「だったら……」
「私一日寝てから、なんて甘いことは言わないでね」
真剣な声音に、言葉が詰まる。飛彩のことだけでなく世界の平和のために自らを犠牲にする覚悟、それは戦場におらずとも抱くことが出来るものなのだと飛彩は察する。
「……わかりました。宜しくお願いします。ただ早く終わらせて寝てくださいよ?」
「はいはい。そしたら寝かしつけてくれる?」
「ちょっ!? ふざけないでください!」
まだまだ若人をからかう余裕のあるメイはおどけた笑みを浮かべる。
歩み寄る飛彩は答えを予感しつつも、まず何から調べるのかを訊いた。
「わかりましたわかりました。とっとと終わらせましょう」
「じゃあ、最初はもちろん……」
メイは左腕を指差し、飛彩の始まりの能力の名を告げた。
「封印されていた左腕ね」
「発動した方がいいですか?」
「もちろん」
唯一ヴィランの展開がなくとも能力の発動出来る飛彩は、黒い光を放ちながら左腕に装甲を纏わせる。
「……」
ヴィランの鎧にも似た漆黒の左腕は機械的な印象をもたらすパーツで組み合わさっている。
何度か拳を握り締め、自身が万全な状態だと確かめた。
しかし、何度も飛彩を死戦から救った最初の能力は、相棒のように勝手知ったるものとはなっていないらしい。
「飛彩はその能力について何か変わったように思うことはあるかしら?」
「ヴィランの能力を奪い取って無力化もしくは行使出来るってとこですかね」
「まー、大枠はその通りだけど……それだけじゃない気がするんだよね」
再び椅子をくるりと回し、自分の端末を素早く叩いていくメイは、空間に過去の戦闘データを表示させる。
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世界展開名称・封印されていた左腕
能力一・ヴィランの展開力を吸い取り、能力を支配下におく。
能力二・支配下に置いた敵の能力の一部行使。
能力三・身体機能の向上(特大)
特殊?能力・ヴィランの展開ではなく悪そのものを吸収し、力に変換することが出来る。(これはヴィランだけではない可能性がある)
形状・特徴
ヴィランの鎧にも似た黒い装甲。
しかし、機械のアーマーを彷彿とさせるデザインとなっており、鋭い爪やスパイクの鋭利な肘や肩のパーツがヴィランの硬い鎧すら砕く。
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「という感じかしら?」
「……ですね。ギャブランの能力は奪えたのにリージェの能力は奪えなかったり……この力についてはまだよくわかりません」
己の腕に訝しげな視線を送ったあとは表示されている能力の羅列へと視線を泳がせた。
ギャブランとリージェには隔たりがないように感じられていたようだが、実際に能力が奪えなかったことを考えると、明確な差があったことが窺える。
「いや、きっとリージェ君の能力で支配下におかれることは拒絶されてたんじゃないかな?」
敵の能力から考えれば至極真っ当な推察だが、実際に拳を交えた飛彩はそれだけじゃない理由を感じているらしい。
「ヤツはまだ本気じゃなかった気がします。純粋な展開力の差があったのかもしれません」
「んー、異世の入り口を広げて力を引き出すことを考えると、ある一定以上の実力者は悪の展開を完全にこっちにもって来れないのかも」
「良い情報のような悪い情報のような……」
「とにかく本質を掴み切らないと奪い取ることは出来ないのかもね?」
「なるほど……」
いつしか相手への心配も忘れ、己を知ることに没頭してしまう。それに気付いたのか再び、メイを心配するような視線を送る。
「ふふっ」
年下の少年の見せる精一杯の優しさがあるだけで、まだまだ働けると気力が湧いたようだ。
「飛彩そのものの世界展開なんだから、展開量はまだまだ増えてくわ。努力で支配下できる相手も増えてくはず」
「……わかりました」
再び相間見える時のために敵の情報も、己の情報も知り尽くしておかなければならない。
左腕についてももう少し詳細に調べたいところだったが、未確認の能力についても詳細に把握するのが先だとメイは残り二つの能力についての情報も表示させる。
「とりあえず先にこっちを見ようか」
「つまり紅い装甲……ですよね」
「浮かない顔ね? 新しく二つも能力に目覚めたっていうのに」
「新しい力が目覚めてからは完全に制御できてますけど、何で俺だけこうも立て続けに能力が覚醒するんでしょう?」
そもそもヴィランの力ありきで変身出来るはずの世界展開にも関わらず、単身の力のみで変身できる特異な力が三つも目覚めたことに飛彩は得心がいかないらしい。
