その渦中にいる飛彩は家に帰るでもなく、護利隊の本部さらにはメイの研究室へやってきていた。
巨大な箱やら巨大な機銃など新しい装備を開発しているのが見て取れる。
「や〜、飛彩。インジェクターでも足りなくなったのかな?」
「……そんなとこっす。にしても色々作ってるんすね。せっかくの美人が台無しじゃないすか」
「まーたずいぶんと心にもないことを言うのね」
異変に気付いたメイはあえて深ぼることはしなかった。
飛彩が適当にお世辞を言って心の領域に踏み込んでこさせないようにしているのは丸わかりだった。
蘭華から受けていた飛彩の相談や今の飛彩の状態から、悩みを類推し興味を惹きそうな話題を飛ばした。
「今、何作ってると思う〜?」
「え? 新兵器ですよね?」
「正解! だけどただの兵器じゃない……護利隊を強化する新装備よ!」
自分の抱えている悩みを一瞬でも忘れられたのか、飛彩は辺りに転がっている試作品を眺めてメイの努力の結晶達に驚かされた。
「この銃……弾丸がインジェクターだ」
およそ一人で持つことも出来なさそうな巨大な狙撃銃はもはや大砲の域に達している。
これならば敵の展開を突き破り有効なダメージを与えられること間違いなしだろう。
「理論は完成した。あとは小型化ね」
「バスターチェーンソーも小型化出来ませんかね?」
「いいねぇ! 今度作ってみよ! 回転駆動部にインジェクター混ぜて展開を切り進んでく……いいねぇ、アイデアがどんどん湧いてくる!」
目を輝かせたメイは自分の端末に凄まじい勢いでコードを打ち込んでいく。
その早さはまさに天才だと飛彩は苦笑いを浮かべた。
「じゃ、じゃあインジェクターもらってくんで」
「あ、そうだ」
椅子をくるりと回し、出入り口近辺にいた飛彩へと柔和な笑みを向けた。
様々な兵器を作り続けて徹夜続きのようだが、メイには一切の疲れがないようで肌艶も良い。
「もう少しで楽させてあげるから。毎回出動して大変でしょ?」
その言葉には確かな説得力があった。
だが、飛彩は自身が手に入れた能力があるからには戦わなければならないと拳を強く握り締める。
能力に対する恐怖を抱いている場合ではない、死んでも戦う覚悟を決めろ、これが飛彩の脳内を跋扈する強者となったが故の苦悩。
「結局は俺がやらなきゃいけねぇんだ」
「え?」
「……お気遣いどうも」
小さく呟いた飛彩は足音も立てずにその部屋から退室し、まるでドアが勝手に開いてしまったかのような錯覚すら覚えさせられる。
「急がないといけないみたいね」
くるりと再びデスクに向き直ったメイは何倍ものスピードでキーボードを叩き、部屋の中に鎮座していたロボットアームが唸りをあげた。
部屋から出て行った飛彩は、今日何度目とも分からない自分を見つめる視線に過剰に反応する。
薄暗くなっている護利隊本部の廊下の奥から感じる何かに、柄にもなく怯えた。
霊的なものを疑った方が心が楽になると感じてしまうほどに。
「クソが……言いてぇことがあんならかかってこいよ」
強く食いしばった歯から漏れる鈍い音に呼応して何かの気配は消える。
薄暗かったはずの廊下も心なしか明るくなったように感じる。ため息をついた飛彩は頭をかきながら足早にその場を後にした。
それから数日、戦って気を紛らわしたい飛彩の考えとは裏腹にヴィランの侵攻は陰を潜めたように静かになった。
低級のヴィランが群れからはぐれたように現れることすらもなく、世論は異世界との闘争の日々が終わったかのように論ずる者すら現れ始めた。
それでも護利隊、ヒーロー達の苛烈な訓練が途切れることはない。
次元渡りはヴィラン達の固有能力であり、解明も出来ておらず封じる手立ても未だに存在しない。
「よし……次かかってこいよ」
「もう皆ヘトヘトなんだぞ! 体力バカかお前は!」
実戦形式の模擬戦で飛彩は他の隊員を圧倒し続けていた。
常にまとわりつく恐怖を忘れさせるために、模擬戦とはいえ力が入ってしまう。
他の隊員は傷だらけで肩で息をする状態だった。
「ったくだらしねぇ奴らだ」
地下に作られている巨大な空間は護利隊の擁する訓練場の一角だ。
他にも射撃訓練や様々なシチュエーションの場所が混在し、どんな戦況にも臨機応変に対応出来るよう設計されている。
飛彩達はその中の柔道場のような床が柔らかい素材になっている場所で戦っていた。
「なぁ、飛彩……お前最近怖いぞ?」
「あぁ?」
「まるでヴィランみてえっつーか……」
付き合いきれないといった様子の隊員達が去っていく中、何度か共に作戦を実行した隊員がおずおずと飛彩を見遣る。
「気合入りすぎだぞ? 少し休暇取った方が……ほら、ヴィランの侵略もないし」
当たり障りのない言葉だったのは間違いない。しかし飛彩にはどうにも腹立たしくてたまらなかったのだ。
「テメェらだけで街もヒーローも守れるようになってから言え。心配なんざ余計な世話だ」
掴んでいた胸ぐらを突き放し、飛彩も踵を返してその場から立ち去っていく。
「あいつ、なんかまた昔みたいになっちまったな……」
困惑する隊員の呟きは飛彩の耳にも届いていた。ただ人に八つ当たりした情けない自分に嫌気が差す。
訓練場の中を歩きながら、まるでヴィランのようだという言葉が飛彩の心の中で渦巻いた。
だが飛彩の持つ能力、正確に言えばその見えない代償から目を逸らすには命の削り合いをするしか思いつかなかったのだ。
「ヴィランみてえ、か……」
なによりも欲しかった能力が、今では恐怖の対象でしかない。
こんな弱音を誰にも相談できず、戦うことでしか紛らわすことが出来なかった。
助けてくれ、怖い、と少女達に泣きつく事ができればどれだけ楽だろうかと考えた日もあったが、それを良しとするはずもなく。
「けっ……無い物ねだりで喚いた後は、持て余して喚くなんてな」
忌々しいマイナス思考に苛まれながら訓練場を飛び出す。
人から逃れるように更衣室で着替えようとした瞬間、黒斗からの通信が入った。
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