【完結】変身時間のディフェンスフォース

〜ヒーローの変身途中が『隙だらけ』なので死ぬ気で護るしかないし、実は最強の俺が何故か裏方に!?〜
半袖高太郎
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能力と分析 その4

公開日時: 2020年12月15日(火) 00:03
文字数:4,299

 そこで一つの鎧に覆われた姿の意味がやっと飛彩には理解できた。

 全ての鎧が融合した真の姿の存在を示しているのだ。

 完全覚醒させることが明確な目標になった飛彩は、どんな姿になるべきなのかを少しだけ想像する。


 しかし、まだ重要な事項が残っていたことを思い出したようで顔つきを強張らせた。


「とりあえずこれが力が目覚めた理由ね。それで次のデメリットの話だけど……今、同時に三つ発動してみて?」


「え? あ、はい」


 解除していた封印されていた左腕オリジンズ・ドミネーションが漆黒の光を纏いながら暗黒の装甲を飛彩に与えた。だがそれっきりだ。他の部分は沈黙を保っている。


「なっ……戦ってる時は出たはずなのに!」


「そう、それこそがその能力のデメリットと言えるわ」


 戸惑う飛彩に向けられた一台のカメラ。

 それはリアルタイムに飛彩の映像を空中へと投影し、そのまま展開力の現状数値までもが確認できた。


「分かる? 能力発動時には展開力が低いのよ。まあ、それでもランクIのヴィランよりかは強いけど」


「ギャブランだって倒したんですよ!? この左腕がそんな弱いわけが……」


「ギャブランと戦った時はすでにインジェクターや実際の戦闘で展開力が内部に溜まっていたみたい……つまり平常時は違うのよ。力を発揮するのには時間がかかる」


 今まで即座に同時展開を放ったことがない飛彩だが、無意識のうちに不可能だと悟っていたのかもしれない。

 つまり飛彩が上級のヴィランと渡り合うためにはヒーロー同様に時間がかかるということだ。


「結局同じような弱点があるってわけですか……」


 想像していたような代償の伴うデメリットでないだけ良かったと安心する反面、飛彩は無駄な防衛時間とかつて揶揄していた存在と同じ道を歩んでいることを自嘲する。


「——俺も守られながら戦うしかないってわけですね」


「そのための仲間たち、でしょ? 飛彩が守ってきたように、皆も貴方を守るために戦ってくれるわ」


 かつての飛彩ならば悲観しただろう。

 だが、今は守られることの意味を、絆の強さを知ることができた。


 能力がスロースタートだとしても怯えることはないと能力を解除しながら強く左手を握りしめる。


「敵から展開を奪い取り、高まったところで次の展開を解放する……これが飛彩の戦い方の基本になるわね」


「ま、ちょうどいいハンデってやつですよ」


「どの能力から使うべきか、これもしっかり見定めないと」


「分かってますって」


 見えなかった漠然とした不安や疑問もメイのおかげで完全に消え去る。

 迷わずに戦い続けることが出来ると口角を僅かにあげた。


 そんな飛彩へとメイはふらふらとしながら歩みより頭を優しく撫でた。

 病床に伏す母親が精一杯の愛情を向けるかのような光景に、飛彩は恥ずかしがって振り払うこともなく真剣な眼差しへと変わる。


 雰囲気の変わったメイは事実に基づいた解析を話すこともなく、ただただ想う者としての祈りを紡いだ。


「飛彩、貴方ならヴィランを根絶することが出来る。この力があれば……」


 そして勿体ぶることもなくメイは当たり前のようにその言葉を飛彩へと向ける。


「希望になれる。貴方こそ最強のヒーローになれるわ」


 その真面目な会話の中で飛彩は声を出して笑い、メイを先ほどまで自分が座っていた座席へと優しく座り込ませた。


「私は真面目に言ってるんだけど?」


「分かってますって。でもガラじゃねぇと思っちゃって」


「そういう問題じゃ……」


「全部の能力が目覚めて本当の世界展開リアライズが使えるようになった時、きっとリージェどころかあっちの親玉にも勝てるかもしれません」


 かつてギャブランと拳を交えた時にホリィへと語った言葉を飛彩は思い出していた。

 きっとこれからどれだけ強い力を得たとしても、その考えが覆ることはないだろう、と。


「俺はどれだけ強くなったとしても、世間からヒーローって呼ばれることはないだろうし、名乗るつもりもないです」


 その言葉を放つことが出来るものこそ本当のヒーローだということをメイは口にしなかった。

 たとえ本人が認めなくとも、人は常に誰かのヒーローになっている。


 ヒーローを守るヒーローとかつて名乗っていた飛彩のことを思い出し、これ以上表舞台に押し上げるような発言はやめようとメイは口を噤んだ。



「俺を救ってくれたあの人が守りたかった世界を、俺のために戦ってくれる仲間たちを守るために戦うだけっすから」



「——うん。飛彩ならきっと出来る。これからもバンバン援護してあげるから安心しなさい!」


「はい! とにかく全部力を解放して、もっと強くなってみせますよ! 蘭華やメイさんに心配かけさせたくないですし」



 この数週間で本当に見違えるほどに成長したと、親のような気持ちでメイは心を暖かくした。


 未だに尖った性格は残っているが、結局それは素直になれないことの裏返しなのだと。


「もう生き生きしちゃって……ま、頼りにしてるわよ? もうウジウジしたり、勝手なことはしないでしよね?」


 立ち上がって飛彩の周りをうろつきながら茶化すメイ。

 自暴自棄になっていたことは飛彩の中ですでに黒歴史のような扱いとなっているようだ。


 恥ずかしさのあまりにメイを元の椅子に無理やり座らせようとした時に、珍しいものを見たかのように飛彩が気の抜けた質問を投げかける。



「あれ、メイさんってその指輪は……?」



