「跳弾響、任務完了しました」
「ぐっ、ぐうぅ……!」
地面に這いつくばったララクの手足を捻り上げつつ、銃口を後頭部にむける春嶺は相変わらず伸びた前髪によって表情を推し量ることは出来ないが本気でララクを葬ろうとしているようにも見えた。
「お、おお! 英人局長お抱えのヒーロー! 潜入していたのか! これはこれは……手間が省けたぞ」
「は、離してよぉ!」
演技とは思えぬ血気迫った声音が春嶺のことを裏切り者だと想起させることは想像に難くなかった。
「さあ、墓棺司令官! 隠し立ては出来ませんぞ! 馬車馬のように働いて減刑を請うのです! そこの博士もねぇ!」
ララクを無理やり起き上がらせた春嶺がゆっくりと傭兵たちと黒斗の射線を遮るように躍り出た。そこで二人は後ろに隠していた左腕が窓から飛び降りろと示唆していることに気づく。
(ララクと春嶺は俺たちを逃すために一芝居打って……!?)
「隠雅飛彩の捕縛はおわったのですか? 終わっていないなら私が向かいますけど?」
「それは他の部隊に任せてある! 君がこのヴィランを御してくれなければ私たちは殺されてしまうであろう?」
相手が乗せられやすいタイプで助かったと春嶺は薄く笑う。それが飛彩達と合流して手立てを考えてくれという願いと気付いて黒斗はメイを抱いて窓から飛び降りる。
「なっ! 墓棺ぃ!」
叫びと銃声を背中に受けながら黒斗とメイは真っ暗な地面に二つの人形が置かれていることに気づく。
自分たちの死体のダミーまで用意してあると用意周到な二人に感謝して、ベルトから鉤針付きのワイヤーを窓の縁にかけて弧を描くように春嶺たちが飛び出したであろう下の階へと飛び込んだ。
「わ、私、バンジー嫌いなんだけど……」
「飛彩と蘭華に緊急暗号通信だ。カクリも地下の秘匿司令室へと移動するように連絡してくれ」
「ひー、もう人使いが荒いんだから……!」
急死に一生を得ても休むことは許されない、そのまま二人は部屋から飛び出していく。
上の階ではダミーの死体にまんまと騙された猫背の男が黒斗に乗せるはずだった業務を負わなければならないと憤慨していた。
その様子を見ていた春嶺とララクは小さい男だと白けた感想を抱きつつ、ヒーロー本部へと連行されていくこととなる。
「そんな、二人が捕まって……」
「春嶺ちゃんがついてるから当分大丈夫だと思うけど、奴らの狙いは……」
「言わなくても分かるよ」
頭を使う戦術に疎い飛彩でも、展開のエネルギー源になるララクを攫い、護利隊の兵士を無理やり徴収したことで侵略区域奪還作戦の尖兵とエネルー源にしようということは見えすいていた。
そして、ララクの展開力という命を全て搾り取りながら兵士たちを肉の壁にすれば、ヒーローも数人安全に変身できるだろう。
「やつら本当にヒーローかよ……腐ってやがる!」
「お前たちに説明した通り、残りの侵略区域は割と近い地域で隣接している下手に刺激をして三つが繋がり、巨大な異世空間になる可能性もある」
「ヴィランだけでも大変なのに……まさか三つ巴になっちゃうなんて」
そこで思い出したように飛彩はホリィや熱太達の所在を問う。
しかし、そこから情報が傍受される危険性があると身内にしかまだ連絡は取れていないようだ。
「こちらからヒーローに声を掛ければ、その人物にあらぬ疑いがかけられることになる。やってこちらの動かせる兵力は……お前たちだけだ」
ヴィランだけでも苦戦する戦いは孤立無援となり、敵だけが増える。
敵の敵は味方のはずが共謀して謀られるとしたら、自分たちに他ならなかった。
「つまりヒーローもヴィランも全員相手しろってことだよな」
「……ああ」
その重責を飛彩の両肩に乗せなければならない黒斗は悔しげに肯定した。
