(左腕の支配、右足の戦闘能力向上、左足の回復……つまり、あの恐怖を完全に無効化するような新しい能力がなけりゃ勝ち目がねぇ。それに)
視線を少しだけ逸らし、仰向けに寝転ぶ瀕死のララクを見た飛彩は唇をわずかに噛んだ。
(あいつのことを救えるような能力でもなけりゃ意味がねぇ……!)
まさに無理難題。
集中していても厳しい戦いになるコクジョーとの最終決戦に飛彩の雑念は尽きない。
今までも窮地で目覚めてきた世界展開にすがるような気持ちがどうしても芽生えてしまう。
(頼るな! まずは目の前のこいつを倒すことが……!)
「雑念が透けて見えますよ?」
「!?」
感情を露わにし続けていたコクジョーは様々な情念や能力が削ぎ落とされた結果、無表情にララクを殺すだけの存在へと生まれ変わった。
いや、ワンダーディストへの復讐鬼とも言えるだろう。
よく言えば余計な力が抜けたコクジョーは動きも読みにくい達人の域に達しているとも言えた無表情なコクジョーから繰り出される中段蹴りは最小限のモーションで飛彩の眼前へと迫りくる。
すんでのところで左腕を構えて防御するも、芯まで響く痛みに反撃もままならず振り回された尻尾のなぎ払いであえなく吹き飛ばされていった。
「がふっ!」
度重なる必殺技の応酬で瓦礫と砂地が入り混じった広場と化した侵略区域でかすり傷を負いながらも飛彩は立ち上がる。
傷は能力で塞いだとしても身体中から脳に伝わる鈍い痛みを消し去ることは出来ないことが苛立たしいのか、唾を吐いてコクジョーを睨み付けた。
「もういいでしょう。私の命もそう長くはない。ララクの命と引き換えに手出しはしないと誓います」
「そりゃ無理だな。お前の言葉なんて信用できねぇし……何より、俺の仲間に手出しはさせねぇ!」
もはや飛彩とララクの間に人間とヴィランという垣根は存在しない。
一人の大切な仲間を守るために枯れかけた展開力を燃やし、満身創痍の身体を無理やりコクジョーに叩きつけているのだ。
勢い任せで拳を振るう飛彩だが、素人のような大振りの左拳はたやすく受け止められて捻り上げられる。
苦悶の声が出るよりも早くコクジョーは飛彩を引き寄せて耳打ちした。
「そんな薄い絆は……恐怖の前に脆き、消え去るのみですよ」
支配を司る展開はコクジョーの簒奪と似ている。
しかし、それを持ってしても恐怖は奪うことができず、淀んだ黒い展開力が逆に飛彩の展開力を消滅させていく。
「くっ……!」
これ以上掴まれていたら身体まで塵芥に変わってしまうと一筋の汗を流す。
現実は不条理に満ちており、仲間達は死にかけ敵は以上なまでに強い。
そんな条件の全てがなければもっとうまく戦えただろうと余計な想像が膨れ上がってくる。
それはまさに死からの現実逃避に他ならない。
「お前にはさんざん煮湯を飲まされたが……それも水に流そう。さあ、そこを退け」
しかし、飛彩は退かない。
残された時間でどうやって倒すか、どうやって新しい能力に目覚めるかそればかりが頭を席巻する。
(くそっ、時間がねぇ! どうすりゃいい……どうすりゃ勝てる? どうすれば……)
「——飛彩、ちゃん」
背後からか細く聞こえたララクの声に、飛彩の中で時が止まる。
「飛彩ちゃんは強いんだよ」
そこで飛彩はララクがくれた「きっと誰にも負けないんだわ」という言葉を思い出した。
「——そうか」
「やっと退く気になりましたか?」
「いや」
力比べの様相を呈していた状況に飛彩はあろうことか生身の右手でコクジョーの腕につかみかかった。
戦いを見守っていた蘭華達に激震が走り、実際に飛彩の右腕にゆっくりと亀裂が入っただけでなく強化スーツから崩壊が始まる。
「貴様、何を考えて……!」
「いやぁ、本当にかっこ悪いわ、俺」
「何を言っている……!?」
有利なはずのコクジョーが感じた謎の気味の悪さに抗うが如く、飛彩の右手を振り払おうとするがそれは微動だにしない。
「ば、バカな! 消えかけの右腕のどこにそんな力が!?」
「勘違いしてたぜ。力は願うもんじゃねぇ……掴み取るもんだ!」
戦いの最中、自分の内なる力に情けなく縋り付いていたことを飛彩は恥じつつも、展開の真理を掴み取る。
世界展開は内なる世界を現実に顕現させる能力であり、言うなれば願望を、エゴを敵と世界に押し付ける能力だ。
そこで飛彩は考える。
どんな時も負けないヒーローならば、力には縋らない。
力を自由に掌握する者こそが力あるヒーローに他ならないのだ、と。
「何だ……お前の中に、何がいる!?」
「俺の求める全てが、俺の中にある!」
四色目の蒼き展開が飛彩の右手から吹き出し、崩壊を逆再生するかの如く元の細くとも筋肉に満ち満ちた飛彩の腕を作り直していく。
そのままコクジョーの右腕を捻り上げて体勢を崩させると共に、水月へと右肘を突き立てた。
全体重の乗った鋭い肘の一撃はいとも簡単にコクジョーを黒砂の上に寝かしつける。
「ぐうっ! 今のは……生身ではないな!」
一切の油断を見せないコクジョーに対し、飛彩もまた右拳を突き出す形で構えていた。
蒼い展開力が渦を巻き飛彩の右腕を覆い尽くしていく。
それに呼応するように他の部位もそれぞれの色で輝いた後、歓喜するかのように目覚めた蒼い展開力を受け入れた。
「ララク! 今だけでいい! 俺は、お前の……」
死の淵にいる少女は真っ直ぐな少年の気持ちを受け止めて小さく笑った。
思い残すことはない、というように。
「お前だけのヒーローになる!」
崩壊を待つだけだったはずの飛彩の右腕に清々しさを覚えさせる蒼い装甲が装着されていく。
肩から肘にかけては支配ノ起源のような鋭い装甲が施されているが、特筆すべきは肘から先の部位だ。
分厚い装甲と共に飛彩の通常の拳より二回りも大きい拳になるように設計された装甲が、何も打ち壊さずとも破壊力を訴えている。
「蒼き右腕! 自由ノ解放!」
四つ目の能力を己の覚悟のみで具現化させた飛彩は巨大のような拳を握り締める。
そして願った能力が周りの展開力をさざめかせた後、蒼風が一気にそれらを吹き飛ばした。
「——私の恐怖が消えた!?」
コクジョーの身体から溢れていた恐怖が消え去る異変だけでなく、満身創痍の刑やホリィ達も変身は維持したままだが展開能力がなくなったことに気づいた。
「私たちも?」
「これは一体どういう……?」
ララクの近くで手を握っていた蘭華はララクに残っていた禍々しい展開力が消え去ったことを本能的に感じ取った。
この場にいる全員の展開力をそもそも存在しなかったもののように作り替えてしまった飛彩の能力に全員が驚きを隠しきれない。
「左腕の支配の増幅か? ならば左腕ごともらうのみ!」
未だに鋭い鎧と爪が健在のコクジョーはすぐに駆け出したが、あまりにも重い自分の足にその場で静止してしまう。
力の減衰も何も感じていない状況で、衰えたような錯覚に唾を飲み込むしか出来ない。
「まどろっこしい能力はやめだ。男なら拳で語り合おうぜ?」
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