「よっ、はっ! よっと!」
足の裏に拒絶の力を発生させ、闇の帳が降りた空中歩いていくリージェは円形に広がる城壁の一番高いところへと飛び乗った。
「あ〜、やだやだ。こんな所に城なんて作っちゃってさぁ」
リージェの眼下に広がるは黒く彩られた城下町と高く聳える強大な城だ。
一瞬で討伐されたレギオンなどとは比べ物にならないほど巨大な城は距離感を失わせるほどに大きなものになっている。
「あんなもの作ったって、何の意味もないじゃないか」
冷たく言い捨てるリージェは、飛彩に敗北した後にこの異世を統べる主の元へと召喚させられていた。
事実、リージェが異世への入り口を開いたがその先を城の奥へと繋げられていたのである。
「ったく、最悪なタイミングで呼び出すんだもんなぁ〜。あんな無様な姿見られちゃ、当分何でも言うこと聞く駒にでもならなきゃ信用なくなっちゃうよ」
愚痴を溢しながらもリージェの顔は真剣そのものだった。
配下となっていることが心底不服なのか瞳は青い瞳の印象と同じく冷ややかなものになっている。
「僕としては今すぐにでも拒絶してあげたいけど……」
戦士というものは簡単に殺気を隠すことが出来ない。
その僅かに漏れ出た気迫に呼応してかリージェは威圧的な気配の牢獄に閉じ込められた。
「ぐぅっ……!」
反抗の意志を取り下げる前に、どこにいるのかもわからない相手へ直々に折りにきた異世の王。
リージェは平伏するように屋根の上で倒れ込んだ。
「冗談、冗談ですって……」
よろよろと頭を押さえながら立ち上がると、リージェほどの実力者が慄く覇気が放たれたというのに城下は何事もなかったかのように穏やかな時が流れていた。
この城壁で囲まれた場所は異世の主の展開の庇護下にあるといっても過言ではない。
そのおかげで、命のやり取りが生きるためではなく享楽になった強者や、誰かに縋らねば生きていくことが出来ない脆弱なヴィランが奴隷として生きるために集まってくる。
表向きには戦いの巻き起こらぬ場所だ。
戦いに両極端な存在な住民たちだが共通点として感知能力が高いことが挙げられる。
そんなヴィランたちに影響を及ぼすことなくリージェにだけ影響を与えるという事実が、掌の上にいると示されているようで苦虫を噛み潰した表情へと変わった。
「せっかくバレないように入ったつもりだったのになぁ〜、これじゃ当分使いっ走りだ」
寝首を掻くことなど夢のまた夢だと気付かされ、この区域に余計な争いが発生しないのは絶対強者の威圧に縛られているからだと判明する。
「——やっぱりこの街は嫌いだね」
その場から飛び降りたリージェは再び拒絶の力を推進力へと変えて暗黒の城の中へと飛び込んだ。
最上階付近のバルコニー部分から堂々と中に侵入したリージェは玉座のような場所がもぬけの殻だったことに目の当たりにする。
「おいおい、あの人留守だって言うのか? 留守なのにあんな展開力発揮するなんて……意味分かんないよ」
次々に訪れる頭を抱えたくなる事実にリージェは辟易した。
自身も異世の中では五本の指に入る実力者だと自負しているが故に、この能力の開きには目眩を起こしそうになる。
「おかえりなさいませ。リージェ様」
「あぁ、コクジョー。いたのかい?」
コクジョーと呼ばれた者は他のヴィランとは一線を画すほど薄い鎧を纏っている。
燕尾服にもに似たデザインの軽装が理知的な印象を与えてくるが、理由はそれだけではない。
「君の顔を見ると小言を言われないか心配になっちゃうよ」
「滅相もございません。貴方様たちワンダーディストの方々に小言など言えますでしょうか?」
薄ら笑いを浮かべる受肉したヴィラン。コクジョーは灰色がかった髪を軽く七三に分けており、いかにも冷静な執事のような様相をしていた。
現に力はリージェには及ばないかもしれないが、一切怯むことなく堂々と応対している。
「君がいるってことはララクもいるのかい?」
「ええ。私たちが留守を任されました」
「あのお方は留守だし、ララクがいるし……最悪なことって続くんだねぇ」
反抗的な姿勢を見せたことの弁解代わりにいくつか任務をこなしてご機嫌を取ろうと考えたリージェだが、代わりに留守番をこなすくらいしか尻尾をふることは出来なさそうだと苦笑いを浮かべた。
「で、君たちは何をしにきたの?」
巨大な王の間はもぬけのからといった状態だった。
何もかもが暗黒の素材で彩られた調度品は生活のためにあるものというよりは、ただの飾りというものだろう。
異世を統べる王の居城にも関わらず殺風景なものになっており、警備や家臣などは一切存在していないようだ。
「ですから留守を守っております」
「まさか。この城に誰もいなくても手を出すようなバカなんてこの世界にはいないだろ?」
「——我々は仰せ使ったことを忠実に遂行するまで、です」
堅物と話してもどうしようもないとリージェは近くにあったテーブルの上へと座り込み、次の狩りを思案する。
この展開が張られている周りを平和にしておけば王も少しは安息の時間を楽しめるかもしれないと考えられる忠誠の示し方をいくつか考える。
そもそも忠誠の示し方を考えている時点で忠誠など欠片も存在しない、とリージェは窓から入り込む闇を見て薄く笑った。
「君も大変だねぇ〜。僕や王に振り回されて、特にララクのお守りまで押し付けられて」
「力ある皆様が弱者を振り回すのは当然の権利です」
「そういう性格だと色々楽そうで羨ましいよ」
僅かにコクジョーの握っていた拳に力が籠る。
リージェが何気なくつぶやいたその言葉は持つ者しか吐くことが出来ないからだ。
「じゃあ僕はララクの遊びに振り回される前に出かけようかな」
「あ〜! リージェだ! 久しぶり!」
王に睨まれた時を超える怪訝な表情。厄介な相手に絡まれてしまった、と苛立つリージェだが笑みの仮面をかぶり直して王の間に入っていた女性のヴィランを迎え入れる。
「やぁ。ララク。久しぶりだね」
恭しく一礼するコクジョーには目もくれず、テーブルへとララクと呼ばれた少女は飛びかかる。
頭の左右に短くまとめられた髪は薄い水色で彩られており、ヴィランの特徴とも言える荘厳な鎧を彼女は一切纏っていなかった。
「おぉ、また鎧を小さく出来たんだ?」
「うん! 鎧って可愛くないじゃん? だからいつもはこのチョーカーにしてあるんだ〜」
「ちょ、チョーカー? へ、へぇ〜。似合っているよ?」
見えすいたお世辞にもかかわらず少女のようにはしゃぐララクと呼ばれた少女は、薄い黒のワンピースをひらひらとはためかせてリージェに抱きついていた。
「誰も褒めてくれないから似合ってないのかなぁ〜って心配しちゃってたんだ〜」
「そ、そりゃ君の家臣なら防御力の方が気になるだろうからね」
ヴィランとして真っ当な感覚を見せるリージェと、ヴィラン離れした趣味趣向を持つララク。
彼女は大きな翡翠色の瞳と整った顔立ちに幼気が残りつつも、絶世の美少女と言える美貌を誇っていた。
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