出来ることならば自分が変わりたいと拳から音がなるほど強く握りしめて。
「ヒーローは正義で、ヴィランが悪で……と思ってたが、それは間違ってるってか?」
自身に課した誓いはヒーローを護るヒーローになること。であれば自分の今から行うことは何なのかと拳を見つめた。
「ヒーロー本部の連中は功績に目が眩んで犠牲から目を背けてる。大規模な侵攻作戦をすればたちまち首都の半分が一気に敵の手に落ちる」
「そうなる前にララクを救い出すんだ。そうすればヒーローは安全に変身出来ずに作戦は失敗する」
「……その後は?」
「俺がクーデターでも何でも起こしてなんとかしてやるさ」
不安を少しでも払おうと黒斗は珍しく笑みを浮かべた。
笑ってなければやってられない状況であることは間違いなく自分たちの未来はただヴィランと戦うよりも険しい道になっている。
「あー、もうやめてくれよ。考えることだらけだ! もっと単純に悪い奴らをぶっ飛ばしまくればいいんだろ!」
頭を掻きむしった飛彩が表をあげる。
そこには自らの矜持すら捨て去り、世界を護ろうとする男の覚悟が宿っていた。
世界展開がなくとも凄まじく発揮される気迫に蘭華やカクリですら怯んだ。
「気に入られねぇやつは片っ端からぶん殴る! 正義も悪も関係ねぇ。俺が悪いって思ったやつが悪いってことにするぜ!」
子供じみた論理にまず蘭華が吹き出した。
それに釣られてカクリが笑い、メイも声をあげて笑う。今度は黒斗も心の底から笑みを浮かべることが出来た。
「とてもじゃないがヒーローを守るヒーローとは言えんなぁ?」
「んだよ! そんなに笑うことねぇだろ!」
もはや荒唐無稽な考えだが、飛彩ならばそれを実現することができる。
力を持って侵略しようと迫るヴィラン。そして欲に塗れて戦果をあげようとするヒーローたち。
それらを悪とするならば、飛彩だけがそれを打ち払える光になるだろう。
「……覚悟はいいんだな?」
ララクを救出するという最低限の目標ではなく、体制の打破まで無意識に宣言した飛彩が為そうとしていることは一番難易度が高いものだ。それを行う覚悟があるのかと再び問う黒斗に対し先に答えたのは意外にも蘭華だった。
「ていうか一人で背負ってんじゃないわよ。誰がアンタの援護すると思ってんの?」
憎まれ口を叩きつつも地下司令室に用意されている狙撃銃や情報端末を手に取り、迅速に用意を進めていく。一人で行くつもりだった飛彩は流石に狼狽えた。
「蘭華、お前には危険すぎる」
「馬鹿言ってんじゃないわ。飛彩でも危険すぎるミッションよ。だから……少しくらい私にも背負わせて」
「蘭華……」
「アンタが天国行くなら私も付き合ってあげるって言ってんの!」
「はいはいー! 良さげな雰囲気禁止ですぅー! カクリもここからでしかお手伝い出来ませんが能力の限りがんばります!」
「カクリまで……!」
振り返れば無言で頷くメイと飛彩を見据えた黒斗も立ち上がり、近くにあった刀を取る。
「飛彩一人なら司令官はいらんだろう。今日だけは部隊長にならせてもらうぞ?」
「おいおい隠居爺さんにはきついんじゃねーのか?」
「馬鹿言え。この前も俺に一本取られたくせに」
「うっせーぞ! まだ六割くらい勝ってるからな!」
仲間達のさまざまな激励で余計な肩の荷が降りたことに気づいた飛彩は諦めたように一度ため息をついて全員を見渡した。
「わかった、わかったよ……こうなりゃ総力戦だ!」
円のように並んだ五人はヴィランと体制と二つの敵と戦う戦士となり、破滅も同然の道を歩み希望を掴み取る決意を固める。
この現世を舞台に、それぞれの信ずる三つの正義がぶつかることとなった。
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