声もなく倒れた刑の頭へ、鋼鉄の足を乗せた。
徐々に込められていく力に骨が軋み、悲鳴が絞り出され始める。
「リージェ、ララク。貴方たちで他の侵入者を始末なさい。手早く、迅速にね」
指揮下に置く能力さえあれば弱った上位のヴィランを操ることも容易い。
展開域を城にまで伸ばしているユリラだからこそ出来る芸当だ。
「フェイウォン様、護衛をつけずに申し訳ございません。貴方の願う鏖殺のために迅速に任務を遂行してまいります」
と、祈るような言葉を述べるユリラだったが、心の底ではフェイウォンに護衛をつける意味など飾りでしかないと考えている。
誰よりも強いフェイウォンに護衛など欠片も必要なく、その願いを叶えるために人員を全投入するのにも迷いはない。
これ以上待たせれば、その矛先は自分たちにも向くかもしれないと察しているのだ。
「さて、リージェ達ならば適当に獲物を見つけるでしょう。私も進軍の準備に……」
「させない!」
音源へとゆっくり振り向くユリラ。
動かされた住居の中でも一際高いものの屋根から狙撃銃を構えている春嶺が威嚇の咆哮をあげた。
「春嶺、くん……?」
消え入りそうな声に対し、ユリラの足蹴が刑をボールのように転がしていく。
仰向けになった刑は霞む視界で桃色の髪の少女を発見する。
「君が姿を晒すなんて……い、一体どういう……」
痛みばかりを受容する脳は、窮地ということもあったからか一気に冴え渡った。
見開いたことで鮮明になる視界は己へと銃口を突きつける春嶺の姿を映す。
声を上げてしまったこと、身体に鞭打ってまで屋根をよじ登り、姿を晒したこと。
それら全て自分の意思で行ったと考えていた春嶺はハッとして前髪を揺らした。
「貴様、春嶺くんの方にも……」
「あの子の方が強いでしょ? 貴方たちは透明人間とはいえ私の展開域の中にいる。つまり、私の展開力を充填されていてもおかしくない……と思わない?」
人間相手にも全く油断せず、他の面々まで狩ることを見据えて己すらも罠にしたユリラの作戦。
他のヴィランと格が違うことを刑は思い知らされる中、仲間の手にかかるわけにはいかないとうつ伏せになって身体を引きずっていく。
「私を倒せるかもと思って必死で策を練るんだもの。それに乗ってあげれば必ず隙を見せる。その結果が今でしょう?」
死ぬわけにはいかない、と言うことよりも指揮が解除された瞬間に春嶺の心が壊れることを刑は何よりも危惧した。
「絆を求めた彼女にそれだけは、絶対に……」
「リージェやララクが人間を見つけられなくてもこの子がいれば簡単に撃ち殺せるでしょう? 全く、扱えるようになるまで時間がかかったわ」
この窮地に陥るまで、何もかもがユリラの掌の上だったというわけである。
「さあ、彼を殺しなさい」
「……」
「何してるの、私を待たせないで」
「だ、誰が仲間を殺すものか……!」
引き金を引こうとする指を留めているのは展開力により蝕まれながらも発揮される強靭な意志だ。
瞳を開いて眉間に皺を寄せる見目麗しい少女の凶悪な表情はまさに血気迫るものになっていく。
「私は……私はぁ!」
「しぶといわねぇ。じゃあ、もっと濃くしてみようかしら?」
城下全てを覆っていた広大な展開域の操作には本来ならば時間がかかる。
しかし、飛彩たちがヴィランと戦っている場所はそのままに残りを全て春嶺を押し潰すような三次元空間を形成する器用さに、刑の絶望感は増していく。
「あっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
ヒーローが変身する時に発生するような光の柱が如く、黒い闇の帳に溶けるような展開力の柱が聳え立った。
ヴィランの奔流に呑まれた春嶺が傀儡になるのも時間の問題で。
「やはり、変身出来なければダメなのか……」
人間のままではヴィランに勝てないからヒーローが誕生した、そんな当たり前のことを刑は思い出させられた。
戦場に絶望が訪れたのは何も春嶺と刑の場所だけではない。
ユリラが出動を命じた二大巨頭もまた、奇襲を続ける熱太たちや蘭華と合流したホリィたちの前へと飛来する。
「ララクちゃん……!」
頭部以外に竜の鎧を再び纏った闇の少女が、瞳を黒く澱ませた状態で装甲車を吹き飛ばしたのだ。
何とか脱出した蘭華だがホリィに肩を貸してもらっている状況である。
「……これ絶対操られてるパターンよね」
「ア、アァァ!」
よろよろと寄ってくるララクの耳を塞ぐように竜の兜が顕現した。
そう、強敵の出現は攻勢の芽を簡単に摘み取る。
「ああ、君かぁ。久しぶりだね」
「リージェ・ワンダーディスト!? 飛彩に敗れたはずでは!?」
「やめてよね、心が痛くなっちゃうよ」
最後の侵攻ポイントを攻撃しようとしていた熱太たちも拒絶で周囲をすり潰すように現れた強敵を前に足止めを受けてしまう。
「誰かのために働くのは面倒だけど……今は立つ瀬がないんでね」
そして、侵攻を食い止められなくなってきたことで影響は現世にも波及する。
「司令! 弾薬の消費量が想定の三倍以上です!」
「敵の侵攻ルートは減りましたが、残った場所から出てこようとするヴィランを止めるのに精一杯です!」
「……飛彩たちがあっちで何とかしてくれているはずだ。それまで耐えてくれ」
そう言い残し、通信を切る黒斗は辺り一面に火の手が回った幹線道路で片膝をついていた。
額から血が溢れ、強化スーツの機能は失われたに等しく、肌が覗く場所はあざが目立っている。
「メイ……俺の声が届かないのか?」
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