顔を上げたことで銀色の長髪が揺らめく。静かなる瞳には熱意も存在せず、なりたい自分がどうあるべきかを宿していた。
一矢報いるのではなく、この一突きでユリラを屠れと。
敵の攻撃を直前で躱した反撃で倒せば、間違いなく自分がなりたかったものになれる、と。
「惨刑場!」
首筋に当たる踵落としは、刑の肉を簡単に裂くはずだった。
「!?」
しかし、響いたのは硬いもの同士がぶつかり合うような甲高い金属音。
さらに刑の伸ばした槍が鎧を砕いて、ユリラの胸部鎧に亀裂を作り上げた。
「苦原刑……まさか!」
「ああ。世界展開完了だ!」
そのまま仕込み槍へと展開力を流し込み、ユリラを思い切り吹き飛ばす。
近接系のヒーローがもたらす一撃に黒い血が辺りをさらに黒く染めていく。
「往生際が悪いわね……!」
「ヒーローが諦めないのは美徳だろう? 二人がかりなのは申し訳ないが、ダブルヒーローものということで許してくれ」
護利隊の強化スーツの上に刑のヒーローとしての装飾が装着されていく。
腰から下にかけて誕生したマント、体のみに装着される鎧は共に眩い銀色の光を放っている。
身軽そうな装備なのは刑の近接戦闘を邪魔しないように設計されているのかもしれない。
「苦原刑、あの土壇場でよく変身できたわね」
共に並ぶ春嶺は心臓が止まる思いだった。
背後から全てを見ていた故に、首にかかと落としが当たる直前に得意技である不可視の盾が発生したことを見抜いている。
「偶然だよ……展開力の形なんてさっぱり分からなかった。でも、こうあってほしいと願ったものが、全く同じ形だったみたいだ」
想像したのは身体の中に眠る槍の穂先。
それを携えるが如く、身体の中から外へ出すイメージを固めた瞬間、ヴィランから奪い取っていた展開力と共に刑からヒーローの力が飛び出したのだ。
「憧れも無駄じゃなかったみたいだよ」
「とにかくよかった……これで確実に勝てる」
戸惑っていたユリラだが、その春嶺の言葉に苛立ちを隠せないのか乱雑に口の端を拭う。
「聞き捨てならないわ。戦場の指揮者の前で勝利宣言? 貴方達は絶望の中で死んでいくの!」
「どうかしら?」
「ヒーローが合わさることで発揮される力、とくと味わってみるといい!」
作戦は変わらず、接近を刑が担当し遠距離支援を春嶺が担当する。
仕込み槍を変わらず携えて突撃した刑にユリラは青筋を浮かべた。
「その程度の展開力で!」
指揮の展開下に置かれていた槍は、ユリラに近づくごとに折れ曲がっていく。
幾度とない戦いの中で、槍はユリラの展開に当てられていたのだろう。
しかし、変身した刑は臆することなく攻撃を続ける。
槍を投げ捨てながらも突き出す右腕はまるでユリラを挑発する指揮棒のようで。
「惨刑場の真髄を見せてやる」
「は? ……あぐっ!?」
不可視の鋭い棒状のもの、つまり槍が腹部に突き刺さったことにユリラは気付く。
見えないが確実にそこにある痛みと武器に、痛みと怒りに顔が歪んでいった。
「不可視の斬撃、武器創造……それが僕の能力だ」
「種明かしには早いんじゃないかしら?」
「……問題ないさ。どうせわかったところで防げない。それに、傷口ばかり見てていいのかい?」
ハッとした様子で顔を上げた瞬間、斜線から転がるように刑が前転する。
その背後にはマグナムタイプの拳銃に展開力を込めた光弾がはちきれんばかりに膨らんでいた。
「くらいなさい!」
痛みを無視して足を動かそうとした刹那、足を押さえ込むように張り巡らされた不可視の槍がユリラの回避を封じる。
「きっ、貴様らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
黄色い光弾が直撃したユリラは吹き飛ぶことも出来ずにその威力を余すところなく鎧で受け止めることになった。
白目を剥くほどの衝撃と、鎧は煤けて美しい薄紫の髪も乱れている。
「これがヒーローの連携だ。覚えておけ」
「現場を知らない司令官、というところだな」
倒れることすら許されない状態のまま呆然とするユリラへと二人はトドメを刺そうと準備を始める。
しかし、突如として感じる展開域の違和感に心臓を掴まれたかのような恐怖を味わされる。
「まだ生きてるのか……!」
「苦原刑、さっきと同じ陣形でいける? それとも貴方も中距離戦闘にする?」
「いや、攻撃の手は緩められない。一気に攻めよう」
決して聞こえるような大きさの会話ではなかったがユリラは肩を震わせるように笑い始めた。
そのまま自分を縛っていた槍を千切り取り、展開力を吸収していく。
「展開力の使い方……人間に教えてあげるわ!」
勝負はヒーローとヴィランの真髄を見せ合うという振り出しに戻るのであった。
変身するには、ほんの少しのきっかけがあればいい。
それだけで身体に宿った世界展開がブレスなどの変身アイテムを介さずに外に張り巡らせる事ができる。
しかし、その僅かなきっかけというものは米粒にも満たないほど小さく、決して目で見ることは叶わないのだろう。
「その剣を振る下ろすことは拒絶する!」
「ちっ、ならば!」
誓約と指揮を外す展開力を最小限に留め、熱太との一騎討ちに望むリージェだが全力には程遠い。
それにより効果は極めて限定的なものになるも、人間の熱太にとってはまだまだ充分に脅威と言えよう。
引きちぎられんばかりに吹き飛ばされそうになる剣を無理やり薙ぎ払いに変更した熱太の体力は完全に限界を超えていた。
「やぁ!」
陣形を変更し、エレナに支援を全て任せて翔香も跳び膝蹴りでリージェに突撃する。
拒絶の対象に選ばれなかったものが相手を攻撃するというやり方は、リージェにとっても目まぐるしく対戦相手が変わっていくストレスを味わされる。
「遠距離、近距離、ヒットアンドアウェイの中距離……こうも連続で切り替えなきゃいけないと目が回るな」
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