一方、飛彩はコクジョーと睨み合ったまま動けずにいた。
攻撃が外れてしまったり、避けられなくなるコクジョーの展開能力の本質を見抜けない限り攻め入ることは出来ない。
そしてそれはララクが戻ってくるまでの時間稼ぎをしているコクジョーにとって好都合なのである。
「……さて、ララク様の気配が近いような気がしますし」
「なんだって!?」
「貴方達の抵抗の意志ぐらいは削いでおきましょうか」
ここにララクが近づいてくるということはレスキューワールドの敗北を意味する。
嘘か真かなど関係なく飛彩を動揺させるには充分すぎる言葉だった。
「両手両足が折れても、ララク様は貴方を嫌ったりはしませんよ?」
鋭敏な意識のわずかな隙を縫うように忍び寄ったコクジョーのローキックは避けられず、かといってそのまま生身で受ければ確実に足が粉砕される。
「くっ! 残虐ノ王」
出来ればララクを止めるまで温存しておきたかった同時三能力展開を披露してコクジョーの蹴りを辛くも防ぎ切る飛彩。
リスクはなくとも体力の疲労は凄まじくリージェと戦った後も数日間動けなくなる勢いだったのだ。
「やっぱ受肉した連中に出し惜しみなんて無理か」
「まだ私を侮るつもりですか? では一つ良いことを教えて差し上げます」
コクジョーの足裏を膝蹴りで防御しているだけの超接近戦状態でコクジョーはゆっくりと指を立てる。
「展開による能力を抜けば……私もララク様もリージェ様も同等の力があると言って良いでしょう」
「はっ、自慢げなことだな!」
接近してきたことがチャンスだと言わんばかりに、右足の高速移動力を全身に付与しながらコクジョーに左拳を突きつける。
音を置き去りにする拳を避けられるはずがない、とあらんかぎりの力を込めたもののコクジョーは首を傾けただけという紙一重の回避を選んだ。
「なっ!?」
「これでお分かりになられましたか?」
押さえ込まれていた足を解放し、コクジョーはその場で素早く身を翻して回し蹴りを腹部へと叩き込んでくる。
足が体にめり込む瞬間に無理やり両足に力を込めて後ろに飛ぶことによって飛彩はからくもダメージを軽減させた。
「どうだかな。結局テメェがリージェやララクより怖くねぇってのには変わらねぇよ」
敵に弱音を吐いた瞬間が来たら、その時こそ敗北なのかもしれない。
痛みを無視して姿勢を低くした構えで全方位からの攻撃を警戒する。
強がってはいるものの、先ほどの拳が避けられたことは想定外すぎたこととして飛彩に強く刻まれた。
(あの避け方、まるでそこに撃ち込まれると知ってたみてぇだった……ただの回避じゃねぇなら、ありゃあなんだ?)
思考の海を泳ぎ始めた飛彩だが、コクジョーのような相手に策を弄しても無駄だと思い出し敵の隙が生まれるまで拳と蹴りを打ち込んでやると再び距離を詰めた。
「シッ!」
「そう来ますか」
激しい超接近戦でコクジョーと飛彩の間で行き交う拳と蹴りの応酬は常人の目に映るものではなくなっており、両者ともに前屈みでぶつかり合っているようにしか見えないだろう。
互いに決定打を放てず、攻撃と防御を完璧にこなし合っているが故の拮抗だ。
どちらかが呼吸を誤るだけで勝負は一気に傾くだろう。
「我慢比べなら自信しかねぇぞ俺はぁ!」
戦いの速さから均衡が崩れるのも早く、飛彩の右腕のアッパーカットを受け止めきれなかったコクジョーの両腕が振りあげられるようにして上を向いてしまう。
「もらったぁ!」
視線を鋭くしたコクジョーは重心をズラされて体幹が揺らいでいるにも関わらず、飛彩の振り抜いた左ストレートを滑るように躱していった。
「なっ!」
それはまるで飛彩が最初から外してしまうことが決まっていたかのような軌道で振り抜かれた拳となる。
本来ならばよろける前の位置に殴りかかったりはしない、と飛彩は拳を引き戻しながら動揺した。
「はぁっ!」
故によろけながらコクジョーが放ったサマーソルトキックを避けることが出来ず殴り抜いた左腕に片足を撃ち込まれて飛彩も後方へと吹き飛ばされる。
「がっ!? くそっ、どうなってやがる!」
再び間合いをとった状態で睨み合う二人だが精神的優位に立ったのはコクジョーだった。
飛彩は能力を読みきれないが故に攻撃のキレがなくなっていっていることを自覚して両拳を強く握りしめる。
「そろそろ諦めていただけると助かります。ララク様が帰ってくるまでお茶を飲んでいただいても構わないのですよ?」
「泥水でも出してくれるのか?」
「それ以上強がるのはやめたほうが良いのでは? 痩せ我慢が透けて見えますよ」
その言葉はまさしく図星であったが飛彩はそれを理由に諦めるつもりなど毛頭もない。
超接近戦は途中まで避けられなかったことから効果があったと認識しており、決めの一撃で大振りするのではなく乱打で避ける隙を与えない方針に切り替える。
しかし、何度も失敗している攻防が飛彩の拳に疑念を抱かせるのも無理はなく。
握る拳に若干の震えが篭るようになってからの接近戦ではコクジョーが能力を使うまでもなくなってしまったようだ。
「くそっ!」
そして時は重なり、たった一人の救援が飛彩を助けるために駆けつける。
「情けないですよ、飛彩くん」
「何者だ!」
「あぁ……?」
眩い銀色の残光を残し、二人の戦場へと着地するクラッシャー。
その姿に飛彩は驚きを隠しきれず、コクジョーもまた全く気配のしなかった戦士に瞠目する。
「飛彩くん、ここからは僕に任せてくれないか?」
ざわめく戦場を余所に、クラッシャーは淡々とコクジョーへと狙いを定めた。
身の丈を超える二メートル近い銀槍が振り回されるたびに銀色の光が残り、空を切る音すらも優雅な様子で無機質な暗闇を彩る。
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