「蘭華……皆……」
流れた涙は熱く、いかに愚かなことをしていたのかも理解できた。
こんな簡単なことを理解するために世界を危機に陥れたのかと自分に不甲斐なさを感じつつも、心がどんどんと軽くなり、自身の暴走する力を完全に掌握できたような確信まで得ることが出来た。
「はいはい、かっこいいかっこいい。でも、飛彩じゃなきゃ僕は止められないよ?」
駆けつけた配下を全て失っても依然として揺らぐことのないリージェ。
飛彩から受けた傷も癒えたのか何事もなかったかのような飄々とした様子を見せている。
睨み合いが拮抗した中、まず駆け出したのは黒斗だった。
護利隊の強化スーツを身に纏ったその姿は飛彩の動きに似ており、長い日本刀という得物が小太刀の高速戦闘に付き合わされていたリージェのタイミングを狂わせていく。
「あー、もう鬱陶しいなぁ!」
拒絶の力が発動した瞬間、それを誘っていたかのように身を引いた黒斗。
それに呼応したレスキューワールドの三人が別々の方向から各属性の攻撃を繰り出す。
「あら?」
「ヒーローが戦いやすい土壌を作る。それが護利隊の仕事だからな」
爆炎、氷獄、暴風。どれを受けても致命傷になるであろう展開力が込められた攻撃をリージェは優雅に拒絶する。
「僕への攻撃を拒絶したよ」
と自慢げに決めたつもりのリージェだったが猛烈な違和感に襲われる。
規模は大きいが回避でも避けられる距離があった攻撃を何故能力を使ってしまったのかと。
三種類の攻撃が拒絶されて地面を穿ち、黒い煙を巻き起こす。
その視界が塞がれる刹那にリージェは微笑むホリィと視線を交差させた。
「——まさか」
「その『まさか』ですよ」
そう、この一連の攻防は全てホリィの未来確定によって仕組まれた能力行使だったのだ。
ホリィの能力を知らぬリージェでもわざと能力を使わされたと理解できる。
「ごめんなさいねぇ。貴方の能力は全部分析済み。共有も終わってるわ」
にこやかに笑うメイが監視ドローンを介して情報をヒーローたちに送っている。
リージェの拒絶の能力は凄まじいが基本的に決めた対象しか拒絶出来ないのだ。
「勘づかれちゃったかぁ」
本命の二撃目が来ると踏んだリージェの元に黒煙を突き破る一直線の波動が襲い掛かった。
「目隠れ女の能力か!」
両手で橙色の波動を抑え込むリージェだが、攻撃を仕掛けた春嶺は熱太たちの攻撃に隠れ空中を駆け抜けていた。
春嶺の「跳弾響」を相手にするのなら銃撃が必ずしも一直線に飛んでくると考えてはいけない。
「いけぇ!」
自身の小さな展開と仲間の展開で乱反射した数多の波動がリージェの背後から襲いかかる。
この間合いまで入ってしまえば、そう簡単に全ての波動弾を拒絶することなど不可能だと春嶺は珍しく口角を上げる。
「——仕方ない。死んでくれるかい?」
その一声でリージェの背後から次元の裂け目が作り上げられ、そこから大量の鎧型ヴィランが現れる。
「リ、リージェ様! 万歳!」
悲鳴にも似た叫びを残しつつ、鎧のシュヴァリエ級ヴィランは塵となり消えていく。
改めて異世の有力者であることを示すリージェは配下の命を何とも思っていないかのように春嶺へ接近戦を仕掛けた。
「くっ!」
拳の代わりに至近距離からの銃撃で応戦するもリージェの反応速度は引き金を引く速さを上回り、銃弾だけでなく銃そのものを春嶺から取り上げる。
「まずは一人か」
拳を高く掲げ、戦鎚を振り下ろすように勢いよく春嶺の背中に叩き込んだ。
ヒーロー化しても展開力が低い上に装甲の薄い春嶺の華奢な身体から耳を塞ぎたくなるような異音が鳴り響く。
「け……はっ……!?」
「春嶺!」
一糸乱れぬ狙撃銃は能力を使うまでもなく摘み上げられてしまう。
埃を払うように何も気に留めず春嶺にとどめを刺そうとする悪意に、蘭華は素早くカクリに通信を入れる。
「くっ……カクリ! あれいくわよ!」
「はい!」
一瞬にして誕生した空間の裂け目の中に消える蘭華は、空中から落ちていく春嶺の前へとワープして特殊な散弾をリージェに浴びせる。
「うわっ、君も能力者だったか!?」
「相棒がね」
その奇襲で空中でバランスを崩したリージェのところに滾る炎を纏わせた熱太が掴みかかった。
エレナは氷の鞭で春嶺を掴み、自分の手元へ引いていく。
「あとはお願いします!」
「任せておけ!」
再び次元の裂け目を使って一瞬にして地表に戻る蘭華。
それと同時に熱太は一気に地面へと急降下し、リージェの頭部を地面へ突き刺した。
「どうだ!」
「……スキだらけだ。拒絶してくれって言ってるのかい?」
地面から響くくぐもった声を認識すると同時に、拒絶され吹き飛ばされる熱太。
声を漏らすことも出来ずに木々をなぎ倒して森に荒地を作っていく。
「よくも熱太先輩を!」
