「ル、ルームシェアなんてしなくても! 皆さんに自由に使っていただけるお部屋はたくさんありますし!」
勇気を振り絞るホリィだが、庶民とは感覚が大いにズレている。
「なんで蘭華ちゃんとルームシェアしたんですか?」
蘭華が眠っていることを良いことにホリィはずっと気にしていた想いの丈をぶちまけた。
「ララクも一緒に住んでるぞ?」
「ララクちゃんは飛彩くんのお姉ちゃんでしょう? 一緒にいるのは普通だと思います!」
「お、おう……!」
振り返ったホリィは顔を赤くしたまま妙な剣幕で迫ってくる。
二、三歩後ずさる飛彩はフェイウォンとはまた別の覇気に汗を流した。
「何で蘭華ちゃんとは一緒に住めて、私とは住めないんですか!」
「ホリィ、お前酔ってるだろ?」
「酔ってません!」
照れから顔が赤く染まっているが、間違いなく酒で勢いをつけている。
いつもならば聞けないことも、自分がどれだけ飛彩に意識されているのかもホリィは確かめずにはいられなかった。
(護衛などで頻繁に会えるようにしましたが……このままじゃ仕事の関係だけになっちゃう!)
実質二人きりになったこの状況でホリィは蘭華との形勢逆転を狙っているのだ。
ただでさえその機会は少ないので躍起になってしまうのも無理はないだろう。
「やっぱり、その、飛彩くんは蘭華ちゃんが……」
「いや、蘭華が誘ってくれたから」
「ですよね、やっぱり……って、え?」
「護利隊の寮から追い出されて新しい家や大学どうしようって思ってた時に全部蘭華がやってくれたからな」
あと少しでエントランスだというのに二人の足は完全に止まった。
蒸し暑い夜だというのに寒さを纏う風が吹き抜けたような気がする。
「それだけで……ですか?」
「蘭華には感謝してるぜ。めんどくさい部分全部やってくれたし、飯も作ってくれるからな」
これは先に誘った者勝ちだったのではないか、とホリィは目を丸くする。
「あ、もちろん俺もたまに飯作るし、掃除は当番制だ。じゃないとララクがサボるし」
「飛彩くんのご飯は食べてみたいですけど、と、とにかくその……特別な意味とかは」
「んー……まあ、蘭華は一緒にいるのが普通みたいなところあるしなぁ」
鈍感な幼なじみもここまでくると、もはや逆に意識しないように気を付けていると感じられるほどだ。
「ただ、もちろん最高の相棒だぜ。蘭華やララクじゃなきゃ一緒に暮らすなんてそうそう出来ないさ」
もちろん好きも嫌いもないというわけではなさそうだ。
飛彩からアタックすることはまだないかもしれないが、そうしたいと思えるようなアプローチにホリィも蘭華も他の面々も辿り着けていないことが伺える。
飛彩にとって意識してしまう異性というよりかは、守るべき大切な仲間であった過去が大きく影響しているのだろう。
ただ、その答えにホリィは、まだ自分にも希望があると顔を輝かせた。
「そうですかそうですか……じゃあ、手続きなど面倒なことは全部やるので━━」
「そーですかそーですか……」
飛彩の肩に置かれていた蘭華の手に握力がどんどんと込められていく。
「ぐおぅ!?」
「面白いこと話してたわねぇ。おかげでよぉく目が覚めたわ」
嬉しい理由も少しはあったが、楽だったからルームシェアしているなんて聞きたくない事実でもあっただろう。
「私だから一緒に暮らしてるって理由は嬉しいけど……最初の動機がムカつく!」
「いてて叩くな! 落ちるぞ!」
「意地でも降りないから! まだおんぶしててもらうから!」
「えぇぇ!? 怒ってんのに?」
「あはは……」
チャンスがあると分かっても、ランカが起こるのは尤もだとホリィも苦笑いを浮かべる。
「ホリィもあははじゃないわよ! 飛彩は早い者勝ちだったのよ!」
「で、でしたらまだ勝負は決まってないはずです!」
「ぎっ、ぎくーっ! 痛いところ突いてくるわね!」
古いリアクションをかましながらも蘭華の足は飛彩をガッチリと押さえ込んでいた。
大きなビルの前でこの三人がどんちゃん騒ぎをしたところで誰も止める者はいない。
「飛彩は私とホリィどっちが良いの!?」
「答えてください、飛彩くん!」
「お、おい! マジで一回落ち着け!」
酔いが覚めてからなど適当な理由をでっち上げた飛彩は二人の言い争いを止めながら、何とか借りられた部屋へと退却することが出来た。
飛彩に当てられた部屋ですら、いつも暮らしている部屋の数倍は大きく持て余すことは確実で。
煌びやかな夜景が目に入ってきたが、それに浸る風情が飛彩にあるはずもなかった。
「ったく、あいつら飲み過ぎだぞ」
シャワーを浴びた飛彩の細身ながらも筋肉質な上半身がうっすらと濡れている。
ホリィと蘭華が見たら卒倒するであろう肉体美だが、今は飛彩しかそれを見る者はいない。
「……あれ? こんな時間に誰だ?」
深夜0時を過ぎた飛彩のスマートフォンが着信で震える。
マナー違反な時間帯の連絡をしてきたのは意外にもメイだった。
「ごめんね、飛彩こんな時間に」
「いや、大丈夫。風呂上がったところだし」
「明日、時間あったりする? 護利隊のビルが国に戻されるからやばい発明品とかヴィランにまつわるものの回収手伝って欲しいんだよね〜」
機密情報盛り沢山だということは飛彩にも余裕で想像がつく。
これは今日の飲み会の面々を集められるだけ集めないと、まで考えた飛彩は短く返事をして朝に備えて眠ることにした。
「あの場所とも、本当にお別れか……」
「二人とも気合入ってるわねぇ」
「うむ、異様なほどにな……何かあったのか?」
「俺にもわかんねぇ」
見つかったらまずいものは全てメイの研究室にある。
「相変わらずごちゃごちゃしてんなぁ」
「な、何よ、片付けられない女みたいに……」
事実だろ、という言葉を黒斗は飲み込む。
長年にかけて処分や秘密を知る機関に譲渡してきたが、発明家の血は新しいものを常に作り続けてしまうものだ。
センテイア家の用意してくれた車で本部へひとっ飛びな一行は、いまだに雑然としていた研究室に固唾を飲んでいる。
「ホリィ、ここは一回休戦よ」
「ええ。日が暮れてしまいます……!」
ホリィはセンテイア財閥の特殊部隊をすぐさま呼び出していた。
謎の気迫にごちゃごちゃとした機械たちもすぐに回収されていくだろう。
センテイアの倉庫に回収してしまえば一瞬だ、と二人は軽いものからどんどん手につけ始めていた。
その様子を見ている白衣のメイとスーツ姿の黒斗、そんな姿を見たものだから飛彩はどうしても昔を思い出してしまうようで。
「はっ、二人が結婚とはねぇ。本当におめでたいよ」
近くにある重いものをトレーニング代わりに持ち上げて、回収場所に定めた出入り口付近に積んでいく。
「ありがとう。黒斗くんが熱烈アピールしてきてぇ……」
「やめろ、そういう話をするな。飛彩が信じるだろ」
「でも熱い告白をしてきたのは本当よ」
「やめろ!」
親の馴れ初めを聞いた気分にさせられた飛彩は苦笑いを浮かべることしか出来なかった。
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