靄のように熱太の背後に回り込み、攻撃を受けたかと思えば靄のように消える。
熱太は格上のヴィランの展開に完全に翻弄されていた。そこに気配を消して駆け出した飛彩の回し蹴りが炸裂する。
「ん〜! ちょっとぉ!」
「まだまだぁ!」
腹部に炸裂した右足を軸に回転し、顔面へと左足を叩き込む。
その勢いのまま、回転し肩の上へと飛彩は立ち上がった。勢いそのままに兜を両足で挟み、地面へと振り抜くようにして降下する。
「んなぁっ!?」
その勢いで投げ出されたハイドアウターは熱太の灼熱蹴りの餌食となる。声を上げることなく、さらに打ち上げられ、そのまま投げ技で地面に叩きつけられた。
「今の隙は一体……刑に憑依していた反動か?」
「はぁー、お前がバカで助かったぜ熱太」
砂地のグラウンドでよろよろと立ち上がるハイドアウターは身体を振り回し煙を払う。
「アンタァ、よくもやってくれたわねぇ」
離れたところで見守る蘭華とハイドアウターは瞠目していた。
能力がはるかに上回るヒーローの戦いに合わせるために何手先を読んで戦っているのか、と。
「む、本調子じゃないらしいな……だが、それを負けの言い訳にするなよ!」
そこでハイドアウターは熱太の隣に並ぶ飛彩を認識し、少しだけ考え込んだ。
ヴィランにしても飛彩の行動はあまりにも不可解だったのだ。
冷静に分析しても有力な世界展開を持たない時点で飛彩は戦いの舞台に上がることすらままならない。
だが、ここに付け足すべき言葉は「本来は」という言葉である。
現に取り付かれていたとはいえ、刑と八面六臂の戦いを繰り広げたことはハイドアウターの記憶に新しい。
たかが人間と侮っていた存在にここまで心を乱されるとは、と吐く息も出ないはず兜の奥で嘆息した。
「まあ良いわ。下手に手を出せば、死ぬのはあんたよガキ?」
「何だと!?」
その言葉が飛彩に向けられた言葉だと理解した飛彩はすかさず小太刀を抜刀し、円を描くようにしてハイドアウターと熱太の周りをくるくる回る。
高速戦闘になることは間違いないと知っていた飛彩は少しでも付け入る隙を探っていたのだ。
「姑息ねぇ」
「勝てりゃあ何でもいいっ!」
「侮るな! 俺は真っ向勝負が信条だ!」
噛み合わないセリフだが、ヴィランとヒーローの攻防はぴったりとかみ合うように攻撃と防御が繰り出された。
お互いに紙一重の攻防を繰り広げ、一進一退の様相を呈している。
埒が明かないと感じたのか、足跡に炎を灯しながら走っていく熱太もといレスキューレッドは自慢のパワーと炎による攻撃でゴリ押すように重い一撃を何度も繰り返す。
それの邪魔にならないよう死角からの一撃を刺していく飛彩だが、いかんせん自身の膂力と小太刀の切れ味では通じないのだ。
「ちっ、武器の見直しが必要だなっ」
「んもうっ……うっとおしいわねぇ!」
「余所見するなぁ!」
「……そこだ!」
避けようとするところへ回り込み、ハイドアウターの逃げ場を塞ぐ。
普通なら反応することもできない戦いを読み切る飛彩にハイドアウターは歯噛みした。
飛彩も攻撃を繰り出してはいるが、それよりも特筆すべきは熱太の攻撃が必ず当たるようにしているアシスト。
おかげでうまく立ち回れないハイドアウターは苛立ちから攻撃が単調になっていた。
「坊やったらやるじゃないっ。即席の相棒にしては通じ合ってるのねっ」
「キメェこと言ってんじゃねぇ。焼かれちまいな」
そう言いながらも、飛彩は旧知の仲である熱太の成長ぶりに驚いていた。
傾向や戦い方から予想して戦ってはいるが、気を抜けば間違いなくハイドアウターと一緒に丸焦げだ。
「熱太ぁ。花持たせてやるんだ。絶対勝てよ?」
「ウオォォォォォォォォォォ!」
「って、いきなりかよっ!」
周りも御構い無しで戦う熱太の温度の上昇を感じた飛彩はすぐさま後ろへと飛び退る。
熱太は燃える炎を右手に宿し、ヴィランめがけて打ち抜いた。
「アルティメットストレート!」
爆炎が螺旋を描きながら直進していく。そのままヴィランズを包み込むように突き抜けた。
「うぅぅぅぅぅん!」
受け止めても灼熱の炎が身を焦がす。
手で受け止めた部分から漏れた炎でさらにダメージが追加されていく。ヴィランズはじりじりと後ろへと下がっていった。
「熱太の野郎、もっと強くなってやがる」
無類の硬さを誇っていた敵の鎧も所々焦げ付いているのがわかった。
