「……は?」
動揺が消えない刑を置き去りにするように立ち上がった鎧龍の猛攻が始まる。
力任せに両腕の鋭い爪を振り下ろすものの紙一重で飛彩は躱し、カウンターの左拳を再び顔面へと叩きつける。
「まただ……まさか!」
祈りを捧げているララクの首に残された僅かなチョーカー型の鎧が煌めくと鎧龍に纏わりついている展開力が波紋を起こして下地を露わにする。
「ララクゥゥゥ! 貴様カァァァァ! 我ヲ女々シイ姿ニ押シ留メル女狐ガ邪魔ヲスルナ!」
「そんな口の悪くて可愛くない能力がなくなってせいせいするわ……だからこそ、ここで消え去りなさい」
それはヴィランの地位を捨てると宣言したも同然であり、人間として生きていくことを認めたということだった。
飛彩が勝つと信じて僅かな共鳴する展開で相手の戦いを妨害、それが成功すると信じる飛彩の拳や脚撃は着々と首へ届いていく。
ここには種族を超えた信頼関係があった。
ララクが相手を無力化すると信じる飛彩と一心に飛彩の勝利を信じるララクの連携に刑は歯噛みする。
ライバルだと感じていた相手を信じずにいる自分は何なのか、と。
「刑! お前のやることは一つだろ!」
「……ああ! 俺が皆を救う!」
「その意気だ!」
展開力を半径一メートルまでに押し留める刑は両手を広げ、周囲の展開力を取り込みながら限界を超えるチャージを開始した。
その隙を見逃さない鎧龍が飛んだ瞬間、尻尾を飛彩に掴み取られて簡単に地面へと叩き付けられる。
恐怖に消滅しない相手に苛立つ鎧龍は簡単に標的を変更した。
標的から外れた刑が必殺の一撃を作っている間を護り切るために飛彩とララクは息を合わせて消滅の防御壁を外して鎧に響き渡るような重い一撃を叩き込んでいく。
「刑の必殺技が溜まるまで俺たちで食い止めるぞ!」
「ララクと飛彩ちゃんが力を合わせれば……何だって出来るよ!」
お互いに全てを曝け出し歩み寄ることはそう簡単なものではなかっただろう。
ただ単純に互いに拳を交えただけではないらしい。
素早い連撃の中で飛彩は余裕もないというのに叫んだ。
「ララク! お前の部下ぶっ殺しちまった俺だが許してくれんのか!」
「飛彩ちゃんだって! お友達のヒーロー倒しちゃったけど許してくれるの!?」
「それは熱太たちが決めることだ!」
「そしたらララクもおんなじ!」
息を合わせたことで一気に展開力を引き剥がし、身体の前面に余すところなく左拳と右脚の最高火力が凄まじい勢いで打ち込まれていく。
「バガ、バガファ!?」
刺々しいパーツは鋭さを失う形で折れ曲がり、凶悪さがどんどん薄れていく。
威圧的な雰囲気も飛彩に一方的に攻撃を受けることで漂わせることができなくなっていった。
力なく倒れる相手から視線を逸らさない飛彩だが声は後方にいるララクへと向けられる。
「ヴィランとか関係ない! ララクは飛彩ちゃんに会うために生まれてきたんだと思う!」
「お、お前! 恥ずかしいこと言ってんじゃねぇ! ……まあ、俺もお前みたいなヴィランだったら仲良くなれるさ」
甘い愛の告白の雰囲気など一切感じられない叫び声は、まるで戦場で戦友へと叫ぶ固い友情のようだった。
しかし、そんな空気をも許さない一団が銃弾の雨をその場へと降らせていく。
「コラァー! この天然ジゴロ! 本当にいい加減にしなさい!」
「ほ、本当油断も隙もないですっ!」
「何度言わせれば分かる。蘭華を悲しませるな……!」
