繋いだ数秒は明確な希望となり、白き戦士は地面を殴りつけて一気に起き上がる。
「その命だけは絶対にやれねぇよ」
拳を振り上げていたフェイウォンの背後でその腕を掴み上げる飛彩は、腕をありえない方向へ圧し折った。
「飛彩!」
失いかけた意識を取り戻した飛彩の薙ぎ払うような蹴りがフェイウォンの横腹に減り込む。
「ありがとな蘭華! いい休憩時間だった!」
「蘭華ちゃんにだけ大変な思いをさせちゃいました……でも、ここからはヒーローの番です!」
「充分ヒーローだよ! 蘭華ちゃんもね!」
そのまま飛彩の展開域に上乗せするようにしてホリィとララクの展開力が混ざり合っていく。
「酔いしれるな! これ以上、貴様らの好きにはさせん!」
「蘭華が繋いでくれた想いを、無駄にはしねぇ!」
ヒーローが戦いやすいように身体を張って守るのが護利隊だと蘭華は口角を上げる。
そして、そのまま片膝をついて右拳を押えるも、作戦の成功による興奮が痛みを和らげた。
「皆! 力を貸して!」
蘭華の呼び声と共に複数の空間亀裂がホリィとララクの展開内に浮かび上がる。
残る左手でフェイウォンを狙いながら飛彩の戦いを見つめる蘭華。
これで形勢逆転だ、と作戦の成功を確信した。
しかし、残念なことに蘭華は仲間達がフェイウォンの元までバトンを繋ぐまでに全てを出し切ったことを知らない。
飛彩とフェイウォンが砂煙を巻き上げる戦いを繰り広げる中、蘭華達の耳に届いたのはどしゃりという倒れ込む音だった。
「え……?」
まず現れたのは意識を失っている黒斗とメイ。
メイは白衣のままで黒斗の強化アーマーもすでに存在しないと同義で。
「そ、そんな……!」
動揺するホリィの言葉は予言となり、意識を失った刑を支えるエレナ。
熱太と春嶺に肩を貸す翔香というヒーロー陣営はほぼ壊滅と言った状況となっている。
「えっ……み、みんな?」
「ここは?」
「ホリィちゃん達が呼んでくれたの?」
状況が飲み込めないのも無理はない。
まるで落とし穴が空中に発生したかのように浮かび、異次元空間を通してここへと連れて来られたのだから。
だが、その結果はどうだ。
希望はすでに、その灯火を失っているではないか。
蘭華の機体は打ち砕かれ、死ぬときは寂しくないように一緒になろうとしたとしか思えない選択で。
「はっ!」
さらに乱打戦に決着をつけるかのように飛彩も腹部へと渾身のブローを叩き込まれ、倒れるヒーロー陣営へと吹き飛ばされた。
「飛彩くん!」
素早く動いたホリィが止めに入るも、全力で踏ん張らなければ止まらないほどで。
尚更フェイウォンが別格の存在だと周りに伝えるだけになってしまう。
「隠雅、なの?」
「悪いな走駆……お前らが来る前に倒せなくて」
白き鎧の戦士に恐れを感じることなく、フェイウォンと同様に別格の強さを誇ることに翔香は驚く。
そして動揺したのは、その飛彩が勝てない相手だったからだ。
残るヒーロー陣営の中でも余力があるのは翔香とエレナの二人。
しかし、その二人も熱太に展開力を託したこともあり、変身解除寸前まで追い込まれている。
「くっ……クククククク……」
そこでフェイウォンは肩を揺らしながら笑い始めた。
ここまで感情を露わにしたことがないのか、目尻に涙まで溜めている。
「頼みの綱も死にかけだな!」
蘭華、ホリィ、ララクの心は折れかけた。
ある意味、処刑台に仲間を連れてきてしまったも同然なのだから。
「ちょうどいいだろう、死出の旅が賑やかになって寂しくあるまいて」
「皆……」
気を失っている面々に残る生気は僅かなものだった。
形成逆転を狙った熱い思いがあったからこそ、この結果はあまりにも残酷でフェイウォンを愉快にさせる。
「ヒーローが結集すれば私を倒せるとでも思ったか? 残念だが小娘! お前達がやったことは全て無駄だ!」
「っ……!」
瞳を細める蘭華だが、今にも溢れそうになる涙を堪えるので必死だった。
謝ってはいけない、ヒーローに諦観の許しを与えてはいけない、と。
「お前のおかげで、手間が省け━━」
刹那、白い拳がフェイウォンの顔面に減り込む。
「黙れ」
脳なるものが存在するかは不明だが、確実に視界と展開を揺らすことに成功する。
この絶望の状況をフェイウォンは笑った。誰もが嘆いた。
しかし、この場で飛彩だけが異なった意志を抱いている。
「げっ、は……!?」
飛彩は絶望に囚われなかった。
蘭華の作戦は間違いじゃない、と示すように展開力が秒ごとに増していく。
「皆まとめてあっちに帰す……ヒーローを守るのが俺の仕事だからな!」
(守る対象が増えたことで、展開量が増える、だと? そんな馬鹿な!)
