「これでこの入り口を知ってる目撃者はゼロ。安心して黒斗たちを助けに行けるぞ」
「さすがね……今のうちに行きましょう」
すると空気の排出音と共にさらなる地下への入り口が開く。
梯子などというまどろっこしい降り方をせず、飛彩は問答無用で蘭華を抱きしめて蓋を閉めながら一気に降下した。
「ひ、飛彩、今日何回抱きしめれば気が済むわけ……」
「悪い、嫌だったか?」
「違うけど……心の準備ってもんがあるのよ」
違うという言葉以降はどんどんと小さくなっていく。
問題なければ構わないと飛彩は蘭華の手を引いて赤い非常灯が怪しく光る長い通路をどんどんと進んでいった。
妙に男らしい飛彩に対し、蘭華は非常灯が赤くて助かったとにやけそうになる表情を戒めた。
有事であるのに嬉しいハプニングが続き過ぎていると、緩む自分の気持ちを抑えて。
「おい、黒斗! 聞こえるか? メイさん! カメラに俺が映ってるだろ? 見えないか?」
行き止まりにあった扉に声をかけて数秒、すぐに扉が開いて中からカクリが飛び出してくる。
「こらぁ! 蘭華さん! どんだけくっついてるんですか! 基地の中でおんぶされたりギュッてされたり……カクリもやって欲しいです〜!」
「悪かったわね! 緊急事態だったから合理性を取ったんですぅ〜!」
繋がれた手を引き剥がされた飛彩は蘭華とカクリの言い争いに驚かされたものの、とある行動で蘭華たちを逆に驚かせ返す。
「カクリ、走ったり無駄なエネルギー使うな。お前の力が必要なんだからよ」
なんと少しのエネルギーも使わせたくないという理由でカクリを軽々と持ち上げた飛彩は蘭華だけでは飽き足らずに短時間で二人目のお姫様抱っこを敢行する。
まさか自分もやってもらえるとは思っていなかったカクリと自分だけ特別扱いしてくれたと思っていた蘭華に激震が走った。
「飛彩くん、そういうことしてるといつか刺されるよ? さよならって」
「とりあえず二人とも無事みたいっすね」
数十歩奥には様々な観測機器やモニターか立ち並ぶ場所に黒斗とメイが負傷した状態で待っている。
かすり傷程度だが、特殊部隊相手に生身で戦って無事にここまで逃げ切れたのは間違いなく黒斗の力だろう。
「お前たちが残っていて助かった……緊急通信が奴らの先手を打てたようで安心したぞ」
「何が起こってる? つーか夜番の連中はどうした?」
「全員連れて行かれた」
「まさかヴィランが……?」
「いや、ヒーロー本部の連中にだ」
「ちっ、信じたくなかったが、現実になっちまったか……」
「奴らは我々が力を持つのが気に食わなかったようでな。最後の誘導区域を自分たちで手に入れて、護利隊も完全に指揮下に入れる三段だっのだ。間違いなく刃向かうであろう俺たちを消そうとしてな」
利権やプライドというくだらないもののためにこの事件が起きたのかと思うと駆けつけた飛彩と蘭華は生唾を飲み込むしか出来なかった。こんな醜い争いを繰り広げている自分たちがヴィランと戦うヒーローを名乗って良いのかと。
「とにかくお前抜きで誘導区域を攻略しようなどヒーローを死にに行かせるようなものだ。止めなければならない」
「ヒーロー本部め……後でお偉いさん全員ぶん殴っても良いよな?」
「許可する」
「こら、黒斗くん! 飛彩が本気にするでしょ!」
「頭が腐れば足まで腐る……今回の件を使って指揮権を俺は掴み取る!」
夢などを語らない黒斗は堪忍袋の尾が切れたように冷静な仮面を捨て去り、熱い思いに身を任せた。
「これ以降ヴィランとの戦いは全て俺が指揮する。私利私欲ではない、平和のために!」
「はっ、その最強の兵士役は俺にくれよな?」
「もう男たちはこれだから。私たちでしっかり手綱を握らないとね」
「メイさんもどっちかって言うと暴走する側ですけど」
互いの意思が燃え上がる中で女性陣は苦言を呈している。
そんな中で飛彩は一つの違和感にやっと気づいた。
目まぐるしく変わった状況の中で足りないものがいくつもあると。
「おい……ララクと春嶺はどうした!?」
「……」
自分たちのことでいっぱいいっぱいだった飛彩も蘭華も仲間との合流で落ち着けたのも束の間、いるはずの実力者が消え去っていることに焦りが再燃する。
「ララクと春嶺は俺たちを逃すために……」
「まさか……」
「いーや、一芝居打ってくれたわ」
二人のおかげでここにいると告げているメイはその時のことを思い出し、冷静に努めながら言葉を紡ぎ出す。
「では、墓棺司令官。匿っているヴィランを差し出す気はないと?」
「仰っている意味が分かりません。そしてあなた方に銃を突きつけられる理由も」
時は少しだけ遡る。
司令室で夜遅くまで話し込んでいた黒斗とメイの元はヒーロー本部と人員と傭兵部隊が差し向けられていた。
突き付けられた銃口が虚仮威しでないことを感じていた黒斗たちの額に一筋の汗が流れる。
「貴方達がヴィランを撃退し、研究のために連れ帰った情報は筒抜けです。観念した方がいい。貴方にもやってほしい仕事は山ほどあるのです」
ボサボサの髪と猫世話の姿勢が目立つ重役そうな男は威厳より陰険さが目立つ。
本当に役職のある人間なのかと感じてしまうほどであるが、傭兵部隊を率いている時点で疑えるはずもなかった。
「……分かりました」
そう言って立ち上がろうとする黒斗の右腕には机の下に隠してあった拳銃があった。
気づいたメイも無害な博士を演じ続けるが、巻き添えにならないように少しずつその場から離れていく。
(この傭兵どもの集中が切れた瞬間が鍵だ……)
降伏姿勢を示してからが勝負だと闘志を鞘に収めてその瞬間を待つ居合のように立ち上がった瞬間、部屋の左側についている巨大な窓が叩き割られる。
「なんだぁ!?」
猫背の男が素っ頓狂な声を上げた瞬間に黒斗も攻撃を開始しようと思ったが、飛び込んできた光景に動きが止まる。
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