「ホリィよぉ」
まさにホリィは鳥籠の姫君と言える。
大空を羽ばたくことを夢見るも鳥籠の中に戻れなくなることも恐れているのだ。
だが、自分がどこにあるべきなのかを飛彩は一番に考えている。
「自分が殻を破ったと思えねぇんじゃ、人は成長しねぇんだよ。だから進むも戻るも決めるのは自分だ」
肩で息をするような飛彩は仮面を外し、地面へと投げつけた。
息を整えながら痛みから意識を逸らしつつ振り向いているホリィを真剣に見つめたと思いきや、表情を優しげなものへと崩した。
「どんな選択だろうと軽蔑も何もしねぇ。全てはお前がどうしたいかだ」
曇り、雨が降り注いでいたホリィの心が一気に晴わたっていく。
どんな選択を選ぼうと飛彩はホリィから離れるつもりはない。
ただそれだけで何もかもの恐れが消えたことで、ホリィは見ないようにしていた一つの感情を知った。
飛彩の存在が、家族や使命よりも自分の中で大きくなっていたことを。
「そうか……だから私は飛彩くんに選んで欲しかったんだ」
自分の道を飛彩が選んでくれるならば何も後悔はない。
故に迷いの言葉を紡いだのだろう。
長い遠回りを経て、家族やヒーローのことよりも大事なことにホリィは気づいた。
「飛彩くん……」
決意の言葉を紡ぐよりも先に、強がりな笑顔を浮かべた飛彩の笑みがホリィの心を満たした。
「あと、俺から言えることはただ一つ。お前が必要だ。ヒーローでも何でもない、お前がな」
家はホリィではなく、ホリィがもたらす利益を求めていた。
一番求めていた言葉を知った時に、ホリィは何をくだらないことに恐れていたのかと笑みが溢れそうになる。
そして、自分が為すべきことを完全に把握する。
「飛彩くん、上に行きましょう。お父様に言うことがあります」
「——わかった。すぐに連れてってやる」
中央に立ちはだかったホリィを下がらせるように飛彩が前に躍り出る。
ダメージが残った身体に鞭を打ってまでスティージェンを睨みつけた。
「お二人とも、勝手に話されては困りますよ? カエザール様の元に向かわせるとでも?」
「スティージェン、下がりなさい」
そこで覇気を見せたホリィにカエザールと同じものを感じたスティージェンはわずかに後ずさる。
「もう戦う意味はないでしょう。行きましょう飛彩くん」
「いーや、あるね」
戦わずして目的を達成できたはずなのに、飛彩は雌雄を決することをやめない。
その意志にスティージェンも敬意を評したのか数回拍手をした後に拳を構え直した。
「ホリィを侮辱したこと、土下座して謝ってもらうぜ」
「ありがたい機会をくれるんだな。では……君を殺し、お嬢様には再度教育を受けて頂くとしよう!」
再び殺気を飛ばしてくるスティージェンは一撃必殺の攻撃を繰り出すためにか、再び目眩しのために殺気を迸らせる。
「——またそれか、頭で理解してもどうにもならねぇんだよな……」
「では、さよならです」
瞬きもしていなかったはずなのに、スティージェンが再び飛彩の視界から消える。
迎撃したくても身体が反射的に動かない金縛り状態に苦しめられた。
しかし、息を止めた飛彩は表情を険しくしたまま瞳を閉じる。
「だがな」
心を鎮めて集中力を研ぎ澄ませていた飛彩は一つの突破口を導き出していた。
瞳に映ることはなくとも、攻撃による痛みは必ず飛彩へとやってくる。
何度も凄まじい攻撃を受けたからこそ危険な賭けを考えるに至っていた。
そんな飛彩の静寂さに不気味さを覚えつつも、必殺の一撃に対する自負があるスティージェンは攻撃の手を緩めずに姿勢を低くして視界の外から後頭部を狙って蹴り上げる。
「遅ぇんだよ!」
「何だと!?」
脚撃が触れた刹那、その軌跡と同じ方向へと一気に飛彩は跳んだ。
そのまま素早く振り向いた飛彩は振り下ろしたばかりの膝を内側へと蹴り折る。
「がああぁぁぁぁぁぁ!?」
右膝が真横にも曲がるようになってしまったスティージェンはその場に崩れ落ち、無防備に投げ出された身体目掛けて飛彩は右拳を叩き込んだ。
「オラァ!」
「ぐぅっ!?」
今度は思い切り身体を退けぞらされたスティージェンは完全に無防備な姿を晒し、お返しと言わんばかりに飛彩は回し蹴りを鳩尾へと炸裂させる。
エントランスで粉々になった家具の中に転がるスティージェンは起き上がることも出来ずに苦悶の表情で天井を見上げた。
「どういうことだ……私の動きを見切れるわけが!」
「ああ、見切ってねぇよ」
「な、何だと!?」
その一言で上半身を起こしたスティージェンだが、支える腕にあまり力が入らず身体が震えている。
「殺気を完璧に消せるのはすげぇ。おかげで何回も見失うし、お前に攻撃する意志みたいなのが削がれちまった」
「それこそが私の奥義の真髄だ。誰も避けられないはずなのに……」
「その攻撃は威力があっても速度が乗り切ってねぇぜ? 気づいてたか?」
違いが全くわからなかったホリィは首を傾げるも飛彩の洞察眼にただただ驚かされる。
殺気や闘志を消して敵の視界から消える芸当は確かに凄まじい。
だが、攻撃から意志を取り除くというのはスティージェンでも到達するにはその速度を犠牲にするしかなかったようだ。
「それでも通常時と、ほぼ変わらないはずだ」
「だから簡単だっつーの。お前が気配消した時の攻撃はいつもより遅いんだ。だから攻撃が触れた瞬間に避けりゃあ何とかなる」
「馬鹿げてるぞ、貴様……!」
「はっ、その馬鹿げてるやつにテメェは負けたんだよ」
手負いの相手を警戒しながらも飛彩はスティージェンの顔を覗き込む。
その表情は完全に敗北を悟っているようで、反撃する意志も感じられない。
「さあ、ホリィを侮辱したことを撤回してもらおうか?」
「——カエザール様の命令だ。それを翻すつもりはない」
観念したが信念を曲げるつもりはないスティージェンはホリィへと視線を向け、呪詛のように言葉を放り出した。
「貴方がどう覚悟を持たれようとカエザール様の呪縛からは逃れられない!」
「黙ってろ」
余計なことをこれ以上話されては危険だと飛彩はスティージェンの顎を素早く蹴り上げた。
完全に脳が揺れたようで白目を剥いたまま完璧に床と一体化する。
「ったく、ヴィランだったら粉々になるまでぶん殴ってたぜ」
激戦を制したのは強靭な戦闘センスでスティージェンの上をいった飛彩だった。
勝者の余裕を感じられないほどにダメージを受けた飛彩は息も絶え絶えな様子を見せつつもホリィの前で痩せ我慢を続けているが。
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