揺らぐ視界のまま、関節が無いような死なる脚で反撃するフェイウォンに対し、飛ばされたはずの刀で飛彩は応戦する。
「いつの間に!?」
「お前が死に損ないと笑った皆の力、教えてやる!」
一度は消えた虹色の光が再び刀身を覆い尽くす。
しかし、すぐさま距離を詰めてきたフェイウォンが負傷も気にせず刀身を握りしめた。
腐食が進むように長い刃の中央あたりから黒いくすみが広がっていく。
「側に仲間がいるとでも言いたいのか!」
想いは力にならない、と現実を突きつけるフェイウォンは希望を塗り潰していった。
「ああ、いるさ!」
仮面の奥の瞳は揺るがない。
ヴィランを白く塗り替える飛彩の力は、ヒーローの力に染まる白いキャンバスなのだろう。
フェイウォンは赤いオーラを纏った飛彩の背後に、離れて倒れているはずのレスキューレッドの幻覚を見た。
「それは……!?」
握られた刀は白い展開力で再び輝きを取り戻す。
前蹴りでフェイウォンと距離を取った瞬間、オーラで出来た幻影のレスキューレッドが突貫する。
「くっ!」
「はぁぁ!」
そして飛彩も軸足を爆ぜさせて突撃し、フェイウォンへと斬りかかった。
レスキューレッドの幻影と重なった飛彩は赤いオーラをより色濃くさせて、重い一太刀をフェイウォンに浴びせる。
「なっ、にぃ!?」
鎧に刻まれた傷は僅かなものだが、そこには赤い展開力が宿るように残っていた。
(再生が、阻まれ……!?)
続いて現れた銀色の幻影は背後からフェイウォンの首を狙う。
ただの幻だとわかっていても、それから発せられる殺気に反応してしまい上半身が後方を向いた。
オーラに包まれた刑は遠方で倒れているものの、その身体から何かが溢れていることは明白だった。
「余所見してんじゃねぇ!」
反応してしまったが故に、延髄目掛けて放たれた飛彩の踏み込み切りがフェイウォンを捉える。
前後から首を狙われたフェイウォンは足を柔軟に開いて、下へと素早く逃げていく。
「この幻は、一体……!」
「幻なんかじゃねぇよ!」
相手の回避に合わせて刀を振り下ろしに変更して追撃するも、フェイウォンはアッパーの要領で刀を弾く。
「所詮は貴様の能力だろう!」
その拳の勢いで跳ね起きたフェイウォンは、体幹を崩して刀を天へ向ける隙だらけの心臓に狙いをつける。
「違ぇよ」
その後方から現れた桃色の幻影は銃口らしきものから、桃色の波動を発射した。
(くっ、幻なのか能力なのか、直前まで分からない、とは……!)
