「そろそろステージのほうに移動しましょう。ホリィちゃん、仕掛けるなら演説の時よね? 邪魔は入らないようにしておくから安心して」
春嶺を手招きしたメイが先んじて控室から去っていく。
影のように付き従う春嶺も桃色の髪を揺らしながらのはずだが、闇にうまく溶け込むようで。
「皆さん……本当にごめんなさい!」
「謝るな。お前を止めない時点で俺たちも同罪だ」
「たくさんの人たちよりもたった一人の復活に全てを賭けるんだもん。今までの良い行い全部チャラになっちゃうね」
明るく振る舞う熱太や翔香だが、ホリィ達の決意を止める素振りもない。
「僕たちは、僕たちを救ってくれた飛彩くんを救う。ただそれだけ。だろ?」
「はい……はい!」
全員の頷きを受け、ホリィはステージ側への出口へと先導して歩き出す。
覚悟を決めたホリィと蘭華は、世界をどうこうするつもりなどないのである。
「まだ戦いの余波で眠っているヒーローがいる。どうかその人へ祈ってください……」
わざとらしく身振り手振りをする蘭華だが、その顔は真剣そのものだ。
「って、いい感じに飛彩へ願いの力を結集するのよね?」
今もカエザールが式辞を務めているようで、歓声がドームへと続く回廊にも入り込んでくる。
ヒーローがどれだけ世界を救ってきたか、どのような危機があったかを盛りながら話すカエザールに人々は感激している。
「そのために私の考えをお父様にも全て話します」
「少しくらい俺たちで場を繋いでやる」
熱太や刑が顔を覗かせ、ホリィと蘭華の肩を叩いた。
共にヒーローからも堕ちてくれると語る仲間達の決意が、ホリィと蘭華にはただただ心強く。
「そのあと、どんな政治になろうと従いましょう。ただ今だけは、飛彩くんのために時間を使わせてほしいと懇願します」
「お父さんを悪く言うつもりはないけど、それなら絶対に乗ってくるね。成功するかどうかわからない飛彩への呼びかけを許可するだけでヒーローが何でも言うこと聞くってんだから」
この感動のるつぼをホリィとランカは利用する気でいる。
カエザールの新しい政治によって、苦しむ人が出るかもしれない。
だが、そんな人たちを生んででも、飛彩に目を覚ましてほしいとホリィ達は願うのだ。
飛彩を救うことだけに全てを費やし、他の犠牲を厭わない。
その覚悟を胸に光が眩いドームに踏み出した瞬間。
「「「「「「「「「「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」」」」」」」」
耳をつんざく悲鳴と、爆発音がホリィ達の全身を包み込んでいった。
「な、なにこれ……!?」
シークレットサービスがカエザールを避難させ、会場中が避難しようと慌ただしく蠢いている。
「馬鹿な! どうなっている! スティージェンはどこだ!」
主役を追いやるように現れた三つの黒き流星。
ドームの真ん中に様々な銃火器を持って現れたのは紛れもなく『ヴィラン』だった。
「ど、どうして? ヴィランが!?」
横一列に並ぶホリィ達は、予想だにしない展開に我を失ってしまう。
「ヒーローだ! ホーリーフォーチュン達が来てくれたぞ!」
「おぉぉ! ヴィランまだ生きてるじゃねぇか!」
「さっさと戦ってくれ! 何ボケっっとしてんだよ!」
助けを目がう声より多いのは罵詈雑言で、助かりたいと願う人々の醜悪さが黒い霧のように立ち込めているようで。
その場に現れたヒーロー全員が思わず呼吸を忘れてしまった。
ヴィランが本物かどうかは関係ない。
ここには間違いなく滅却したはずの『悪意』が立ち込めているのだから。
その数十分前。
「飛彩さん?」
「ちょっとカクリちゃん。特別に治療室に入れてあげてるんだから暴れちゃダメよ?」
「い、今飛彩さんの腕が動いたような!」
「ほ、本当!?」
様々な治療器具を床へ投げ出しながらララクは大慌てで飛彩のそばへ駆け寄った。
「いや、ララクちゃんの方が大慌てじゃないですか」
「そ、そりゃ驚くでしょ! この一週間、ぴくりともしなかったんだから!」