「何故立て続けに能力が三つも目覚めたのか……飛彩が知りたいのはそこ?」
「そうっすね。何の取り柄もない俺がここまで戦えるようになった理由は確かに知りたいですが……」
ほぼ生身の状態でもヴィランに一切怯まずに戦うことの出来る度胸を持っていながら、自分には何もないと語る戦士にメイは頭を抱えた。この過小評価も暴走の一助になっているのかもしれないと。
「私の憶測を発表する前に……次の能力を確認しましょうか」
知るためには順序があると言わんばかりに二番目に目覚めた能力残虐ノ王の映像と、推測されている能力の羅列を空間に映し出した。
「くっ……」
意識を失い、破壊衝動の限りを尽くす自身の映像を見せられた飛彩は、たまらず目を逸らした。
能力を完璧に支配したとはいえ、この暴虐性に身を任せれば再び暴走状態に陥るだろう。
そんな能力も含めて飛彩は映し出されたものを見続けた。
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世界展開名称・残虐ノ王
能力一・身体能力の向上(特大)。
能力二・オーラによる疑似装甲の展開。
能力三・超再生、回復。
能力四・暴走状態による戦闘能力、反射神経、移動速度の向上(超特大)。
しかし自我が消失し、外部からの強い衝撃、もしくは一定時間経過が解除の条件となる
形状・特徴
様々な部分が尖っていて攻撃的な印象を与える。
左腕同様に機械のような光沢を放っていて、ヴィランの鎧よりも数段に硬質そうな材質になっているようだ。
その真紅の色合いと超高速機動を合わせれば紅い残像が残るだけで、敵は姿を視認することすらままならない。
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「っていう性能だけど、他の能力で暴走衝動を抑えて使用する場合は威力が下がってそうね……まあ、それでも並のヴィランじゃ受け止められないけど」
「蘭華や天弾を蹴り飛ばしちまったし……正直この能力は好きになれそうにないです」
とはいえ破壊力のと防御力の底上げにおいて、この能力を使わない手はないのだ。
歯を食いしばって憎んだとしても飛彩は自身と向き合わねばならない。
「この展開も俺から目覚めたものってことは……俺の本性はこんな感じなんですかね」
いつもならば冗談のように笑い飛ばす飛彩も自嘲気味に笑うしかないようだ。
仲間に差し伸べられた手を掴めたとはいえ、簡単にこの能力に対するトラウマは消えないらしい。
頭を少しだけ悩ませたメイは妙案を思い付いたかのように優しく語りかける。
「君は……例えば蘭華ちゃんやホリィちゃんがこの能力をもっていたとして、凶暴な存在だと怖がるの?」
「そんなわけないでしょう? あいつらは大切な仲間だ。どんな能力を持ってようが、そいつには関係ない!」
自分の悩みとは全く関係なく怒りを露わにする飛彩は言葉を連ねている中でメイが微笑ましそうに口角を上げていたことに気づいた。
「……それ、みーんなが飛彩に思ってることよ?」
ハッとする飛彩は言葉を失い、目を見開く。
至極単純な話だが、仲間に対して強い絆を感じれば感じるほど、仲間たちもそれを返してくれていることに飛彩は気づかされた。
「もし君の本性ってモノがあるとしたら、それはきっと……」
メイもまた、飛彩が凶暴な存在などではないと知っている。
飛彩を詳しく知る仲間だけでなく、共に戦場を駆けたことのある隊員たちも飛彩の熱き魂に気付いているはずだ。
「仲間たちを想うことができて、仲間たちからも想われる優しい心根の少年なんじゃないかな?」
「そ、そんなわけねぇっすよ!」
言葉はぶっきらぼうだが顔は茹で上がったように真っ赤になり、あさっての方向を向いてメイに感情を気取られないようにするので精一杯らしい。
「そんなに優しいところ見せた覚えなんてないですし!」
だが、飛彩は気づかされてしまったのだ。
自分の想いを引出された上に、その感覚が腑に落ちてしまったことに。
蘭華を始めとする仲間たちは何があっても飛彩を恐ることもなければ見捨てることもない。
逆もまた然りであることから、それは疑いようのない事実として飛彩に刻み込まれた。
「傷だらけになってヒーローを守る君が優しくないなんて誰も思わないよ?」
「し、仕事だからですって!」
どうしても恥ずかしいのか、飛彩は素直にその言葉を受け入れることをしなかった。
「まぁーなるべくこの力は使わないようにしようと思います! はい、単純な能力ですし次の話に進みましょう! ね?」
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