戦いに出る直前、飛彩は答えを先送りにした。
ヴィランの手を取るということがヒーロー本部だけでなく世界に何をもたらすかは分かっていない。
たった一人の少年に命運を握らせるほどメイや黒斗も非情な人間ではなかった。
時にはララクの命を自分たちが奪うことも考えているほどに。
「その子はヴィランよ。英人がマッドサイエンティストじゃなくたって誰かが拷問じみた研究をすると思う。その子を守ろうとすれば貴方もヴィラン扱いになっちゃうのよ?」
助けた結果何があるのか、その答えはだれも知らないが、飛彩には揺るがない覚悟がある。
「ヴィランから情報を取るとかじゃない。俺はララクだから助けたいんだ」
「後悔は、ない? いや……しない?」
「ああ。俺を仲間だって言ってくれたララクを俺は信じる」
「私も。飛彩が信じるララクを信じる」
「はい。蘭華ちゃんの言う通りです」
「カクリはお友達が世界より大事です!」
「全く……もう少し冷静になってよ皆。でも止めたって無駄でしょ?」
暑くなっている蘭華たち、それを冷静に取り持つはずの春嶺もまた飛彩の決断を信じると宣言した。
「み、んな……」
涙すら流すことの出来ないほどに衰弱したララクの手を取る蘭華達を尻目に飛彩は再び通信機越しのメイへと力強く言葉を投げかける。
「治し方を教えてくれ、メイさん」
少しだけ間をおいたメイは緑色のオーロラがかった前髪をかき上げて、小さく息を吸い込んで飛彩に語りかける。
「生命ノ奔流の回復効果を使いなさい」
「はぁ? あれはヴィランにとっちゃ猛毒で……」
「ヴィランにとっては……ね。そこで新しく目覚めた四つ目の力が生きてくるの」
刑の通信機越しに監視していたのかと言いたくなるほどの把握内容に飛彩は何もかもを見透かされているような気持ちになった。
「分かった……信じるぜ、メイさん」
「右手の無効化の能力をララクだけに強くかけなさい。そうすればララクだけに展開無効化をかけ続けられるはずよ」
言われるがままにララクの額へと右手を翳し、全方位に広げていた無効化の力を全て注ぎ込んだ。
ララクだけでなく侵略されていた黒い地表から異世の展開力すら浮き上がっていた。
「そのヴィランの展開が抜けきった状態なら左足の回復力の範囲内にいても問題ないはず……さあ、いつものように侵略区域を左脚で解放してちょうだい」
左脚で連戦でそんなに気力がない飛彩だが、春嶺、ホリィ、歩み寄ってきた刑が残る力の全てを飛彩へと託していく。
「お前ら……」
どんどんと広がる深緑の展開が死した土地に命を芽生えさせ、異世の展開を浮かび上がらせていく。
侵略区域浄化を進めるも全員の展開を合わせても全てを覆うことは出来ない。
「ちっ、あと少しなんだがな……メイさん、どうなんだ?」
「ダメよ、この区域を浄化できるほどの範囲じゃないとその子は救えないわ」
「か、カクリのも!」
「ダメよ、あんたそれの力抜いたら死んじゃうでしょ?」
「で、でも黙ってみてるだけなんて……」
友人のために何もできない自分が悔しいのか、カクリは唇を噛んだ。
その点で言えば最初から助けられる資格も持たない蘭華は目に涙を溜めつつもララクの前では気丈に振る舞おうと務める。そんな二人の肩に大きな掌が置かれた。
「任せておけ」
振り向いた二人は立ち上がったレスキューワールドの面々に視線を奪われる。
展開力を広げることに集中している飛彩もまた驚きのあまり操作が雑になってしまうほどだ。
「熱太! エレナさんに翔香まで!」
ララクに痛めつけられた上で敗北した三人にはララクを救う理由などない。
心なしか険しい表情になっていた三人はララクの隣を通り過ぎ、ホリィ達と同じく飛彩へと展開力を託していく。
「熱太……いいのか?」
「お前が倒したいと思うのなら、俺は倒すだけだ。だが、お前が救うべきと判断したなら全力で救う。お前の覚悟の時間は稼いでやれたかな?」
「……恩に着る。エレナさんも翔香も」
託された展開力によりさらに飛彩の深緑の展開が広がった。
奪われた区域を完璧に覆い尽くして黒い異世の展開を地表から引き剥がしていく。
「飛彩! 剥がれた異世の展開を全て集めて!」
「わ、わかった!」
緻密なコントロールは苦手な飛彩は案の定、異世の展開を集めるのに苦戦する。
地表を拡がっていたような展開を網のように持ち上げて浮かび消えていく異世の展開を集めようとするが、範囲が広すぎて飛彩一人の制御ではどうにもならなかった。
「落ち着け」
汗が止まらない飛彩へと肩を貸したのは銀髪を揺らす刑だ。
見えない展開を操る刑はヒーローの中でもトップクラスの展開操作力を誇る。
「まずはイメージするんだ。展開がどのような形であるべきか。集めた異世の展開をどうララクちゃんに届けるのか」
「イメージ……」
広がっていく展開は区域の端に向かうに連れて高く持ち上がっていく。
そのままララク目掛けてすり鉢上になっていく飛彩の展開は、本来大気の中に霧散していくはずの異世の展開を注ぎ込むような形になっていった。
(少しイメージの話をしただけで……気に入らないがずば抜けたセンスだよ)
砂時計の溢れる砂のようにララクに注がれていく異世そのものの力は深緑の展開と反発して水と油のように混じり合うこともない。
ここまで計算したのかとメイに対して刑は瞠目せざるを得なかった。
「メイさん、これでいいのか?」
「狙い通りよ。この地にあった異世の展開を全てララクに流し込むことでヴィラン特有の回復力を復活させる、はず……」
「は、はずってどういうこと!? ララクは助かるんじゃないの!?」
預かっていた通信機に叫びたてる蘭華だが、飛彩もそのことは直感出来ていた。
「とりあえず回復できるだけの展開力を注いだが、それを生かせるかどうかはララクの活力次第ってところだな……これも無効化の力がなかったら出来なかったはずだ」
全ての異世展開を注ぎ込んだ飛彩は左脚の展開も解除して、息を切らしながらへたり込んだ。
侵略されていた土地は生きとし生けるものを拒む黒から解放されて、命芽吹く地球の大地を取り戻す。
だが、今の飛彩達にとって区域奪還よりも大切なのはララクを助けられるかどうかだけなのだ。
横たわるララクの投げ出された左手をホリィと蘭華が優しく握る。さらにそこへカクリも手を重ねた。
「あとはもう、祈るしかありません」
「ごめんね飛彩。私でもこれが限界、ヴィランを回復させられる前例なんて無いし、賭けなの」
「……わかってる」
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