「あれ? ララクは?」
「メイさんと居残り授業だとよ。天弾は別件で残ってる」
「ふ、ふーん……」
薄暗くなった帰り道、蘭華は歓喜した。久しぶりと言える二人だけの帰り道は疲れを全て吹き飛ばさせる。
「ひ、久しぶりよね。こうやって二人だけで帰るの」
「そうだな……ずっと二人だけだったのに、気がつけば仲間が死ぬほど増えて、とうとうヴィランすら仲間になっちまった」
「ははっ、ほんとに昔じゃ考えられないわね」
平然と飛彩が仲間の存在を認めたことが微笑ましいのか蘭華は小さく笑った。
昔の飛彩であれば認めることもなくぶっきらぼうな態度を取っていたことだろう。
そんな成長を嬉しくも感じるし寂しくもあると考えた蘭華は皆の中心になっていく飛彩を今だけは独り占めしているということに胸の高鳴りが止まらなくなった。
「——飛彩はご飯食べた? 久しぶりだし作ってあげるよ」
「マジか。ありがとな! にしても蘭華の飯食うの久しぶりだなぁ〜。ホリィが蘭華の家に住むようになってからはめっきり減っちまったもんな」
「お互い忙しいから……」
と言いつつ、お互い抜け駆けをしないようにする条約を結んでいたらしいが蘭華はここでその掟を破る。
その理由は飛彩にあった一抹の不安を大きくするものだった。
「ここ二、三日、ホリィ家に帰ってこないのよね。理由聞いてもヒーロー本部の仕事としか言わないし」
「仕事……か」
慌てるように電話を切られたことや最近連絡が取れないという事実が妙な胸騒ぎを発生させた。
「何だろーな……何か引っかかるんだよなぁ。この作戦。こんな悠長に準備してていいのかなってさ」
「どういうこと?」
「上手く言えねえ。腹減って頭回ってねぇのかも」
「はいはい、すぐ用意するから少し待ってて」
杞憂であってくれ、と飛彩は空腹のことを考えることにした。
ただでさえヴィランとの一大決戦が控えているのにも関わらず、拭えない嫌な予感。
自分自身が行う作戦に文句もなければ抜かりもない予定だったが、もし他の人間の参入があったときにどう対応できるのか、あり得ないと思いつつも預かり知らぬところで何かが動いているかのような予感を今は見て見ぬふりをするしかない飛彩は蘭華との夕食のことだけを考えることにした。
「準備は良いな……?」
真夜中のヒーロー本部。特殊作戦令室に、数十人のヒーローが集められていた。
真っ暗な夜でも明かりが灯されている本部は少数ながらも様々な人員が慌ただしく室内を駆け巡っていた。
そう、飛彩の嫌な予感は的中している。
「護利隊に遅れをとるわけにはいけないんでな……ヒーローが主導した作戦を行う! ヒーローの権威を取り戻すのだ!」
この場にいるのは護利隊の存在を知るヒーローたち。
熱太たちとは違い、飛彩の存在を疎ましく思っている集団だ。ヒーロー本部も一枚岩にあらず、失ったパワーバランスを取り戻さねばと躍起になっている者たちも多いのだ。
「世界を救う使命は光あるヒーローが行うもの! 影の連中は影へと戻るべきだ!!」
「「「おぉぉ!」」」
集うヒーローたちの声が上がる中、一人俯いて静かにその時を待っている人物がいた。
「これはやっぱり、ヒーローの務めですから」
何度も己の命も心も守ってくれた少年に対し、同じように相手を守りたいと思うのは自然なことだろう。
暗い覚悟の炎を灯すホリィが行軍の中に静かな一歩を踏み出した。
そして飛彩や蘭華すらも寝静まった頃、通信端末が眠りから覚ますような音をたたき鳴らした。
起こされた苛立ちを越した焦りに飛び起きた二人は強化スーツへの着替えを済ませて外に出る。
「緊急通信……聞いたよな?」
「じゃなきゃこんな格好して外なんかに出ないわよ」
胸部や脚部のアーマーを除けば身体の線がよく見えるスーツなど散歩には不向きだろう。
そんな当たり前の冗談を言いたくなるほど、蘭華の表情は困惑に満ちていた。
「まさか、ヒーロー本部が先んじて攻撃を仕掛けるなんて」
「……黒斗からの緊急連絡があったのに、カクリが迎えにこねぇ。嫌な予感がするぜ」
「それに普通の連絡じゃなくて緊急暗号通信ってのも気になるし」
その刹那、空を貫くわずかな音を察知した飛彩は蘭華を押し倒して通路の壁際へと身を寄せた。
同時に先ほどまでいた場所に張り付いた円形の弾丸から電流が迸っているのが見える。
「襲われてる?」
「どこのどいつだか知らないが、本部にいる連中が気になる。蘭華、嫌かもしれないが少し我慢してろ」
「え、ちょっ!?」
そのまま救い上げられるように抱えられた蘭華は飛彩の胸へと身体を預けてお姫様抱っこの形になった。
同時に発動する紅き左脚、残虐ノ王が通路を砕きながら跳躍する。
「チッ、まだこんなもんか」
と言いつつも、隣の建物の屋上までいとも簡単に跳躍した飛彩は物陰を使いつつ一気に狙われた自宅から離れていく。
紅い軌跡を残しつつももはや射程外になったのか追撃は無くなっていった。
「あわわわわ……」
「なんだよ蘭華、ビビってんのか?」
「逆よ、逆!」
「はぁ? どういうことだよ」
顔を真っ赤にした蘭華はそれ以上の言葉を紡がなかったが、居場所を明かしてしまうほどの大声で喜びを示したくてたまらないようだ。
わざと飛彩の胸に顔を埋めて防御姿勢をとったフリをしつつ至福の時間を堪能している。
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