蹴り上げの勢いで跳躍した飛彩は、空中で身を翻し、右足を振り抜いて巨漢の顎を揺らした。
白目を剥いた巨漢は一言も発さず地面を抱擁する。
再び緊張に包まれる場の空気。
もう少し様子見したいと言わんばかりの雰囲気にも関わらず、飛彩は刑を挑発するように言葉を続けた。
「いいのか? 俺に有利な条件にして?」
邪悪な笑みを浮かべる刑は、まるで手下を放つかのように手を振り上げる。
「さあ、力を示してください! 弱いヒーローなどいりませんからねぇ!」
その一言で局面は大きく動いた。
まずは近くにいる者と戦う者、見た目が弱そうなやつを狙う者、タイプが分かれたが数名が飛彩を警戒して誰が言いだすわけでもなく包囲陣を敷く。
「ハンデにはちょうどいい……ただの人間なんざ怖くねぇよ」
しかし、挑発に乗るような気の早い人物はおらず、むしろ挑発した側の飛彩が飛び出した。
飛彩を囲む相手は五人。普通ならば複数の敵を相手取る事は自殺行為だ。
「テメェらみてぇなぬるま湯浸かってるわけじゃねーんだわ!」
脳裏に甦えるは数多のヴィランズとの戦い。
大量の雑兵と戦いながら首領も抑えつつ、ヒーローも守る。
それを繰り返してきた飛彩の敵になれる者は、この場に存在しなかった。
「悪ぃな!」
瞬時に真っ正面にいた人物の鳩尾を拳で撃ち抜く。
そのまま身を屈め、隙を突いてきた人物の攻撃を躱す。
背後からの襲撃者の一撃は、そのまま鳩尾に攻撃を受けた者へと流れていく。
その光景を呆然と眺めてしまった者の後ろへ回り込み、素早く当て身で眠らせる。
取り囲んでいた五人は一気に二人まで減ってしまった。
「おいおい。よろしくお願いしますって言ってから殴りかかるのかテメェらは?」
笑いを堪えきれない様子の刑は、呼吸を整えてから芝居がかった様子で口を開いた。
「強いなぁ〜、もう彼で決定かなぁ」
それが嘘だろうと本当だろうと、受験者の心をざわつかせた。
あの男をなんとかしなければ自分たちに道はない、と感じさせるほどに飛彩は別格だった。
初対面の人物たちがここまで心を合わせることになるとは思わなかっただろう。
一対一が無理ならば、全員でかかる、と口に出さなくとも行動が同調した。
「調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
「死ねぇコラァ!」
「テメェら本当にヒーロー志望なのかよ!?」
軽口を叩きつつも、飛彩の頰に汗が伝う。実戦形式で調子に乗っていたが、それが罠だったとようやく気付かされた。
つまるところ、この試験は刑の処刑執行の場だったのだ。
「う〜ん、いい感じに燃え上がってきたねぇ」
四方八方からやってくる攻撃を受け流し、躱し続ける飛彩。
「あの野郎、俺を調子付かせてこうなることを狙ってたなぁ……」
その包囲網はどんどん小さくなり、攻撃が擦り始める。
冷や汗をかいたことが遠い昔かのように、飛彩は落ち着き払っていた。欲を出す者が輪を乱す、と予見して。
すると人垣の向こうから声が響いた。その悲鳴は、受験者たちを振り返らせるのに充分すぎるだけでなく攻撃を放っていた者のキレを奪う。
それを待ち望んでいた飛彩は前方から放たれた正拳突きの上に飛び乗った。
「うおあっ!?」
「先に謝っておくぜー」
そこから飛彩を取り囲む者たちの肩や頭を踏みつけながら後方へと駆けていき、一瞬で叫び声の元にたどり着いた。
一番後方にいたのは、他の受験者の後ろから殴りかかっていた人物。
全員が飛彩に集中している今、ライバルを減らすために卑劣な行いをする者が必ずいる、と感じていた。
「いい案だ。俺もそーする」
その男に渾身のドロップキックを放ち、ボウリングの球のように体幹を崩された者たちを吹き飛ばしていった。
飛彩の包囲網を張っていただけあって、ここからはドミノ倒しの要領で大の男たちが重なり合っていく。
その光景に刑も目を見開いた。間違いなく飛彩はただの人間。それなのに何故ここまで動けるのかを思案すると、一つの記憶へと辿り着いた。
数週間前、定期報告会の待ち時間で黒斗と刑の二人で話す機会があった時のことだった。
「飛彩くんの活躍はまさに八面六臂。彼ならヒーロー科に転属しても良いのでは?」
そんなことは欠片も思っていない刑だが、場を持たせるためのお世辞として護利隊の司令官にそう話しかけたのだ。対する黒斗は誇るわけでもなく、淡々と呟いた。
「あいつにあるのは度胸だけです。とてもじゃないがヒーローには向いてない」
「……よく分からないのですが?」
その質問は単純な疑問だった。
「あいつは武術も学業もてんで駄目です。出来損ないもいいところだ。だが、それは私たちの定規では、というところでしょう」
資料に目を通し、個人端末にどんどんと報告書をまとめていく黒斗は、顔色一つ変えずに淡々と話し続けた。
「度胸しかないと言いましたが、それは余計なリミッターがない、ということです。普通の人間なら躊躇する思考、動き、飛彩にはその躊躇がない」
にわかに信じがたい話ということもあり、この時の刑には想像がついていなかった。
そして、今一度目の当たりにした時に刑は全てを理解した。
「君は、やりたいと思った動きが出来るのか……」
常人離れした戦闘センス。刑は、今まで個人領域のみでヴィランズを圧倒してきた理由がやっと納得できた。失敗したら、を顧みない存在などヒーローの中にも滅多にいない。
「最後の一人が合格だったよな?」
気絶した男たちの上にいた飛彩は瞬きの間に消えた。
驚くよりも早く、壇上に登った飛彩は刑へ鞭のような薙ぎ払いを繰り出す。
「じゃあ、テメェも喰っていいよな?」
攻撃を受けて尚、薄い笑みを仮面のように貼り付けた刑に、苛立ちながらも次の手を打つ。
「ヒーローと俺の違い……それが知りたくて来たんだ。お前との戦いではっきりさせてくれ」
「——黒斗司令官の言う通り、君はヒーローに向いてないね」
肘で攻撃を受け止めた刑から感じた覇気に飛彩は本能的に飛び退った。
いつも戦場で感じている何かに、心臓の鼓動が早まっていく。
飛彩の攻勢は間違いなかったが、嫌な予感が頭にこびりついて離れず、身体が完全に止まる。
「なんで……世界展開してんだお前?」
その頃、護利隊の通信本部。計器の僅かな反応に、居合わせた黒斗とメイが顔を合わせる。
「今の反応は?」
「さぁー、世界展開の開発実験とかしてたら出るかも?」
「そんな予定は護利隊もヒーロー本部もないぞ?」
嫌な沈黙が少しだけ流れ、メイは以前受けた相談事を不意に口にする。
「そういえば計器の故障がどうとか言ってたヒーローいたよね? 調査してなかった?」
「計器の故障……メイ、カクリを呼べ」
「えぇー? レギオン戦で結構疲れてるよカクリちゃん」
「いいから早くしろ!」
嫌な予感は予感のままであってくれと、黒斗は心の底から祈った。
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