「もうこうなっちまったら好き勝手やるしかねぇよなぁ?」
「ちょっとちょっと! こんなことしてタダで済むと思ってるの?」
時間稼ぎの問答は続き、今度は翔香が前に出る。
変身せずとも俊足の翔香の間合いをじりじりと広げながら。
「はっ……全部計算ずくだよ、馬鹿野郎が」
「!?」
狼狽えるどころか、肝が据わった覚悟を見せつける誠道達。
自慢の武装が煌いており、ヒーロー達は見掛け倒しの鎧であることを嫌でも自覚させられる。
「この大戦で警察、自衛隊、ヒーロー本部、カエザールの組織、その全部がほとんどの武装を使い込んだ。すぐに俺たちを止められるやつなんていねぇよ」
離れた位置で見守る蘭華も息を飲む。
誠道たちの言葉は紛れもない事実だった。
同盟国から助けが来る前に暴虐の限りを尽くして逃げおおせることは充分可能だろう。
「司令官から左遷された俺はヴィランの鎧を有効活用する研究部に配属されてなぁ。こういう試作品を作らせてもらったわけだ」
展開力を使用しない通常兵器であることがわかっただけで、以前脅威は変わらない。
「どうする、みんな? 武器無しで戦うのは危険だ」
「万事休すだね……」
小声で意思疎通をはかっても、妙案が浮かぶことはなく。
するとその時、複数のヘリコプターのプロペラ音がドームを包んだ。
屋根が格納されている状態ゆえに、エセヴィランと対峙しているヒーロー、逃げ惑い出口に殺到する人々の全てが映し出される。
「おい、いいのか? 報道のカメラに見つかれば、世界にその兵器の情報は筒抜けだ」
動揺を誘いたい刑の指摘に対し、鎧をガチャガチャと鳴らしながら誠道は肩を竦める。
「かまわねぇよ」
「な、何ですって?」
「お前ら時間稼ぎしていい案が浮かぶか、救援を待ってたろ?」
「残念だが、報道のカメラが来るのを待ってただけだよ」
頭部まで覆われた鎧ゆえに表情は見えないが誠道は粗暴な笑みを浮かべていることだろう。
「ここまでお前らを一方的に殺す時間なんていくらでもあったろうが」
自分たちが落ち着かせていたのではなく、掌の上だった事実にホリィ達は冷や汗をかいていく。
「ヒーローが無残に死ぬ姿を全世界に届けないといけないからなぁ」
その言葉を皮切りに、パイルバンカーを携えた誠道が重装鎧をガチャガチャと鳴らしながら飛び上がる。
「何だあの跳躍力は!?」
動力源不明の鎧兵はヴィランと何ら遜色がない脅威として映る。
パイルバンカーの起動音から逃れるように散開するヒーロー達は、地面に突き刺さるそれの威力に驚かされた。
「ふぅん!」
芝生のドームが大きく抉れ、固められていた地面が迫り上がる。
「後ろに射撃型の連中もいる! 皆、離れるんだ!」
「遅い遅い遅いぜぇぇぇぇえ!」
誠道の掛け声と共に部下の二人が一斉掃射を開始した。
レスキューワールドの一団、そして刑、ホリィ、蘭華という組み合わせで左右に散らばって逃げる。
「このまま逃げたら避難してる人たちが巻き添えに!」
「わかってる、今メイさんに連絡してるから!」
春嶺が狙撃銃を手にすれば形勢逆転も狙えるだろう。
だが、その気の緩みが蘭華達を襲うロケット弾への反応がわずかに遅れる。
「蘭華ちゃん!」
機敏に反応していた刑が蘭華を抱えて何とか回避するものの、スマートフォンが地面は地面へと落ちてしまった。
「あぁ!」
「連絡入れてる暇もないですね……」
衣装を着せられているホリィも刑も連絡手段はロッカールームに預けられたままだ。
連絡手段を奪われているのは熱太達も同じで、瓦礫などに隠れながら機銃を何とか躱していた。
「逃げるのはやめておけよ。流れ弾で市民が死ぬかもしれないぜ?」
「卑怯な……!」
「はっ、裏方に変身を守ってもらってた奴らに言われたくないなぁ!」
わざと大声で叫ぶ誠道の様子は報道カメラによってしっかりと世界に届いていた。
「ヒーローが守られて……?」
逃げ惑う市民の一部の足が止まる。
「お前らよく聞け! そこのカメラもだ!」
パイルバンカーを伸ばし、指差すようにしたことで鎧を纏う誠道にカメラがズームする。
「こいつらは変身できなきゃタダの雑魚! 今はただ衣装を着替えてるだけだ!」
「ヴィランが現れる前から変身する訳ないだろ! さあ、ホーリーフォーチュン! 早く変身してよ!」
「刑様もお願いします!」
力なきヒーローの真実を知らされて、ファン達が反発しないわけがない。
逃げるのをやめて応援を続けるものの、ホリィ達が変身するはずもなく。
「……」
「何で……? 何も言わねぇんだよ!」
「あのヴィランが言ってることは本当なの?」
ファンの悲痛な叫びがとんでも、ホリィ達は背をむけたまま答えられなかった。
「さっさと命乞いしろクソガキども! 今は変身出来ないタダの人間ですってなぁ!」
ヒーロー達が反撃しないことで、誠道の言葉が真実味を帯びていく。
