「メイさん!」
見知らぬ街に飛ばされていた飛彩は能力をフル活用し、屋根の上を伝って弾丸のように市中を駆け抜けていた。
一目散に訪れたのは護利隊の本部にあるメイの研究室。
信じられないことが起きたように驚くメイと、同じく豆鉄砲を受けたような表情を浮かべる蘭華、ホリィ、カクリも同席していた。
「「「いたぁ!」」」
「お、おわぁ!? いきなり大声出すなって!」
「あんた一晩中どこいたのよ! 探し回ったのよ!?」
「そうです! スマホの電源も切ってたんですかぁ! メイさんのところで探知も出来ないから瞬間移動も出来ないんですよ!」
怒涛のように怒る少女たちに対し、ホリィは涙ぐみながら安堵の息を漏らしている。
たった一晩帰らなかっただけでこの慌てようはヒーローやヒーローを補佐するものとしていかがなものかと飛彩は引いたようだが。
「お、落ち着けって。俺も大変だったんだぜ?」
「——みたいね」
神妙なメイに、自分の窮地を感じ取ってもらえたのかと感激する飛彩はメイへと詰め寄り両肩を掴んで思い切り揺さぶった。
「分かるんだな! さすがメイさん」
「わわわわかったから、揺らさないで」
両手を万歳して飛彩の腕を振り払い、一旦座らせて落ち着かせる。
真剣な顔つきで飛彩の椅子の周りを何度もぐるぐる周り、観察した。
「——飛彩、何があったのか話してくれる?」
「ええ。つーか出来ることならお前らには出てって欲しいんだけど」
「それは聞けないわね。心配させた罰よ。夜通し何してたか離してもらうわ」
対する蘭華たちも一歩も引かない覚悟のようで、こうなったら梃子でも動かない事は理解しているため大きなため息をつく。
「——絶対に笑うなよ?」
「そんな面白いことが起きたわけ?」
「飛彩がそこまでいうのならよほどのことが起きたみたいね……大丈夫。笑わないわ」
戸惑う蘭華と優しげなメイは対照的な反応を示している。
もはや自分の手ではどうにもならない事態だと洗いざらい飛彩は語り出した。
「——悪霊的なものに呪われた」
「は?」
「えっ?」
「ゆ、幽霊?」
「——なんて非科学的な話だぁ……」
予想の遥か上を行く飛彩の説明に、研究室は悲しい風が吹き抜けた後のような静寂が訪れる。
「マジなんだ! 昨日変な女に絡まれて気がつけば変な町外れの洋館に連れ去られてたんだって!」
「何よ飛彩? 私たちに嘘ついてまで隠したいことでもあるってわけ?」
「嘘なんてついてねーよ! くだらねぇ嘘なんてついてどうすんだ!」
この会話の最中もメイは飛彩の周りをぐるぐると回って観察し続けた。
そして何かに得心がいったのか瞳を閉じて全員の前に躍り出た。
「その幽霊は薄い蒼い髪の女の子だった?」
「——すげぇ! さすがメイさん、なんでわかったんだ? やっぱり霊気みたいなのが俺に!?」
「いや……」
ゆっくりと飛彩に近づいたメイは肩についていた一本の髪の毛に手を伸ばす。
そして、若干ムッとした表情で蒼いララクの髪の毛をつまみ上げた。
「ここに女の子みたいな長い髪の毛があったから分かったの」
「——は?」
正真正銘、空気が凍った。
ヴィランに必殺技を向けられ、絶対に避けられない時のような疼きが飛彩を襲う。
蘭華たちは凍ついた視線を送ったかと思えば、怒りに満ちた灼熱の闘気を携えて飛彩へと迫っていく。
「夜通し探してやったのに……夜遊びですかぁ〜飛彩ぉ?」
「クラッシャーさんとの一件で傷ついていると思ったのに……」
「い、いや違う!」
「でも女の人の髪の毛ついてますからねぇ。しかも朝帰りで」
湿った雰囲気を纏わせる女性陣からの視線に嘘じゃないといくら弁明したところで無意味らしく、飛彩はその場で肩を落とす。
しかし、髪の毛がついていたという情報は飛彩にとって動揺をもたらすものだった。
(髪の毛がついてるってことは……生きてるってことか? でも、それじゃあのポルターガイストや瞬間移動みてぇな技は一体……)
「傷ついたフリして女の子とデート? 飛彩ったら、いつからそんな女たらしになっちゃったのかしら?」
聞く耳を持たない蘭華は随分と走り回っていたのか、足が汚れたままだった。ホリィも泣いた後が目に残っており、メイとカクリもまた夜通し信号を探っていたのか目に隈が出来ている。
「ま、待ってくれよ蘭華。幽霊じゃなかったとしてもかなりやばいやつなんだ。俺より足早かったり、ポルターガイストみたいなことしたり」
「ナンパした相手が悪かったですね」
「カ、カクリまで? ホリィやメイさんはわかってくれるよな?」
だが、悪い事は決まって重なるものである。
朝まで感じていた悪寒と全く同じものが再び飛彩を包み、背後の研究室の扉がゆっくりと開いた。
「遅いよー、また遊ぼうって言ったじゃん」
「ラ……お前!?」
いつもより暗い廊下の闇から現れたのはツインテールにまとめた蒼髪を揺らすララク。