ヒーローの援軍は続き、再び展開を解放した春嶺と意識を取り戻したホリィ、恐怖を捨てた蘭華が揺るぎない眼差しで廃墟の屋根へと降り立った。
刑の指示した座標にカクリが回復薬を送ったおかげで再び戦線復帰出来たのである。さらに刑の展開力を見た瞬間に意図を察した二人は展開力を極限に高めていく。
「三人の最大火力……それで奴を倒しましょう!」
「そうするしか方法はない、ね」
「飛彩! 援護は任せて!」
「おう! お前ら全員守ってやるからドデカいの頼むぜ!」
現れたホリィたちに戸惑うララクだが、蘭華もホリィも何も気にしていないかのように優しく笑いかけていた。
「あの時すぐに答えられなくてごめんなさい。ララクちゃん……私は私としてもヒーローとしても……ララクちゃんと友達でいたい!」
「ヴィランとかそういうのは関係ないわね。一緒に遊んで笑い合えば、もう友達よ」
「二人とも……」
目頭を熱くするララクは緩みそうになる展開操作を踏ん張りながら続けて飛彩の攻撃を援護する。
「感動のフィナーレはもう少し後だ!」
片膝をつく鎧龍に膝蹴りをかまし、めり込んだ膝を使って身体を駆け上がった飛彩はそのまま右脚を顔面に叩き込みさらに砂地へクレーターを作り上げた。
「俺が全員守ってやる! だからお前らは……世界を救ってくれ!」
頷く一同を背に飛彩は再び駆け出した。
巻き起こる黒い砂煙から飛び出す鎧龍の拳と飛彩の左拳がぶつかり合う。
恐怖の威圧と強い覚悟が混ざり合い爆発したかのような余波が周囲に広がった。
そう、侵略区域奪還の最終決戦の火蓋が切って落とされる。
恐怖はどんな人間でも縛ってしまう本能的なものだ。
しかし、人間は恐怖を乗り越えることが出来る。
一人では乗り越えられない恐怖も絆が繋がることで乗り越えられるものに変わるのだ。
「はぁぁぁ!」
ララクの祈りに合わせて炸裂する飛彩の攻撃。
逃げ場を塞ぐような蘭華の射撃、その後ろで控える展開力を高める三人のヒーロー。
どんな恐怖をも乗り越えてくる人間が、恐怖そのものとも言える鎧龍にとって「恐怖」そのものとして映る。
「き……貴様らぁあぁ! 真の恐怖を味わえぇぇぇぇぇぇぇ!」
コクジョーの取り込みが進行し、次第に言葉も流暢になっていく。
それに比例して攻撃パターンも力任せのものから巧みなフェイントなどを織り交ぜた洗練されたものになっていった。
「いつまでも同じもんにビビってられっか!」
だが、百戦錬磨の戦歴でいえば飛彩も同じだ。
幾多の拳撃から本命の一撃を見抜き、それは躱しつつ偽りの攻撃は少しずつ弾き飛ばして体幹を奪っていく。
大きく重心が揺らいだところに素早く左足を打ち込み、ヴィランにとって毒とも言える希望の生命力を流し込んだ。
「ゴフッ!」
完全に飛彩のペースではありつつも、決定打に欠ける白兵戦ではやはり時間を稼ぐことしか出来なかった。
それでも飛彩は腐らず、トドメを刺すのはヒーローの役割と考えて警護の職務を全うする。
「——だが、まだまだ軽いぞォ!」
両手を鞭のようにしならせて振り下ろした爪撃は、次元ごと切り裂く勢いとなり軌跡が蜃気楼のように歪んでしまっている。
「くっ!」
大きく飛び退いた飛彩は致命の攻撃を見て、脳内が一気に恐怖に支配されていった。
アドレナリンや仲間との絆のおかげで最強の自分を想像出来ていたが、それが崩れてしまえば脆いものなのだろう。
「まだまだっ!」
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