溢れる展開力だけでリージェの傷を塞いでしまった存在。
それほどに濃密な異世の展開を発せることの出来るヴィランが飛彩とリージェが消えたのと入れ替わるように現世へと降り立っていた。
「あ、あれは……!」
空間亀裂が閉じた瞬間にまた亀裂が入ったのだから、飛彩が抵抗したのだと先ほどまでリージェと対峙していた春嶺は思った。
しかし闇の中で共に戦っていたララクが腰を抜かしたように逃げるように地面へと身体を預けている。
「ララク……!?」
「逃げてぇ! みんなぁ!」
恐怖を司っていたララクが震えながら叫んだ声に反応出したものは反射的に伏せた。
それはララクに残された僅かな恐怖の展開力だったのかもしれない。
直後、その亀裂から空間を横薙ぎにするように黒い閃光が走った。
それに当てられたものは敵味方関係なく黒い炎に包まれ、最初から何も居なかったかのように跡形もなく消し去る。
「なっ、何よこれ……!?」
合戦状態だった戦場は一気に閑散とし、残ったのは人とヴィラン両方合わせて数十人という状態。
ララクの能力で倒れたことで攻撃を避けた蘭華や黒斗や数人の隊員たち。
自力で躱したホリィやレスキューワールド、そして刑。リージェがいなくなったことで無様に這いつくばっていたヒーローなど生き残ったものは恐怖で呼吸の仕方を忘れるほどだった。
いち早く傅くヴィラン達だけが生き残り、勝手な行動をしてしまったことを咎められるのかとただ震えていた。
「恐怖の権能が私に戻っている……ヴィランとしては死んだも同然だな、我が娘よ」
低い声音は若いようにも年老いたようにも感じられる。
とにかく年季が違うという感覚だけが耳を通じて生き残った者達を振るわせた。
「娘?」
「ララクの父親が、連れ戻しに来たのか?」
黒斗や蘭華は恐怖から逃れたくてその微かな情報を考えることに飛びつく。
そうでもしなければ世界展開中やすでに張っているヒーロー達とは異なり、発狂しそうになっているのだ。
「何が娘よ……」
「事実だろう、我が影より生まれし娘……命を手に入れるまでに昇華した真の悪、ララクよ」
そこで誰よりもララクの側にいた春嶺は声の主が近寄ってきていることに気づく。
部隊が運び込んだ光源は完璧にそこを照らすことをやめており、急に光を失っていた。
空間亀裂から何かが出てこようとしているのではなく、黒すぎて穴が空いたままに見えているだけだと気づくのに随分と時間がかかってしまう。
(今まで実力あるヴィランを光が避けることはあった……でもこれは、別格)
それを一番間近で見ていた春嶺だが、自身の展開を支えるようにララクが展開域を広げていたことに気づく。
この領域の外に出てしまえば、たちまち黒に塗りつぶされてしまうような気がしてならなかった。
「春嶺! 気をつけて!」
「やつは……危険だ、危険すぎる!」
「後ろのゴミヒーローどもの変身も急がせろ! ホーリーフォーチュンとブルー、イエローは後衛に!」
続々と対峙するように集まるヒーロー達、その後方には未だに固まって変身できない意志薄弱な連中達。
刑の怒号でハッとした面々もいるくらいだ。
「い、いや! 今いるメンバーで立ち向かえば……」
そう反論したホリィだが、それをやめさせるように熱太も刑の意見に賛同する。
「すでに変身しているホリィはわからんだろうが……見ろ」
熱太が見せつけた世界展開ブレスはすでに許容量を大きくオーバーし、パンク寸前であることを示していた。
相手から展開力を奪うのではなく、ただ現れただけで濃密な展開域を放つ相手だということが伺える。
つまり、一瞬でヒーローを変身させるほどの力を常に垂れ流している存在ということだ。
「化け物なんてレベルじゃないわ……もう邪神とかそういう部類よ」
冗談でも言わなければ平常心を保てないと、エレナは汗を伝わせる。
後衛に下がっていいと言われたことが安堵に繋がるほどだ。
「とにかく飛彩が来るまで俺と刑で時間を稼ぐ、皆は後衛に下がってやつの展開域と拮抗するように領域維持に集中してくれ」
他の策が浮かぶ余裕もないこの状況。
前に出た二人が世界展開ブレスをより黒い方へ光を向けるように叫んだ。
「いくぞ!」
「「世界展開!」」
赤と銀の閃光が全てを塗り替えるような黒の帳へと立ち向かう。
ヒーローが数人がかりで立ち向かわなければいけない相手だが、数人がかりで倒せないヴィランがいるはずがないというヒーローあるまじき思考が彼らの中にあったことも否めない。
そして飛彩がいれば勝利は確実だという希望もあった。
「……ふむ。娘との再会に水を差すものではないぞ?」
呆然としていたララクがその言葉でようやく我に返る。
そして臨戦体勢となっているヒーローたちを見て再び戦ってはいけないと声を荒らげた。
数ではヒーローたちが優勢。時間的にも返信は終わっている、何を恐れる必要があるのか、と飛彩はリージェを押し除けて大きな亀裂を作った封印壁を見遣る。
「飛彩、僕を倒した君への忠告だ」
「なんだと……?」
傷は塞がったとしても展開力やダメージが消えたわけではない。
力なく地面に寝そべらされたリージェは夜明けが近付き光が漏れ始めた世界を見つめて滔々と語る。
「彼は始祖。ヴィランという存在は彼から始まったんだ」
「例の親玉か。おもしれぇ、ここでそいつをぶっ倒せば」
「だから忠告だ。今すぐ逃げろ。死にたくないのであれば……まあ、その代わりこの世は暗黒に染まるだろうけど」
それは世界の支配を目論み、始祖に対抗する勢力を持とうと考えていたリージェの諦観に近い。
戦場に降りることはないと思っていた相手がまさか直々に現れるとは、と敗北も含め何から何まで予想外なのだろう。
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