 メイの左手親指に輝く黒い指輪。

 女性がはめるには些か無骨な印象の指輪を飛彩はまじまじと見つめてしまう。


 照れたように隠すメイは白々しく呟いた。


「あ、あぁこれね。前からつけてたんだけど……気づいてなかったの?」


「い、いや……気づいてましたけど?」


 また鈍感だなんだと揶揄されると思ったのか、飛彩は見えすいた嘘をつく。

 細身なメイには似合わないその指輪に何の意味があるのだろうかと想像が膨らむ。


「まじまじとみられると恥ずかしいんだけど?」


「なんていうか……女の人がつけるにはゴツいっていうか?」


「こらっ、そういう直球な言い方しないの。蘭華ちゃんに怒られるわよ?」


 何故蘭華が引き合いに出されるのかと不思議そうな飛彩だったが、これ以上追求してメイの寝る時間を削るのも申し訳ない、と素直に謝り話を逸らす。


「さ、最後の検査終わらせちゃお? すぐに終わるから」


 鈍感な飛彩でも、どことなく話題にしてほしくないという空気感を察知できたようである。

 昔の男がらみなのだろうかという邪推をしつつ、次の検査へ飛彩は身を委ねることにした。






 無事に検査は全て終了し、具体的な注意点なども全て聞き終わっていた。



 しかし、展開力の計測などが恙無く進んでいた中で飛彩はもう一つの目標であった謝るタイミングを完全に見失っていた。


 部屋に入ってすぐに謝ろうと思っていたようだが、メイの様子に面食らってから完全にその機会を失ってしまったのである。


 さらに自身の力についての恐怖も払拭出来て、気分が高揚したことも謝る機会を失わせるには充分すぎた。


 今となっては何十億という飛行機を破壊したことを開口一番に謝れなかったことが一番の悩みの種になってしまっている。


「じゃあ今後は他の能力が目覚めるように戦ってみてちょうだい。解析をいろいろ進めてみるから」


「は、はい……」


 先ほどまでの決意に満ちた気迫はどこに行ってしまったのだろうか、という様相だが集中しているメイは後ろにおずおずと立っている飛彩に気づくこともない。


 いつまでも謝らないという選択肢はない、と飛彩は一大決心をしてメイへとぐいっと近づいた。


 一通りの検査が終わり端末に黙々と情報を書き込んでいる今こそ謝る時だとメイに震える声を投げかける。


「あ、あの……その……メイさん……?」


「なぁに?」


 凄まじい勢いで情報を打ち込んでいく中、メイは飄々とした様子で返答する。


 本当に飛彩と話しているだけで元気を取り戻したかのようだ。


 そんな生き生きとし始めたメイの後ろ姿に向かって飛彩は深く息を吸い込んで謝罪を放つ。 


「あの……輸送船ぶっ壊してすみません!」


「……」


 凄まじい勢いで叩かれていたキーボードの音が止まり、研究室が静寂に包まれる。


 互いの心臓の音が聞こえそうになるほどの静けさは、一瞬永劫のように感じられた。


「本当にすみませんでした!」


 通常の謝罪では飛彩の心は収まらない。

 きっちりと床へ跪いて土下座する。


 飛彩のために何日も徹夜を繰り返すメイに対し、まずは誠実に謝りたいという姿勢を見せた。


 プライドの高い飛彩の土下座を見るのはきっとメイだけなのだろう。

 どんな罰もどんな手伝いも甘んじて受け入れようという覚悟の飛彩は自ら顔をあげることはなかった。


「——あ……」


 座っていた椅子からメイ滑り落ちるように床へと倒れこむまでは。


「えぇぇ!? メイさん!?」


 両手で頭を抑え、駄々をこねるように必死に暴れている。

 嫌な記憶が脳に返り咲かないように必死に抗っているのだ。


「あぁぁぁぁぁぁ! せっかく忘れてたのにぃ! 何で思い出させるのよぉ!」


 輸送船を破壊したことではない予想の斜め上を行く怒りの放出にただただ飛彩は頭を何度も下げる事しか出来なかった。


「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさぁぁぁぁぁぁぁぁい!」


「許す! 許してるけど……許せないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! 責任とって! 責任とりなさいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 この問答はこのままずっと繰り広げられ、天然ジゴロな飛彩がとうとうメイを相手に一線を超えて責任問題に発展したのではないかという噂が一瞬で広まり、蘭華とカクリが乗り込んで来るまで飛彩の謝罪を続くのであった。



 蘭華とカクリが飛彩を連れ去ったことで、数時間におよぶ謝罪と悲鳴は止まり研究室には再び静寂が訪れた。


 仮眠用のベットに身体を預けるメイは輸送船の被害金額や自分のかけてきた時間のことを考えないようにしていたがすぐに嫌な気持ちに襲われてしまい全く寝付けずにいる。


「はぁ……これからたくさん手伝ってもらわなきゃねぇ」


  男女の恋愛で必要以上に暴走しがちな飛彩たちに体面上の罰を与えねばと思いつつも、その微笑ましい喧騒を笑って見守っていたいという気持ちの方が大きいらしく顔がにやけていく。


「あははっ……私も丸くなったものねぇ」


 天井へと伸ばす左手に鎮座する指輪が照明の光を浴びて暗く輝く。


 それを神妙な面持ちで見つめた後、気分が落ち着いたのかやっとメイは瞳を閉じることが出来た。


「——飛彩たちの未来が幸あるものになりますように……」



 そのまま左手をだらりと下げたメイは静かな寝息を立て始めた。



 まだまだ研究したいことも開発しなければならない仕事も山積みだが、飛彩の笑顔が見られた今日くらいゆっくり寝てもいいだろうと安らかに微笑んで。

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