「はぁ……はぁ……!」
街中を走り抜けていると、気がつけば夕日に照らされていた。
額から流れる汗を乱雑にぬぐい、さらに走り抜けようと身体を傾ける。
「翔香ちゃん……?」
過敏になっていたこともあって翔香は戦闘時のように跳ねながら振り返った。
「ど、どうしたんですか……?」
「ホリィ、ちゃん……?」
オフィス街の歩道で視線を交わす二人。
もう少しで渋滞になってしまいそうな車の音が二人の会話を阻もうと走行音を響かせる。
翔香はすぐに背を向けて走り出そうとした。
呼び止められても車のせいできっと聞こえない、と勝手に言い訳を携えて。
「よーう」
振り返らない、そう決めたはずの翔香の動きを止めたのはホリィの後ろから現れた一人の男だった。
「隠雅……?」
先を歩いていたホリィに追いつくように飛彩と蘭華が現れる。
三人で一緒の帰り道を歩いていたことは想像に難くない。
学校というよりは護利隊の本部からだろうが。
「え……? 飛彩って、レスキューイエローと知り合いなの?」
不思議そうな表情を浮かべるホリィと蘭華はお互いに顔を見合わせる。
女性の交友関係が極めて少ない飛彩だと思っていたからこそ、不思議さが増していくのだ。
「天下のヒーロー様がこんなところで何やってんだ? しかも辛気臭ぇーしよ。いかにも構ってーって言ってるみたいだぜ?」
「ちょ、ちょっと! 何言ってるのよっ!」
急いで駆け寄ろうとする蘭華よりも早く、翔香は飛彩の眼前へと泣きはらした眼光を突きつけた。
「隠雅に……何がわかるんだ!」
「だから言ったろ……テメェ、後悔するぞってな」
何らかの関係性を感じさせる言葉。
飛彩のことなら何でも把握しているという蘭華ですら知らない事実に、翔香の状態よりも二人の関係について質問を投げかけてしまった。
「二人ってどういう関係?」
「あー? 昔こいつと争ったんだよ。レスキューイエローの座をな」
少しだけ飛彩より小さい翔香は見下ろされながら、高圧的な言葉に逆らっていた。
視線で火花を散らしながら二人の記憶は過去へと飛んだ。
——数年前。
当時中学生だった飛彩と翔香は新たに結成を発表されたヒーロー、「レスキューワールド」の最終試験まで進んでいた。
筆記、運動能力ともにトップを争っていたのも飛彩と翔香の二人だった。
「あとは面接か〜私、苦手なんだ、ああいいうの!」
廊下で他の最終候補者と楽しそうに話す翔香とは対照的に、飛彩は薄暗い廊下の片隅で腕を組んでいる。
この頃からお互いの性格は変わっていないようだった。
「……」
「翔香ちゃんがヒーローになった方がいいよ!」
「お前は元気でいつも笑ってるからな。きっと他のヒーローより人々に笑顔を配れるだろうよ」
今までの成績が上位集団とあまりにもかけ離れた連中に至っては、翔香がヒーローになるべきだと完全に敗北を認めている。
それをまんざらにも思っていないようで、会話の中心で翔香は恥ずかしそうに後頭部に手を回した。
「私、熱太さんみたいなヒーローになりたいんだ! でもさ〜、こうやって競い合うの苦手なんだよね〜! 優劣とか出来ちゃうとさ、ギクシャクしちゃうし」
試験も筆記と個人種目だけと聞いていたのに、と言葉を続ける。
誰かを守りたい、その気持ちはヒーローにとって何よりも重要な素質である。
争いを嫌う優しさも言葉の端々から感じ取れる。
「だってさ皆の想いだってすごいもんね。なのにこんな競技で優劣なんて……」
快活で皆を牽引する人気者という特性は、出来たばかりの集団でも発揮されていた。
そして自分のことを二の次に出来る底抜けの優しさも。
「だったらやめた方がいいんじゃねぇか?」
「えっ……?」
和気藹々と話していた集団に一歩ずつ近付いていく飛彩の目は怒りに満ちていた。
それを鋭敏に感じ取った翔香だけが背筋をこわばらせる。
「おい、お前! 試験前に空気を乱すような真似はやめろっ!」
詰め寄ってきた眼鏡の少年を軽くいなし、ゆっくりと翔香に近づいていく。
ただならぬ空気を感じた数人が、喧嘩をやめさせようと試験官を呼びに走り出した。
「……そんな覚悟でヒーローやろうってんなら、後悔するぞ?」
「そ、そんなことない! 優しい気持ちがないと、誰も守れないって!」
「お前、走駆さんに勝てないからって文句言ってんじゃないぞ!」
「そうよ! 集中力を乱そうなんて卑怯だわ!」
一転して今度は飛彩を囲んでの集中砲火。
さらに呆れたのか、つまらなそうに首を横に振る。
「テメーらよりマシだと思うぜ? 負けそうになったら優勝候補の応援か? いつ本気出すんだよ? 自分より弱い候補しかいない時か?」
その言葉で取り巻きは一瞬で鎮まった。
飛彩への怒りから自分への不甲斐なさに意識が向いたのだろう。
「隠雅……だっけ? 喧嘩したって意味ないじゃん?」
対する翔香だけは一切気にしていない様子で。飛彩にも柔和な笑みを向ける。
「こういうのは熱太先輩みたいに出来る人がやらなきゃいけないんだ。それが私か誰かの違いじゃない?」
常にクラスの人気者、頼られて生きてきた翔香は自分がやらねば誰がやる、という意気込みが透けて見えていた。
「出来るやつがやりゃあいいってか……」
夢見る少女の反論に飛彩から怒りが消え去った。
後ろ怒る気力すら無くしてしまったと言った様子で、飛彩は試験会場から背を歩み始める。
「ちょ、ちょっと! どこいくの? 試験始まっちゃうよ?」
「風紀を乱したとか言って失格になるのが目に見えてる……黒斗のやつ、明らかに俺だけに厳しいからな」
後半のぼやきはもはやどうしようもない運命のような諦観が滲んでいた。
「いつか……ヒーローを目指すべきじゃなかったって、思う日がくるぜ? お前みたいな甘ちゃんにはよ」
その背中はヒーローと同じく何かを背負っているように感じられ、謎の迫力に翔香は二の句が継げないまま飛彩との邂逅は幕を閉じた。
無事に翔香は試験に合格し、飛彩は失格になっていたという。
晴れてレスキューイエローとなった翔香は元気いっぱいに戦い、熱太から技を吸収し戦闘要員としても人々に笑顔を振りまく存在としても急速に成長していった。
だが飛彩は見抜いていたのだ。
何事も卒なくこなしてしまう翔香の覚悟の薄さに。
つまり翔香は人々を守りたいから戦っていたのではなく、守れたから戦っていたに過ぎないのだ。
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