「蘭華、お前も早く逃げろ。ここは俺が……」
だが帰ってきた返事ヴィランと同じくらい気迫のこもった握り拳。
殴りつけられた頬が鈍い音を響かせて飛彩を地面に叩きつける。
「ぐがっ!?」
「このバカ!」
「い、痛ってぇな!?」
先ほどまでの戦闘と同じくらい鋭い痛みに感じられた飛彩は地に足がついたような現実へと引き戻される。
「そうやって全部自分で背負ってくつもり? そんなの絶対無理! 死んじゃうだけよ!」
何故自分の心がわかってくれないのか、誰も傷つかない世界を作りたいという願いをなぜ理解してくれないのか、と飛彩の頭に血が上る。
「俺はお前を死なせるところだったんだぞ!? もう二度とこんな力を使わなくて済むようにヴィラン全滅させんだ、邪魔すんじゃねぇ」
「それはただ死にたがってるだけよ!」
胸倉に掴みかかられながら放たれた言葉は、脳を直接揺らしたような衝撃となり飛彩の意識をより鮮明にした。
「で、でもそうでもしなきゃお前らを危険に晒した落とし前は……」
「そんなのは責任の取り方じゃない! ただ逃げてるだけよ! そんなのもわかんないの!?」
潤んだ瞳は泣き明かした形跡を物語っていた。
そんな顔をさせないために飛彩は強くあろうと心がけたが、手に入れた結果は真逆の現実だ。
「いい? あんたが弱いとか強いとか関係ないの! 私たちを守ろうなんてお門違い!」
感情の堤防が決壊した蘭華は再び胸ぐらを掴んで飛彩を引き起こす。
「アンタが好きなんだから、勝手にいなくなったりしないでよ!」
胸に顔を埋める形で吐露した蘭華の本心。
リージェも面白いものを見れたというように表情を狂気の笑みに染める。
突然の告白に呆けてしまった飛彩の耳に今度は暑苦しい叫びが飛んできた。
「当たり前だ! お前が好きだから皆助けに来たんだぞ!」
空気を読まない熱太の叫び。
蘭華に先を越されたと思う少女たちは次から次へと想いの丈を叫んでいく。
「わ、私だって飛彩くんが大好きです! 大好きだからどんなに危なくても助けたいんです!」
「好き……うん、好きだよ! 護ってくれるんだから私も護ってあげなきゃね!」
「カクリも飛彩さんが大好きです! 好きじゃなかったら危ない橋なんて渡りません!」
想いを寄せていた少女たちが様々な想いをぶつける。
熱太の言葉のせいで愛の告白という印象にはならなくなってしまったが、誰しもが飛彩を想い、守るために駆けつけたという事実が深く飛彩の脳に刻み込まれた。
「これだけの絆を持っているのに自棄になるな……私がずっと欲しかった絆をお前は持っているんだ」
「熱太くんと翔香ちゃんの大切な人なら、私の大切な人も同然よ」
「私も大好きよ。大事な大事な弟分だから! ね、黒斗?」
「——お前たち! 戦闘中だぞ!? ……だが、その通りだ! 俺たちはお前に守ってもらいたいんじゃない! お前に守られるほど弱くもない!」
波濤のように押し寄せるヴィランを防ぐヒーローたちは世界ではなく、たった一人の仲間を護壁となった。
黒斗が飛彩に教えたかったその言葉の先を涙を拭いて顔をあげた蘭華が紡ぐ。
「飛彩も守られていいんだよ!」
その言葉は飛彩にとってトドメになったと言えよう。
凝り固まった自身の考えが、自分だけで何もかもまもらなければならないと思っていた夢が簡単に砕け散った。
そして、暖かいたくさんの手が飛彩へと差し伸べられる。
「俺も、守られていいのか?」
「ええ、そうよ! ヒーローだからとかすごい能力持ってるからじゃない!」
溶ける。飛彩の閉じこもっていた分厚い氷の檻が。
消える。自分から巻いてしまった戒めの鎖が。
熱い言葉が飛彩を次々と解放し、心に火をつけていく。
「飛彩だから守りたいの!」
その蘭華の言葉に呼応するように大技を放つヒーローたち。
低級なヴィランたちは次々と爆散し、灰へと変わっていく。
そんな地獄の業火を拒絶して悠々とリージェは飛彩の元へ歩み寄っていった。
「いやぁ〜、いいお芝居だった! いくら払えばいい? ん?」
だが、一瞬にして横並びになったヒーローたちが最大の警戒を込めた展開を発揮し、リージェの侵攻を阻害する。
「飛彩は必ず俺たちが守る!」
「ええ!」
「今日は見物だけにさせちゃうよ〜!」
熱い心が飛彩を燃え上がらせた。
「救援物資の準備は出来てる。安心して。誰も死なせないから」
「すまん飛彩。俺はどうも不器用らしい……だが、この光景を見ればお前も目が覚めただろう?」
手を引いてくれた先達が優しく見守っている。
「もう勝手にどっか行ってもカクリがすぐ連れ戻しに行きますから!」
守るべき存在が、飛彩の知らぬ間に大きな成長を見せていた。
「いいから早く傷を治して応戦してください。あなたの力がなければ難しいので」
仇敵だった存在は表情を変えぬまま強さに対する信頼を与えてくれる。
「飛彩くん……未来は一人じゃ決められない。だからこれからは一緒に考えて悩んで……一緒に決めましょう?」
誰かと一緒にいてもいい、飛彩は初めてそう思うことが出来た。
「飛彩」
寄り添っていた蘭華もまた飛彩に背を向けてリージェへと銃口を向ける。
たくさんの背中から伸びる絆に対し、頼ってよかったのだと初めて飛彩は知ることが出来た。
「私も一緒に戦えるくらい強くなるから。だから見てて」
最後に呟かれた少女の言葉。
ずっと側にいて守ってきた蘭華の言葉がきっかけだったからこそ飛彩は全てを受け入れることが出来たのだ。
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