攻撃か防御か、緩む僅かな時間で飛彩は再び刀を振り下ろし、桃色の波動を纏った袈裟斬りを放つ。
「おらぁ!」
腕に残った鎧で刃を滑らせるように回避したフェイウォンは、今の攻防で展開力の幻影に攻撃力はないと確信する。
「はっ、この後に及んでハッタリとはな!」
全ては惑わせるためのブラフだと。
刀を振り下ろし終わった飛彩は前のめりになり、なんとか回避しきったフェイウォンが優位な体勢となる。
「これで悪足掻きも終わりだ!」
「……そうやって、頂点に立って何が楽しいんだ?」
戦いの中、フェイウォンと拳を何度も合わせた飛彩だからこそ分かる空虚さ。
圧倒的強さを持つ相手の心には常に「満たされた気持ち」のようなものがある。
だが、フェイウォンからは何も感じられなかったのだ。
「っ!」
冷静に振る舞うフェイウォンだが、乱され続けた心を落ち着かせるように硬く拳を握る。
これ以上の問答は不要と、飛彩の鳩尾目掛けて右足を振り上げた。
「がふっ!?」
浮かぶ身体へとフェイウォンの拳が迫っていく。
その超接近戦へと割り込むように黄色いレスキューイエローの幻影が追撃を阻んだ。
さらに青いレスキューブルーの幻が鞭を巧みに扱い、飛彩達の間を縫うようにフェイウォンを襲う。
「この二人……後ろに下がっていたはず!?」
その読み通り、翔香とエレナは意識を失っている熱太達を守るように立ち塞がっている。
唯一違う点があるとすれば、幻影を出したヒーローと同じく展開力をオーラのように立ち昇らせていることだった。
(単純な幻じゃない、仲間の意志を具象化していたのか?)
再び開いた間合い。
飛彩は刀を構え直すとフェイウォンの力は消え去り、仲間達の展開力で虹色の輝きを取り戻している。
「……けるな」
気を失ってもなお戦う飛彩の仲間。
死しても強制的に戦わせるフェイウォンの死兵たち。
その違いがフェイウォンには理解出来ないが、己が間違っている感覚だけが神経を逆撫でする。
「ふざけるなぁ!」
軌道が丸わかりな突貫。
飛彩もまた独学の剣術で突貫へと立ち向かう。
「いけ、飛彩……!」
「こんなところで、死ぬなよ?」
「蘭華を、悲しませるな……!」
最後の決着を見届けようと、気を失っていた面々が意識を取り戻していく。
「メイ、見えるか……?」
「ええ。夢だとしても、とってもいいものね」
死出の旅へと進みかけていた二人もまた目覚め、護りたかった一人の少年の行く末を案じた。
「飛彩……!」
ホリィとララク、そして蘭華も行く末を見守っている。
そのヒーロー達の展開力の全てが飛彩の後押しをするような流れを見せて。
飛彩へと宿る全員の展開力が刀身から吹き出すようにしてフェイウォンへと放たれた。
「これが、ヒーローの力だぁぁぁ!」
迎え撃つ飛彩の刃は流麗な軌跡を残してフェイウォンの全身に斬痕を残す。
「━━頂点は、もうすぐそこだな」
常人には瞬時に位置が入れ替わっただけに見えただろう。
しかし、拳を振り抜いたフェイウォンには無数の傷跡が刻まれ、虹色の光を宿す傷口から黒い血のような展開力を噴出している。
「がふっ……ばっ、馬鹿な!?」
片膝を着いたフェイウォンは頂点の能力ですぐに回復するものの、植え付けられた展開力に阻害されて傷口は完全に塞がらないようだ。
「あ、ありえん! 私は頂点に立つものだ! 人間の想いなどという曖昧なもので、この私が……!」
体力を元に戻しても漏れ続ける展開力がフェイウォンを蝕む。
「仲間がいると強くなる? ふざけるな、貴様はヴィランだ! 人と切り離された存在なのだ!」
髪を振り乱して振り返ったフェイウォンは血走った瞳で飛彩を睨んだ。
逆立つ髪や展開力が炎のように再び燃え盛り始めている。
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