護利隊のセキュリティシステムなどをどう抜けてきたのかなどは些細な疑問に感じられるほどの威圧感に飛彩を始めメイたちも凍りつく。
「飛彩はいっぱいお友達がいるのね! 羨ましいわ! 貴方たちも私のお友達になってくれる?」
開口一番ぶっ飛んだ発言で空気を完全に掌握したララクはなんの悪びれもせずに飛彩の隣の椅子へと腰かけた。
「ちょ、ちょっとどこ座ってんのよ!」
「いや、そもそも部外者がこんなところに来ては……」
「大丈夫すぐ帰るわ。飛彩と遊ぶ約束してるから」
掴み所のない雰囲気と、神出鬼没の少女に対して飛彩が悪霊だと思うのも無理はない。
そもそも警備をすり抜けてこの場所まで飛彩を追ってきた執念が悪霊染みたように感じられ、蘭華たちも冷や汗を流す。
「お、おいララク! 遊ぶっつってもそんなにすぐ……」
「私、もう待ちきれないのよ! 可愛い洋服買ったり、映えるようなスイーツを食べたりしたいの!」
明らかに飛彩の苦手分野な願望に蘭華たちは失笑を禁じ得ないようだが、早速ララクは飛彩の手を引いて研究室を飛び出そうとする。
「さあ行こう!」
「まだ着替えてもねーんだぞ、いい加減に……」
「いいわね」
絶対にララクと飛彩のデートに賛同するはずのない蘭華が口火を切ったことで研究室に激震が走る。
蘭華が愛想を尽かしてしまったのかとメイが瞠目するほどだったが、火花を散らす視線をララクに向け続けて一気に詰め寄った。
「ただし! 私たちも一緒に行かせてもらうわよ?」
前言撤回。
蘭華は飛彩のことを一ミリも諦めていないようだ。
「本当に!? いっぱいお友達が出来たみたいで嬉しいわっ!」
対するララクは向けられている敵意にも気づかず、両手を上げて喜ぶ始末である。
「私、ララク! 宜しくね!」
「ええ、ええ宜しく。私、弓月蘭華。飛彩とは子供の頃からの付き合いなの」
差し出された握手に全力の握力で迎え撃つだけでなく飛彩との付き合いをマウントで表現するランカは完全に本気だった。
「ちょ、ちょっと蘭華ちゃん。私はホリィ・センテイアです」
「カクリは浮星カクリだよ。よろしくねララクちゃん」
「よろしくねー! 見て見て飛彩ちゃん! 皆とっても良い人だよ!」
「知ってるよ。こいつらが良いやつだなんて」
「ちゃ、ちゃん!?」
「しかも飛彩さんが、恥ずかしがらずに普通に喋ってます!」
「やはり昨夜……」
「お前らの中の俺の評価どうなってんだよ! 思春期のガキじゃあるめえしよぉ!」
視線に火花を散らしながらも自己紹介を済ませる一同。すでにララクが飛彩に対して好意的な様子になっていることを鋭敏に感じ取った蘭華達は、新たな恋敵の出現に心の中で身構える。
その中で、わけのわからない展開に頭を抱える飛彩は帰って寝たいという気持ちでいっぱいになっていた。
「飛彩」
「うおぉ!?」
怒り治らぬ蘭華達がララクとしゃべり続けている中、飛彩の背後へとメイが忍び寄っていた。
ララクから隠れるようにしゃがみ、飛彩の肩に両腕を乗せて耳打ちする。
「あの子、色々調べたくなったわ」
「——やっぱり幽霊か!」
「その方が楽だったかもしれないけど……今からお出かけするのなら私がもう一度連絡するまで絶対に逃さないで」
「は? え? じゃあ今から本当にあいつらと遊びに……」
「ええ。頼んだわよ」
機材の影に隠れながら研究室の奥へと消えていった。
ぬるりと動く足捌きはまるで黒斗を彷彿とさせるが故に、あんな武人の動きもできるのかと飛彩は驚かされた。
(でもメイさんが警戒したって事は、何かあるのかもしれないな……)
とはいえ、怒り心頭の蘭華達を制御しながらララクと遊ぶのは骨が折れそうだと飛彩はため息をつく。
「そうと決まれば準備よ」
「えー、今から遊ばないのぉ?」
「あんたみたいに準備万端じゃないの。私たちに付き合ってもらうわ! まずは家に帰って……」
このままだとララクに家の場所を知られてしまうと悪寒が走った飛彩はすかさず女子の会話の中へと首を突っ込む。
「そ、そしたら遊ぶ時間減っちまうだろ? 全員分服買ってやるから今すぐに行こうぜ?」
ジトっとした視線をララク以外から向けられる飛彩だが、不気味な存在にこれ以上情報は渡せないと気前の良さを見せつける。
「随分とララクちゃんの前で良いところ見せたいのねぇ?」
「いつもそんなこと言わないですよ、飛彩さんは」
「それに、お金だって……」
「えー! じゃあララクが四人分買ってもらっちゃおうかなぁ!」
「「「それはダメ!」」」
良い感じにララクが挑発してくれたおかげで飛彩の思い描いた方向へ話が進みそうになったものの、財布へのダメージはカイザー級のヴィランより重いものとなってしまった。
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