わずかな間だが、飛彩の一撃はフェイウォンに走馬灯を思い知らせるには充分な一撃と時間だった。
初めて感じる存在が消えるかもしれない恐怖は情けない弱者へとフェイウォンを引き摺り下ろす。
その昔、太古の時代。
フェイウォンは悪という概念そのものとして世界に生まれ落ちた。
フェイウォンが生まれたから悪が生まれたのか。
悪が生まれたからフェイウォンが生まれたのか。
もはやそれは忘れ去られてしまったが、始祖のヴィランとしてフェイウォンは世界を歩く。
平和で慈愛の溢れる世界に、悪の意志を植え付けながら。
いつしか光は闇を恐れ、フェイウォンに黒という色を授ける。
影を生み、淀みを生み、恐怖と悪の象徴としてフェイウォンは君臨した。
妬み、嫉み、奪い、騙し、唆し、脅し、殺し、欲望のままに、暴虐の限りを尽くす。
単純だが、善性から目を逸らして理性を外すため、誰もが悪を利用する。
そう、誰もが悪を受け入れたがフェイウォンを受け入れようとはしなかった。
悪は利用するものであって、受け入れるものではない、と言うように。
故に純粋なる悪のみが集う世界をフェイウォンは求めるようになる。
悪だけがフェイウォンを仲間とみなすからだろうか、とにかく何かに利用される悪は居心地が悪かった、最初はそれだけの理由だったのかもしれない。
そして、己の願いを叶えるための世界展開が生まれ、異世が世界の狭間に誕生したのだ。
フェイウォンにとって、この悪の世界は心地よく、より純粋な悪を求めるために人とヴィランを融合することまで考えたのである。
そんなフェイウォンが散り際に考えることは、悪のみが支配する世界を手に入れる、より強力なヴィランの世界だった。
それが意味することは何か、フェイウォンは悠久の時を生きてもなお、気づかずにいる。
「そうだ。私はまだ、悪の極みに辿り着いていない」
だがそれは、止まったはずの身体を動かすには充分すぎた。
「ったく、世話の焼ける妹、だよ……」
「リー……ジェ……?」
鎧ごと貫かれたリージェは幼気残る表情を苦渋に歪め、穴だらけになった体から黒煙を上げていた。
「ララク、飛び出しちゃあ、ダメだろ?」
「な、何で私を庇って……」
拒絶では間に合わない、飛彩も間に合わない、ヒーローでは止められない。
不可能な理由がいくつも積み重なる中で、リージェの身体は勝手に動いてしまったのだ。
「そんなの、どうだって、いいだろ……おい、隠雅飛彩。まだ終わりじゃないぞ」
背後に廻られていた飛彩は振り向きながら刀を構え直す。
「リージェ、お前……変わったんだな」
「はっ……きっと、お前と拳を交えたからだろう」
重傷を負ったリージェと介抱するように側にいるララク、そして飛彩の中間点に上半身の鎧を脱ぎ捨てたフェイウォンが、長髪を揺らしていた。
「仕留め損なったか。恐怖を返してもらおうと思ったんだがな」
「残念、だったね僕で。まだまだ、死なないよ?」
「虫の息で……まあいい、じきに拒絶は帰ってくるだろう」
雑魚は後でと言わんばかりに飛彩へと向き直るフェイウォン。
その瞬間、蘭華だけでなく展開力を保持しているはずのホリィとララクも怯えるように腰を抜かした。
それは初めてフェイウォンを見たときのような圧倒的な存在感を思い出させてくる。
「なんで、飛彩ちゃんの攻撃を受けたのに死なない、の……?」
「やはり群れるのは無意味だったな。私の展開力が全ての能力に分散されていたんだよ」
全ての能力へ等しく注がれていた展開力は、行き場を失い本来の自分の力のみへと集約される。
「だが今は、頂点のみになったおかげで……本来の力に戻ったと言えるだろう」
切り裂かれた鎧が戻ることはないが、鋼のような肉体は鎧の頑強さを内包した究極の姿なのかもしれない。
コクジョーも限界を超えた時に鎧と融合する姿を見せていたことから、ヴィランの本領とは鎧と展開力をそして肉体を重ねることなのかもしれない。
「死にかけがうるせーな。もう一度ぶっ殺してやればいいんだろ」
「殺す? この私を?」
消し去ったはずの展開力以上の出力が世界を圧倒した。
「はははははははッ! はーっはっはっはっ!」
隠されていたというよりかは、頂点の能力と作用して一気に回復したのかもしれない。
滅びへのカウントダウンが急速に速まっていく中で、フェイウォンは高笑いから目を見開いて叫ぶ。
「我はフェイウォン・ワンダーディスト! この私が『頂点』だ!」
全方位に発せられる黒いオーラに対し、唯一対抗する飛彩はヒーローの想いの篭った刀を再び構え直す。
「こっからが本番ってわけか」
「お前を殺し、溢れた展開力で新たなヴィランを作れば良い……特にヒーローたちがヴィランとなってあちらに戻れば絶望も一入だな?」
「んなこと言われて、大人しく従うと思うか?」
踏み込んだ飛彩が力を入れるよりも早く、回し蹴りで刀が弾き飛ばされる。
最初に味わった力の差を感じつつ、完全に覚醒した飛彩もまた得物を奪われただけでは動じない。
素早く後方に下がりつつ、白い展開弾を乱射する。
目眩しを使いつつ、俊敏を超えた光速の歩法で残像を作りながら左後方から拳を向けた。
「展開力の中ではお互いの位置など丸わかりだろう?」
先ほどは反応が遅れたはずのフェイウォンも、飛彩と同じく完全に戦いへと全神経を注いでいる。
刀を弾かれた時と同じく、攻撃の方向がわかっていたかのように反転したフェイウォンの回し蹴りが飛彩に炸裂した。
「ちぃっ!」
すぐさま腕を引いて防御に転ずるも、鎧を通した衝撃が生身の身体を痺れさせる。
「私の頂点までは奪えないようだな」
「さあ、どうかな……気付いたらなくなってるかもしれないぜ?」
「戯けが。展開力の初歩中の初歩であるだろう……お前より私の方が展開力が多い。故に、我の力は奪えぬ」
頂上決戦にして地力がものをいう展開となったことで、逆に飛彩は笑った。
二人の間にある差は、もはや僅かな展開量の差のみ故に。
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