狡猾な笑みへの答えは展開力を纏った拳。
受け止めたリージェは展開力が拳に込められているのを拒絶して、それをあらぬ方向へと解き放つ。
「なっ!」
「あららー! あっちには人間が住んでるんだろー?」
わざとらしい嘲りに、飛彩はリージェを突き飛ばして緑と紅の両脚を爆発させて一気に跳躍した。
しかし、それすらも拒絶されて地面に倒れ込む飛彩は自分の波動がビルに当たる直前で消えていくのを呼吸が早まりながら見守るしかなく。
「ふうー……くくっ、あははははは! あぶなかったねぇ」
「くそっ、卑怯だぞテメェ」
「おいおいヴィランに卑怯とか言うなよ。君との戦いが侵略よりも優先だけど……何よりも優先するのは君に勝つことだ!」
一騎討ちで勝ち目がないのなら、人質でも何でも利用できるものは全て使うヴィランの矜持。
やはり相手は人の顔をした悪魔だと飛彩は気合を入れ直した。
「蒼い展開力のタネはわかった。使おうとすれば拒絶するから気合入れてよね」
「……誰にも手出しはさせねぇ、速攻でお前をぶっ潰す!」
三つ存在する侵略区域は三角形のように並び立ち、住居区画と隔たりを用意している。
その三つの間に囲まれた空間も廃墟同然になっており人はいない。だが、少し外に出てしまえばそこは普通の居住区だ。
飛彩がここでリージェを止められなければ人々はあえなく異世の闇に沈むこととなる。
「あははっ、僕もどんな手を使おうと君を殺してやる!」
その宣言通り、リージェは住宅街の方に向かって飛んだ。すかさず追いかけようとする飛彩だが、その跳躍はブラフだった。
「引っ掛かったね」
拒絶の力で高速移動したリージェは一瞬で飛彩の後ろへと回り込んだ。
振り下ろした拳に何とか反応した飛彩が振り向きざまに右肘を当てて防ぐものの体幹が大きく崩れた。
「くそっ!」
「守るものの枷が君と僕との差だ!」
流れるように追撃の蹴り込みを背中へと打ち込み、地面へと血の生花を飾る。
「ぐはぁっ!?」
「さっきまでの君は確かに僕を圧倒していた。だが今はどうだ?」
ひび割れたアスファルトに身を沈める飛彩。
その頭を踏みつけながらリージェは余裕を取り戻し、ゆっくりと足に力を込めていった。
「ぐっ、ぐううぅぅぅぅぅ……!」
「守らなければいけない、物、人、たったそれだけで意識は散漫になり、僕の攻撃を受け入れるしかないんだ」
「今だけだぞ……大口叩けるのは」
「あーはいはい、そうだといいね」
左足に込められていた深緑の展開を開放して大樹を勢いよくリージェ目がけて伸ばす。
おかげで拘束から逃れた飛彩だったが想定外のダメージに痛みの呼吸が漏れる。
「まだ抵抗する気? 僕が外に出ちゃった時点で有利不利がわからないの?」
「うるせーな……実力では俺の方が上だ」
「まあ、格闘術は認めるよ。でも戦いはそれだけじゃ決まらない。それを身を以て感じてるでしょ?」
「ちっ……」
戦いにおいて使えるものは全てが武器となる。
故に人々の住む地域が近いこの場所では人質を取られたに等しいのだ。
(落ち着け……リージェは逆転したつもりで油断してやがる)
未だに装甲が付いている蒼い右腕、自由ノ解放の展開無効を再び使えればという縋るような思考のみが脳内を席巻した。
(ただ使えば確実にバレる……読み合いが勝敗を決めるってことだな)
深く息を吸った飛彩はあえて右脚の展開力を爆発させてリージェへと一気に距離を詰める。
圧倒的な手数でまずは拒絶の的を絞らせない作戦だ。
「見え見えだね。どんなに攻撃が強くたって僕が拒絶するのは展開無効だけだよ?」
「そう言ってられるかな!」
有言実行が如く、飛彩の左膝がリージェの腹部へとめり込む。
超接近戦における飛彩の格闘術を捉えられる存在はもういないのかもしれない。
「終わりだッ!」
「……させないよぉ!」
突き立てた右拳はただの攻撃に成り下がった。
それでもリージェを数歩下がらせるほどの膂力を発揮する。
(いける……やつの意識が削がれるなら、これで押し切る!)
超接近戦に活路を見出した飛彩に対し、リージェもまた展開能力なしで戦える相手ではないと改めて認識する。
「だったら僕も押し切らせてもらうよ!」
互いに繰り出す拳と脚撃の嵐。飛び交う能力とそれを拒絶する波動。
闇夜に世界を震わせる強者たちは互いの体に傷を刻みながらも激しさを増していく。
(展開無効がなくたって、こいつは化物だ! 拒絶の力を総動員しないと……やられる)
(拒絶されたらどんな能力も発動を封じられる……こいつの拒絶より先に俺の展開無効をつかわねぇと!)
思惑すら置き去りにする攻撃の応酬。次の手を繰り出せずにいる拮抗状態を破ったのは意外にもリージェだった。
「ふぅ……やっぱり君に真っ向勝負なんて挑むだけ損だね!」
「なっ」
拒絶波動を放ちながら飛び退いたリージェはなんと飛彩に背中を向ける。
「これで僕の勝ちだ」
もはや攻略法を手に入れたと言わんばかりに、リージェは住宅街へ巨大な闇弾を放った。
それを黙って見ているわけにもいかず、飛彩が一歩踏み出そうとした瞬間。
「いいのかい? 君があの攻撃を止めようとすれば僕に隙を晒すことになるよ?」
その迷いの楔を飛彩は振り払い、一気に空を駆け抜けた。
迷えば大量の死傷者が街を埋め尽くすことになるだろう。
光を吸い込むような漆黒の闇弾は飛彩の迷いすら置き去りにする速度で侵略区域を越えようとする。
「くっ、やらせねぇ!」
やはり人を助けるか、とリージェは醜悪な笑みを浮かべた。
あまりにも予想通りに飛彩が動いたものだから勝利の美酒が早くもリージェを酔わせようとしているのだろう。
「やはり君は大馬鹿だ!」
勝利を確信したリージェは飛彩の背中ごと串刺しにしてやろうと展開力を槍状に練り上げていく。
人類最強の死体を磔にすることで、ヒーロー達の戦う意志を折ってやろうと。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!