再び二人でくまなくベッドの周辺で飛彩を細部まで確認してみるものの、飛彩はいまだに深い眠りに囚われている。
「うーん、カクリの気のせいだったんでしょうか」
「いや、ちょっとずつよくなってるんだよ! だからいっぱいお世話しないとね!」
「こんな女の子達に看病されてるんですから、早く起きた方が得ですし。さぁ〜早く起きてください、飛彩さん」
甘い看病はドームで起きた悲劇など届かない。
重く閉ざされた飛彩の瞳は、希望の光を魂に届かせることもなく。
「に、逃げろぉ!」
「おいSPども! 何のために大金を払っている!」
カエザールの怒号よりも命の方が惜しい。
それほどヴィランに生身で立ち向かうことは愚かしく、人々にトラウマとして刻まれているのだ。
「これは、罰でしょうか」
「え……?」
動けないホリィに対し、蘭華が何とか声を捻り出す。
「飛彩くんだけが助かれば良いと願った、私たちへの」
とうとうと語るホリィはヴィランに対してではなく、いるのかどうかも分からぬ神に怯えた。
人々を守らなければならないヒーローへの罰が下されたのだと。
「おやぁ〜? 誰かと思えばホーリーフォーチュンに、そのほかのヒーロー達」
どこか聞き覚えのある声音にホリィは意識を取り戻す。
「この声を覚えているだろう?」
熱太達は首をかしげ、ヴィランに知り合いはそんなにいなかったはずと記憶を辿る。
「はっ、スポットライトを浴びるヒーロー達は底辺達を知らないよなぁ?」
ガチャガチャと不快な音を立てながら迫り来る一人のヴィラン。
その手にはパイルバンカーのような杭が装着されており、見た目だけヒーロー装甲の衣装が貫かれてしまえば一溜まりもない。
「あの声は……侵略区域侵攻作戦の時の司令官です」
「え? ヒーロー本部が勝手にやったやつ?」
護利隊本部を襲撃し、使える駒を肉の壁として使用しするだけでなく、ララクから展開力を絞ろうとする鬼畜の所業。
それで三つの侵略区域を奪い返そうとした作戦を敢行した司令官であるとホリィは思い出す。
「左遷されたと聞いてましたが……?」
「どうやら良からぬことをやっていたようだね」
「お名前は……存じ上げません」
鎧をつぎはぎに貼り付けたような様相のエセヴィラン達は、ヒーロー達に狙いをつける。
「おい! 司令官の名を忘れるな! 真実誠道様だぞ?」
「……」
「ピンと来てないみたいな空気を出すな! 腹立たしい!」
「鎧を纏われているので……申し訳ないですね」
地団駄を踏む相手をホリィですらおぼろげにしか思い出せないのだ。
そんな相手を作戦に参加していない熱太達では尚更わかるはずもなく。
「大層な名前のくせに、やっていることは小悪党だな」
「おいおいおい、お前らは立場ってもんが分かってねぇな」
配下の二人が機関銃やランチャーをこれ見よがしに構え、ヒーロー達を後ずさらせる。
近距離武器と遠距離武器、さらに数えきれないほどの弾薬はまさに武器庫と一体化しているようで。
「お前らなんて一瞬で蜂の巣に出来るんだよ。このハリボテヤローどもが!」
今まで安全な場所でふんぞりかえっていたとは思えぬ覇気に、全員が震える。
「人間がヴィランの鎧を纏ってどうするつもりだ!」
「決まってるだろ。勝手に俺の首を切ったヒーロー本部も何もかもぶち壊してやるのさ!」
「それは……貴方が身勝手な作戦を行ったからでしょう! ヒーローを騙して、功績を取ろうとした対価です!」
ホリィも飛彩に負担をかけないためといって、誠道の口車に乗ってしまった一人だ。
とはいえ、ほとんどが飛彩に功績をとられてばかりで面白くないと思っているヒーロー達が参加していたようだが。
「黙れ! エリート街道を進んでいた俺を左遷して……しかもヴィランを全滅させたからってクビだと? ふざけんじゃねぇ!」
身勝手な悪意を暴走させる誠道と部下だった二人のヒーロー。
防衛の需要がある限り安泰だった彼らは肥大化した自己顕示欲と保身、それらの方が平和より大事なようだ。
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