(よし、これでもらっ━━)
剣を奪った後はゆっくり嬲る、などと甘い考えが席巻していたリージェの頬に鈍い痛みが走る。
「ぐっ!?」
「そんなもので止まるかぁ!」
弾かれた剣を気にすることなく、熱太はその勢いのまま右ストレートを幼げ残るリージェの顔面に叩き込んだ。
「なっ、何ぃ!?」
飛彩のように弾き飛ばすことは出来なかったが大きく仰け反ったことで、さらに左足の蹴り上げも炸裂する。
素手での攻撃はない、そう思い込んでしまったリージェの大きな誤算だろう。
(ダメージが見込めない体術を……的確に顔へ!?)
受肉したヴィランは鎧だけでなく身体を壊されれば死ぬ。
弱点が誕生した代わりに与えられる膨大な展開力があるのだが、そのエネルギー源も誓約を解除するために回されているのだ。
熱太を侮っていることが結果として、全て悪い方向に向かっていることは間違いない。
「先輩!」
駆け寄って来ていた翔香はブレイザーブレイバーを重そうに熱太へと差し出した。
熱太の体術がリージェの動揺を誘ったことで生まれた隙がとうとう命へと届こうとしている。
「すまん! 後は任せろ!」
ただの人間が扱うには重すぎる長剣を片手で軽々と持ち上げ、よろめくリージェの頭蓋へと勢いよく振り下ろす。
一切ぶれのない正中線を斬り裂くような一斬が鎧ごと無に返そうとした刹那。
「っつ!」
よろめいたリージェの顔は前髪によって影を作り読めないものになっている。
そんな視界が塞がれた状態でも片手で白刃取りするリージェに熱太の全身から冷や汗が吹き出した。
「━━なんで剣を飛ばされたのに動揺しなかったの?」
腰を折って俯いたままでありながら剣を抑えている右手だけがしっかりと持ち上がっている。
その歪んだ姿勢にも関わらず発揮される膂力はやはり凄まじい。
「動きを予想したまでだ。それに、この戦いに対する覚悟が違う!」
「そうだねぇ……」
素直に認めたリージェは、そのまま熱太ごと持ち上げるように剣を投げ捨てた。
すぐに体勢を立て直すものの顔をあげたリージェの視線に縛られたような思いになる。
「わかった、謝る。僕が愚かだった」
「……どういう意味だ?」
「そして僕は腑抜けだった」
「だから何を言って……」
「僕の体を支配する誓約と指揮には抗い続けないと解除が遠のく。こんな状態では隠雅飛彩にも始祖フェイウォンにも勝てない」
堂々と語る反旗の言葉。真意の掴めないリージェは頬を拭いながら俯いた姿勢から元に戻り、熱太を鋭い蒼の眼光で睨む。
「だから君達ならば手加減して勝利し、自分の呪いも解ける余裕があると考えていたさ。早く解かないと誓約とかはどんどん根深くなっていくからね」
格好の射撃チャンスだが、後ろにいる翔香やエレナには熱太が遮るような手の仕草を見つけて以来再び息を潜めている。
展開力の認識が乏しい今の熱太が見ても、リージェの雰囲気が変わったと肌で感じられていた。
「謝るよ。君は強い。だから誓約と指揮に意思が奪われない程度に抗うけど……ほとんどのリソースを君に注ぐ」
「……光栄だな。ただの人間相手に」
「人間もヴィランも関係ない。今は君という戦士を……ただ殺したい!」
「来い! 俺も全身全霊でお前を倒す!」
この時、リージェだけには見えていた。
燃え盛る闘志がオーラとなって変身の呼び声を待っていることを。
熱太もまた、ただ垂れ流されていたリージェの展開力が敵意を纏って洗練された殺意に変わっていくことを感じながら。
そして、その少し前。
残された僅かな路地を走り続けるホリィと蘭華は砂で汚れた強化スーツも気にすることもなく一心不乱に走り続けていた。
「アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
今のこの二人には暴走したララクを止める術がない。
元よりヴィランにとって裏切り者ということもあり、誓約や指揮による意思剥奪はリージェ以上に強いものになっていた。
「蘭華ちゃん、大丈夫ですか?」
「さっきの事故も少し打っただけだし、もう問題ないわ。だけど問題は私たち二人でララクを止めなきゃいけないってこと」
逃げるだけで精一杯というこの状況で、変身する余裕などホリィにはなかった。
「ほとんどの装備が装甲車に置きっ放しだし……やっぱり浄化の光を使うホーリーフォーチュンに頼るしかないわね」
とは言いつつも、本気で語っているわけではないようで蘭華にしては珍しい「だったらいいな」という願望で。
今もどうすれば良いか頭を総動員させて考えている。
展開力を封じる弾丸はあるが、ララクほどの展開力を持つ上級ヴィランには焼け石に水なのは間違いない。
変身前の戦力で言えば一番貧弱な場所に一番の災害がやって来てしまったのだ。
思考に酸素を費やしたいが、肺が駄々をこねるように空気を求めている。
そんな状況下で蘭華の頭脳もショート寸前まで追い込まれていた。
「蘭華ちゃん」
「……何? いい作戦でも思いついた?」
「迎え撃ちましょう」
「はぁ? ホリィ、それ本気で言ってる? 今のララクは話が通じるような相手じゃないのよ?」
「逃げててもラチがあきません。戦いましょう。春嶺ちゃんや熱太さん……そして飛彩くんのように!」
真剣な提案に、蘭華はかつてホリィのヒーロー最終試験や最初のテレビ収録のことを思い出す。
笑い話にできたかもしれないが、今はありえない妄言に怒りを抑えるのに必死になってしまう。
これ以上は体力の消耗が激しい、と狭い路地に駆け込んだ二人は立ち止まって小さな声で意見をぶつけ合う。
黒い大理石出来た荘厳な住居区画は、隠れたとは言え色を持つ蘭華達をより際立たせた。
「真っ向から勝負したって死ぬだけよ。こうなったら飛彩か春嶺のところまで逃げてなんとかして……」
「それじゃダメなんです!」
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