「優秀な貴方と? そんな急に褒めないでください」
「——ただの道具としての価値しかない、という点でだ」
冷酷な声音と獲物を見るような鋭い顔つきに変わった執事は床を踏みしめ、大きな足音を鳴らしながらホリィへと迫った。
いつもは気の抜けた印象を与えてくる従者が突如見せた剣呑な態度にホリィは後退り怯える。
「貴方は戦場を駆ける粗暴な者が表舞台に上がれると本気で思っているのですか?」
「ど、どいうことですか」
「敵を砕き、血を浴びて、傷だらけになる存在はセンテイア家の華々しい経歴に傷をつけるだけです。私たちのような戦いの道具は、裏にいればいい!」
「何をそんなに怒って……は、早く行きましょう?」
「まだわからないのですか!」
本当はホリィの言うようにパーティー会場まで連れて行き、カエザールの手で心を折らせようとスティージェンは考えていた。
お前は必要ない、ただそう言わせるだけでことは済むはずなのに、迷いを抱いている相手に対し自分の手で意志を折ってやらねばと激昂していた。
「貴方には貴方の生きる道がある。センテイア家の道具として生きていくことだ。ヒーローとして名を馳せて、優秀なヒーローや会社の社長と婚姻し、よりセンテイア財閥を大きくするための駒でしかない!」
スティージェン自身何故こんなにも怒りが膨れ上がるのか理解できていなかった。
だが、戦いの道具としての役割があるのにそれ以上を望む愚かな小娘を許せないと言う気持ちが、いつの間にか膨らんだとしか言えない状況だ。
「貴方はパーティーの出席に望まれていない。それどころか娘とも思われていないただの道具なんですよ。分不相応な夢を見るのは諦めて、カエザール様が望む貴方を受け入れなさい」
急な怒号に意識がついていかないところもあったが、その言葉だけは迷えるホリィの心に楔を打ち込む。家の望む通りにならなければ家に貢献できないという哀れな自分の状況に。
「スティージェン、何でそんな嘘を……?」
「今の貴方が迷いを抱えたまま認められようとしているのが腹立たしくてしょうがないんですよ。何も変わろうとせずに何かを得ようなんておこがましい」
窓際まで追い込まれたホリィは視線を逸らし、眼下に広がる建物たちを見遣る。
分厚いガラスが背後にあっても、崖に追い込まれたような感覚に心臓が冷える思いとなった。
「認められたければ、そのために捨てるものもあるでしょう。それを認識し、どうあるべきなのかを考えなさい。そうでなければ貴方は一生見下されたままだ。親に必要とされずな!」
溢れ出る怒りを止めることが出来なかったスティージェンの拳がホリィの頬をかすめてガラスへとめり込む。
銃弾すら弾き返す防弾ガラスに走った罅がその威力を物語った。
「わ、私は……!」
親に認められるために鳥籠に篭るか、鳥籠から羽ばたく変わりに今自分が大切と感じている家族との関係を全て失うか、その二択に対する答えをホリィは紡ごうと震える口を開く。
その数分前。
未だにエレベーターや階段以外の方法で下に向かう方法を見つけられていない飛彩たちは、カクリの異空間の扉を利用したワープを使うか否かで揉めていた。
「今日は撤退するしかありません。これ以上、あんな危険な方法を取らせるわけには!」
「だから右足の能力があれば大丈夫だって言ってんだろ!」
一時避難した誰のものかもわからない寝室で息を潜めつつも大声を上げながら口論する姿は、怪盗というよりも不審者そのものである。
「飛彩、大声出さないで! 回収するわよ!」
完全に連携を失い、言い争いが苛烈さを増していく。
蘭華やカクリの言い分も正しいと理解している飛彩だからこそ、二人を納得させる方法を見つけなければならない、と。
「蘭華、何か探知する方法ねぇのか? ドローン飛ばすとかよ?」
「そんなの通用しない相手よ。確かに下の階層にいる人間の位置でもスキャンできればね……」
無い物ねだりのつもりで話した蘭華だが、それが飛彩の閃きを助長したようだ。
命あるあらゆるものに干渉する自身の能力があるではないか、と。
「下にいる人間の気配を探る……ナイスアイデアだぜ!」
「ちょ、そんなことできるの!?」
とは言いつつも飛彩に褒められて少しだけ蘭華の声音が高くなる。そんな蘭華を冷めた目で見るカクリはため息をつきつつもその作戦を支持する。
「検証は必要かもしれませんが、飛彩さんの能力レポートを見た限りでは可能かと思います」
「なら、やってみねぇと始まらねぇな! 来い! 生命ノ奔流!」
叫びに呼応して装着されていく新緑の装甲。
装着したてでわずかにしか発生しない展開力を薄く引き伸ばして階下へと意識を研ぎ澄ませていく。
「どう? 何か分かる?」
「ああ……」
光り輝く左足の展開力を通じて、飛彩は階下の状況を把握していく。
飛彩には建物の構造がX線ビジョンのように透けて見えるような感覚になっていた。
「なんつーか、誰がどこにいるのか見えるって感覚だな……これならホリィの居場所も見えるはずだ」
有機物、無機物を判別して展開が進んでいく中でとうとうホリィとスティージェンが対峙している三十一階へと展開力が届く。
「便利な能力ね。ま、こういう人気のないところまで来ないと使えなかったけど」
「——見えたぜ」
数十メートル下に感じた二つの生命反応。
その二つしか反応しなかったことと、その距離から考えてもそのどちらかがホリィであると窺える。
「三十一階くらいか……? そこにホリィがいるみたいだが、もう一人誰かいるな」
おぼろげながら人の輪郭を感知していく左足の展開。
その場所にだけ展開力を凝縮することで、より詳細な情報を得ようと集中する。
「……しかない、という点でだ」
「ど、どういうことですか?」
そして耳に届きはじめたのはノイズが混じりながらもホリィの全てが否定されるかのような言葉の数々だった。
展開力を集中させたからか声や、その部分の視界が鮮明になって飛彩の脳へと直接届けられてくる。
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