熱太から飛彩は見えていないが、その動きに飛彩が完全に合わせる形でハイドアウターの逃げ場がなくなるようにアシストしている。
その戦い方には蘭華も瞠目していた。
まさかここまでやるとは、とヴィランじみた感想を浮かべる。
「ふっ、ふふふ……」
「貴様……何がおかしい?」
「三人一組で戦うワールドレスキューのレッド。三人で戦うのが普通で、個々の戦闘能力は低く、展開力も大きくない」
ゆっくりと顔を上げながら話すヴィラン。ここまで情報を知られているということは、絶対に逃すわけにはいかない。
「つ・ま・り……助けられてる分際でイキってんじゃないわよ!」
まだまだ力を隠し持っている様子のハイドアウター。今度は消えて現れを繰り返し、ヒーローの鎧にどんどん重い一撃をぶつけていく。
「ナメるなぁ!」
その拳も完全に受け止められてしまった。拳を覆うように掴むヴィランの手は、炎を受け止めていたはずなのに炎を沈めてしまうほどに冷たかった。
「ビクともしない……!?」
「そりゃそーでしょ」
その拳を払い、超高速の殴り合いが始まる。互いに繰り広げられる回避と反撃の交差。
何度も立ち位置が入れ替わりながら、目にも止まらぬ拳撃が繰り広げられた。
飛彩ですら追いきれないほどの戦いは、摩擦で火がつきそうなほどだった。だが、ハイドアウターが一瞬の隙を突き、熱太の右腕を捻りあげる。
「ちぎっちゃおー!」
しかし、そこへ小太刀を勢いよく振り下ろす飛彩が乱入した。
「掴みは愚策だぜっ!」
相変わらず傷一つつかない敵の装甲だが、わざわざ避けてまで飛彩の腕も掴む。
「うふふっ。そうかしら?」
そこで時間が止まったような恐怖がその場を包む。威圧を向けられていない熱太ですら、呼吸を忘れた。
飛彩は恐怖で罠だったと気づくのが幾分か遅れる。
「スキに飛びついちゃうんだもん。若いわねぇ!」
飛彩は掴まれていない腕で小太刀を握り直し、嫌がる幼い子供のように振り回す。
最小限の動きで戦うハイドアウターに対してダメージを与えるために大振りになるだけでなく、攻撃に過敏に反応して避けていくだけで飛彩の体力はみるみる削られていた。
「お遊びは終わりにしましょう?」
そのまま捻り上げられていた両者は空中で叩きつけられる。
ますます混乱した熱太はガラ空きになった腹部へと前蹴りが叩き込まれてしまった。
すんでのところで蘭華が狙撃銃で割り込んで軌道を逸らしたが、ダメージは大きく飛彩も熱太も何メートルも後方へ吹き飛んだ。
「飛彩! 良い加減にして! もう下がってよ!」
「あ〜ら、仲間想いの良い子ねぇ〜! でも、貴方じゃ、お荷物が関の山ね」
追い詰めているようなシーンもあったが、あれは戯れに過ぎなかった。ハイドアウターは間違いなく格上の相手。
焦り始めた熱太は首を掴まれたまま持ち上げられる。
「がっ、く、くそっ!?」
そのまま腕を振り上げるだけで簡単に宙へ投げ出される熱太。
凄まじい速さゆえ、体勢を整えることもままならない。
「私がゆっくりと観光してた理由がわかる?」
耳元で囁かれた熱太は心臓が縮む思いだった。速さを通り越して、もはや神出鬼没に近い。
「う、うおぉぉぉぉぉぉ!」
無理矢理に身体を折り曲げて放つは炎を纏った回し蹴り。
しかし、それも優しく掴むようにして防がれてしまった。
「見つかってヒーローに囲まれても、絶対に逃げられるからよっ!」
「げはぁっ!?」
神速の拳で地面へと叩きつけられた熱太は舞い上がる砂煙から飛び出してくる気配はない。
「さぁて、私好みの坊やけどぉ〜」
見渡しても飛彩の姿は見えない。
展開内にいるという感覚はあるのだが、全く視認出来なかった。そのまま地面に降り立とうとしたその刹那。
「ここだよ!」
『激・注入!』
渡されていた赤い薬液の詰まったインジェクター。飛彩は確実に一撃を入れられる隙を狙っていたのだ。
「生意気ねぇ!」
しかし超反応をもってして、ハイドアウターも拳に向かって蹴り込んだ。
空中での攻防に火花が散る。ハイドアウターより上にいる飛彩が位置エネルギー、さらに最強のインジェクターの効果的のおかげで優っているのか、やや押しているように見える。
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