もうダメだと思い、逃げ惑う人々が増える中で熱狂的なファンは好意を簡単に裏返した。
「俺らを救ってくれるんじゃねーのかよ! 偽ヒーローども!」
「犠牲になってでも俺らを守れよ!」
心ない言葉次第にこだまし、ヒーローだった者達の神経を削っていく。
「っ、しまっ……!?」
とうとうホリィ達の足元にロケット弾が着弾し、各ヒーローは思いっきり吹き飛ばされる。
「うわぁぁぁぁ!」
「きゃぁぁぁぁ!」
レスキューワールド達も隠れていた瓦礫を吹き飛ばされ、その余波でドームの壁に叩きつけられていた。
まさに孤立無援の絶対絶命な状況に、傷を負ったヒーロー達は力なく倒れ込んでいく。
「やっぱり、ヒーロー達は変身できないんだ!」
「もうダメだァ! 俺たちみんなここで死ぬんだぁ!」
しかし、たった一人だけ痛みに抗う少女がいる。
「負け、ません……絶対に!」
「ほう。ホーリーフォーチュン。何も出来ないお前がどう戦うのか、教えてくれ」
「確かに……私たちを守ってくれる人はいました」
事実の認定、それは逃げたカエザールをはじめとするヒーロー陣営の肝を冷やす。
そして、力なくその場に倒れるファン達も現れるほどだ。
「じゃあ、ヒーローは守られて戦って……いいとこ取りしてたって言うのかよ!」
核心を突く一人の叫びに、誠道は待ってましたと言わんばかりに口を開く。
「そう━━」
「はい、私たちヒーローは守ってもらってやっと一人前です」
遮るように話したホリィは包み隠さず全てを明かしていく。
むしろその姿は清廉潔白な印象をその場の市民にも、カメラの向こうにいる市民にも浸透させていった。
「そんな人たちがいてくれたから私たちは戦ってこれたんです」
人々のこれからを犠牲にする覚悟でいたホリィ達だったが、こうして目の前で危険に晒される人々を見殺しには出来ない、と。
「ああ、そうだ……守られて、守られてやっと戦うことの出来る存在だったよ」
熱太もまた、力を失ってもなヒーローであることを曲げなかった。
飛彩を救うためには、呼びかけに応えてもらえるヒーローであり続けなければならない。
その作戦よりも、やはり全員目の前で傷つく人を見たくない思いがある。
「簡単に捨てられないよ……ヒーローとしての矜持は!」
人々の盾になるように両手を広げる刑。
銃弾を回避し続けてドームを半周していた熱太たちも合流し、出口に殺到する市民の盾になる。
「何の真似だ?」
「私達の命が目的なら、彼らは逃してください」
誠道の前で両手を広げるホリィは、ただの人間とは思えない気迫を見せていた。
「ぐっ、脅しじゃないんだ。お前ら全員ハチの巣になる覚悟は出来てるってんだよなぁ!?」
鎧の中で唾を飛ばす誠道は部下達に銃口を向けさせる。
自身も肩に取り付けている機銃を左手へと装着し直した。
「私達の命で、貴方達が市民の皆さんを傷付けないのであれば安いものです」
「綺麗事言うんじゃねぇ! 守られてただけの雑魚のくせに……そうやってよく見られようとしてヨォ!」
右腕についているパイルバンカーを振り回し、地面に亀裂を植え込んでいく。
「だからテメェらみてぇなヒーローは嫌いなんだ! 命の方が大事に決まってるだろ! 命乞いでも何でもしろよ!」
「はっ、あいつなら何が何でも人を守るだろうからな」
「ええ。私たちを常に守ってくれた、ヒーローを守るヒーローに顔向け出来ませんから」
「護利隊の連中なんてクソみてぇなもんだろ。お前らだって捨て駒だと思ってたんだろ! 思っていたと言え!」
奪いたいのは命ではなく矜恃か。
追い詰められてもなお揺らがないヒーロー達はフェイウォンとの戦いを経験したからだろうか。
「私たちを守ってくれた存在は、始祖のヴィランをも打ち破り……この世界を救ってくれました」
そんなに強い存在がいるのか、と逃げ惑う市民達にどよめきが立ち始める。
その存在を、誰もが願い始めた。
偶然にもホリィが思い描いていた飛彩を願う人々を増やす策が成功し始める。
「彼の守った悪の消えた世界で……貴方達は栄えません!」
自分たちの命を捧げると言いながらもホリィは糾弾をやめなかった。
飛彩の守った世界でヴィランのような行いをすることが、ふつふつと許せなくなったからだろうか。
威勢の良い啖呵でヒーロー達の覚悟は揺らがぬものとなり、死への恐怖は完全に消え去っている。
そして逃げ惑う人々、見守る人々は、そんな存在がいるのならば早く助けにきてくれと強く願っていく。
「くっ、クソがあ! お前ら、一斉射撃だぁ!」
回転を始めるガトリングガン、弾頭が装填される大砲、構えられた機関銃。
その全てが滅殺の威力をヒーローへ浴びせようとした瞬間。
「いつまでもベラベラ話してくれて、ありがとね」
その呟きは市民の中に紛れ込むように逃げていた蘭華のものだった。
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