになってんじゃないわよ! 脳みそヴィランに入れ替えられちゃったの!?」
「変わってる! お前の方が性格変わってるから!」
つかみ合って騒ぐ二人の光景は微笑ましかった。
偽りの笑み、ごますりばかり向けられて生きてきたホリィにとってはあまりにも眩しく、ずっとこの輪に加わっていたいと思えるほどに。
もう一つ、ホリィが自分を幸運だと思えていたのは経験の少なさだ。
戦いのほとんどを飛彩に救われており、犠牲になった数は極めて少ない。
だが、これがすでに何千回と出撃してきたヒーローならどうだろう。
自分の後ろにどれだけ亡骸が転がっていたのか、それを知ってしまえばまともに戦えないのは間違いないと断言できた。
このホリィの心情から、護利隊がヒーローに気づかれないように戦っている理由は正しいと断言できてしまう。
だからこそ、ホリィは少し気がかりなことがあった。
「なんで怒ってんだよ蘭華!」
「理由がわかってないとこも余計ムカつくー!」
喧騒を受け止めながら、窓の外、校舎の隅へとホリィの視線が移っていく。
それはまさに偶然であったが、肩を落として木陰に座っているレスキューイエロー、走駆翔香がいた。
「——翔香ちゃん……」
そのつぶやきは大騒ぎしている飛彩たちのせいで掻き消されてしまったが、まさにホリィが恐れた事例が当てはまる少女が乾いた目で空を空を見上げていた。
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