地面から頭を引き抜いたリージェの眼前へと迫る蹴り。
だが、これもまた仕込む時間を与えてしまえばいとも簡単に拒絶出来てしまうのだ。
「女の子がそんなふうに足を振り回すもんじゃないよ?」
「うるさいなぁ!」
地面に叩きつけられてもなお諦めない翔香は拳と蹴りを繰り出そうとするも、全て地面へと吸い込まれていった。
何度攻撃しても身体が拒否し攻撃の勢いを失っていく光景は戦意を削ぐには充分すぎる。
「私も皆を守るんだ……隠雅ばかりに辛い思いはさせない!」
しかし、想いを込めた背後回し蹴りは拒絶されなかった。
リージェの側頭部に減り込んだその攻撃に対し確かな手応えを掴み取る。
「やった……!」
「って、言う時は」
ゆっくりと蹴りこまれた足を押し返すようにリージェは前へと向き直る。
これは言うなればパフォーマンスだ。能力も回避もしなくても君の攻撃は自分には効かない、という。
「だいたいやれてないんだよ?」
そのまま足を捻り上げ、何度も翔香は地面に叩きつけられる。
だらんとしたぬいぐるみのように何度も何度も地面に叩きつけられた挙句、ドームへと投げつけられる。
「がふっ!?」
「だから言ったでしょう? 彼以外じゃ敵わないよっ、て?」
援軍が次々とリージェに敗れていく。
ホリィと黒斗が応戦するももはや遊ばれている状態に等しい。
そんな光景をまざまざと見せられる中、まだ能力を呼ぶことの出来ない飛彩は座り込んだまま残虐な世界をその目に焼き付けさせられていた。
「やめろ! お前の狙いは俺のはずだ!」
その言葉に反応したリージェはホリィの拳、黒斗の日本刀を握る拳を受け止めて飛彩に言葉を投げかける。
「何で? 君は一人で戦いに来たんだろ? 誰の助けも求めないってことはこの人たちは君にとっていてもいなくても同じなんだろう?」
握る力を強めると黒斗もホリィも悲痛な叫び声を口から漏らした。
強化スーツが限界を示すように青く明滅し始めている。
「君は一人で乗り込もうとした。それは正しい。僕を追い詰められるような強者は君だけだ。弱い奴はただの肉壁でしかない」
「違う!」
何も考えられず、飛彩はただ言葉を吐いた。その言葉が勝手に飛び出してしまったという方が正しいが。
「俺はヒーローのいらねぇ世界を作りたかった! そいつらが傷つかない世界を作りたいから!」
「じゃあ失敗だね。君のせいで死にかけてるもん」
いつもなら売り言葉に買い言葉という様子の飛彩だが、この時ばかりは助けにきてくれた仲間に投げかける言葉へと変わる。
「その未来を手に入れるのは俺自身のケジメだと思ってたけどよ……頼っていいのか?」
「当たり前だ! 何のために上官がいると思っている!」
「もちろん。未来を決めるお手伝いをするのは私の得意分野です!」
「幼馴染は何でも協力する。当たり前でしょ!」
痛みを無視してまで飛彩を心配する仲間たち。
誰も巻き込んではいけない、誰も頼ってはいけない、自分こそが守る側なのだ、おぞましい力を持つ自分だけで何とかしなければならない、そのような考えが全て傲慢だったとやっと飛彩は気づくことができた。
「俺は……ガキだったみてぇだ」
能力の発動もなしに、リージェへと一瞬にして歩み寄り掌底からのアッパーという流れるような攻撃でホリィたちを解放させる。
「な、今のは……!?」
「守られていい……頼っていい。はぁ〜、そう考えるだけで随分と楽になるもんだな」
よろけて数歩下がるリージェは口元を拭いながら恨めしそうな視線を飛ばす。
「何だい、その弱虫みたいな考え方は……!」
「こいつらを守りたいように、こいつらも俺も守りたいって思ってくれてる。こんなに嬉しいことはねぇよ」
強いライバルが腑抜けたことを吐かす様子にリージェは何故か嫌悪感が芽生える。
他人がどのような気持ちで戦おうと自身には関係ないというのに。
「こんな能力もっちまったからな……俺はこの世にいちゃいけない、そんな気までしてた。現に暴走して蘭華やカクリを傷つけちまった」
その独白を優しく見守る蘭華やホリィたち。
飛彩もまた決意のこもった顔つきに戻り、リージェを一直線に睨む。
「でも、俺も皆と一緒にいて良いって思えたんだ! 能力を持った俺じゃない……ただの隠雅飛彩として!」
その時、飛彩は願った。支配でも暴力でもない。
仲間と共にいることの出来る力を。
何度でも立ち上がることの出来る不屈の力を。
「俺は皆と共に戦う!」
守り、守られる関係を初めて認識できた飛彩に呼応するように新緑のオーラが飛彩から立ち昇る。
監視ドローンでそれを視認したメイは瞠目し、一時封鎖の終わった中央司令室から飛び出した。
「まさか、三つ目の力も……?」
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