飛彩と蘭華は吊り橋効果の延長線上で良い雰囲気になっていたが、黒斗の一報で私室に呼び出されていた。
この戦況でありながら、邪魔されたことで蘭華はぐぬぬと唸り続けていたが飛彩は粗野な座り方をしつつも真剣に黒斗を見つめている。
「そりゃどういう意味だ黒斗?」
部屋に入り詳しい話を聞く前に黒斗が放った言葉は短く簡潔だった。
「メイの作戦……いや、メイならこうするであろうという思考も作戦に組み込む」
「……そんなこと出来るのかよ?」
「今メイさんが異世で何してるか予想するってことでしょ? 不確定すぎない?」
作戦を実際に立案することもある蘭華は、怒りに蓋をして冷静に参謀としての意見を述べる。
ただでさえ厳しい戦況にリアリストな黒斗が作戦に「信頼」を盛り込むとは思っていなかったようだ。
「黒斗、連合司令にまで抜擢されたお前がそこまで危険を冒す理由はなんだ?」
「言葉を選ばずに言えば……それが一番わかりやすい情報だからだ」
疲れを毛ほども見せない黒斗は普段のスーツ姿に身を包み、整然とした様子で深く腰掛けていた。
「今は敵の情報があまりにも少ない。正直な話、ヴィランがどのように仕掛けてくるかも不明だ。しかし、メイは飛彩の能力を隠して俺達に協力してくれている、はず……」
「個人的には……」
言い淀む蘭華だが、ここで言わねば危険な未来になってしまうかもしれないと重い口を開いた。
「私個人としてはメイさんを信じてる。でも護利隊としては、信じさせるための罠かもしれないって考えなきゃダメで……」
「わかっている、それ以上言うな」
それは部下の意見を封殺する口ぶりではなかった。
飛彩は作戦立案という門外漢すぎる現状から、あえて何も言わずに頭の後ろで手を組んでいる。
言いたくないことを言わせないようにする黒斗の優しさを感じつつ、甘さも感じ取って。
「裏切りの可能性も考慮した上で……メイを絶対に信じる」
「そ、その作戦の詳細は?」
多忙を極めた数時間の間にいつ作戦を考える時間があったのか、と飛彩達は疑問に思う。
しかしすぐにでも敵が攻めてくるかもしれないという状況で速やかに策を練らねばならない状況も理解していた。
「まずメイは始祖のヴィランと交渉するだろう。曲がりなりにもこの世界を預かっていたヴィランはメイなのだからな」
「だがトップがそんなことを聞くわけがねぇ……となると戦ってなんとかするってことになるか」
その察しの良い意見に黒斗は短く頷き、持論を続ける。
「メイも実力者だろうが、十中八九勝利することは出来ないだろう。となるとやることはただ一つ……」
「そうか、時間稼ぎ!」
「そういうことだ。過去にメイから異世とこちらでは流れる時間に相違がある可能性を示唆されたことがあってな。メイはそれを知っていたのだろうが……間違いなく利用するはずだ」
作戦を練る時間をメイはまず与えてくれているという試算。
これは作戦ではないが、この試算が崩れれば何もかも台無しになってしまう。
三日の猶予がある前提で動いていた結果、一日目に敵が攻めてきたら間違いなく前線は一瞬で瓦解するからだ。
「その猶予っていうのは計算出来るのか?」
「無理だ」
「おいおい」
「だが感情的に考えることは出来る。メイが俺達に何日あれば戦うもしくは逃げる準備を整えられるかを考えればいい」
到底通常の策を練るとは程遠い考え方に蘭華は目眩を起こしそうになる。
作戦を教えてくれた教官にこんな答え方をすれば居残り補習を受けさせられるだろうと。
「もちろんそこは厳しく見積もる。まず三日は確実にほしい。三日で最低限の準備を終わらせてそれ以降のオーバータイムは補強を重ねるだけだ」
「なるほど、メイさんなら三日は稼いでくれる……か」
妙な説得力を持つ言葉に飛彩も反対を重ねるつもりはなかった。
逆に三日で始祖のヴィランを上回る力が手に入るのか、と掌が湿る思いになる。
「そして、戦場はドームの外になるだろう。あのドームは亀裂を守るためのもの、もしくは出撃用のポータルにするはずだ」
「互いに総力戦だしな。それに奴らはこっちを異世化させたいんだからそうする方が手っ取り早い」
「そうすれば、メイがポータルをどういう風にこちらへと発生させられるかが予想できる」
「確かに指揮官から外されてもメイさんなら転移位置をどうにか出来そうね」
普通ならば潜入作戦を結構し、今発生している闇のドームを破壊することを優先するだろう。
しかし、そんなことをすれば一瞬で伝令を飛ばされて精鋭部隊が現れるのがオチだ。
住民の避難も進ませているこの首都での決戦を、ホームグランドでの戦いにするためにあえて黒斗は選んでいる。
「間違いなく被害は甚大になる。だが、メイを信じるという選択が出来なければ俺たちは逆に危険な場所へ踏み入っていたかもしれない」
「確かにメイさんならここまで計算してくれてるって考えた方が自然かも」
楽観的な考えにも思えるだろう。誰よりも危険な場所で戦う彼らにとって今欲しいものは資源よりも希望なのだろう。
「どのみち情報は奴らには渡らないんだ。闇のドームを包囲して、ポータルが現れるであろう場所に舞台を配備する……そこで頭数を減らして飛彩が戦いやすくするのが、この作戦の主な目的だ」
メイを信頼する。
ただそれだけの策とは言い難い希望的観測を軸に据えた考え方。
これはメイと近しい人物でなければ思いつくこともなかっただろう。
「仮にこの作戦が誤っていたとして……世界が終わるとしたら全て私の責任だ。私情に世界を巻き込む。それが俺の司令官としての覚悟だ」
「……はっ。メイさんが本当に裏切ってたら世界が終わっちまうな!」
「縁起でもないこと言わないでよ」
「だけど、どちらにしろ戦うのは俺たちなんだ。俺たちのやりたいようにやらせてもらおうぜ。その代わり絶対に世界を救うのが条件だけどな」
「ああ、最後までメイさんを信じる。ダメだったら俺と黒斗でがんばりゃいい。現場は俺で会議室がお前だ」
死ぬかもしれない戦いであればせめて信じられるものと一緒に戦いたい。飛彩はそう考えて心の中で黒斗に背中を預ける。
「戦える奴が責任持ってやるしかねぇんだ。そうだろ?」
「お前にまで責任を負わせてすまない……だが、これで最後だ。よろしく頼む」
「ああ。メイさんを信じた俺たちらしいやり方、だな」
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