「あの……」
その沈黙を破ろうとしたのは俯いて表情を隠す翔香だったが、熱太が空気を読まずに雄叫びをあげて立ち上がる。
「次は俺達だけで勝つ! これ以上、飛彩の前で無様な戦いは出来ん!」
部屋どころか建物の外まで響いたであろう大声に、エレナも翔香も肩を跳ねさせた。
そしてエレナはすぐに笑みを漏らし、続いて大声で笑いだす。
「もー、何も解決になってないじゃない。これだから脳筋な男はっ」
暗い空気を吹き飛ばす威勢。
それは何の解決策にもなっていないが、今の自分たちには必要なものと本能的に熱太とエレナは理解している。
「は、はは……」
その中で翔香はただ一人乾いた笑いをこぼしていた。
戦友、さらに敬愛するリーダーの気合ですら心に巣食った影を飛ばすことは出来ないらしい。
(なんで……この人達は、こんなに強いんだろう)
この時の翔香の心はまさにヒーローになる前の、ただ無性に憧れたあの頃に戻っていた。
ただそこに前向きな気持ちは一切なく、むしろヴィランに抱く恐れに近い気持ちで俯瞰していた。
自分のせいで大勢の人が死んでいるという事実に翔香の心は耐えきれないのだ。
もう辞めたい、そのことを言うために声を出そうとしていたのに、それを阻んだ熱太を少しだけ恨みそうになった。
そんな考えを抱かれていることなどつゆ知らず、熱太は味方を鼓舞するように言葉を続ける。
「最近は俺の戦いを二人にアシストしてもらう戦法だったが……あれは一旦やめにしよう。飛彩と同じように戦える、俺も出来なくちゃいけないという驕りだったのかもしれない」
「そんな、先輩のせいなんて……!」
先ほどまでの悪意などすっかり忘れ、敬愛するリーダーの失態ではないと反論する翔香。
自分の乱れた心が二人に影響を及ぼしてしまっていると感じているだけに熱太のせいでもエレナのせいでもないと駄々をこねるように続けた。
「私が足を引っ張ってるから……」
「誰も足など引っ張っていない!」
涙を頬に伝わせる翔香の肩に両手をおいた熱太は熱気あふれる声を沈め、優しく語りかけた。
「翔香、お前はよくやってくれている。不甲斐ないリーダーですまない」
「そんな……」
リーダーとしての責任を熱太も感じているのだろう。
余計な言葉をかけないと話していたはずだが、仲間の不安を少しでも取り除きたいと言う優しさが見え隠れしていた。
「——熱太くん、担当官が呼んでるわ」
「わかった……翔香、俺とエレナで話してくる。お前は落ち着くまでここで待っていろ」
傷心の少女にはもう少し声をかけてやらねばならないと感じていたのか、名残惜しそうにその場から立ち去っていく。
扉が閉まり、翔香だけが殺風景な応接室に残された。
「何で……私を責めないの?」
三人の展開力を共通のものとして戦うレスキューワールドは一人の不調が間違いなく大きな影響を出してしまう。
それの原因が翔香にあると、間違いなく熱太もエレナも気づいているのだ。
だが、二人は決して翔香を責めることはない。その優しさはますます翔香を追い込んでいた。
「——私一人が辞めれば、先輩達は辞めなくて済むんじゃ……」
それは追い詰められた少女の元に降りてきた天啓。
このままだと全員ヒーローを辞めさせられてしまうと言う事実もまた翔香の考えを後押しした。
「そうだ、そうだよ! あんなすごい先輩達の夢の邪魔なんて私はしたくない! 熱太先輩もエレナ先輩もヒーローなんだから!」
恐怖と責任から逃れたいがために翔香は扉の近くまで駆け寄った。
自分がなぜヒーローになりたかったのかも忘れ、解放されたいと言う欲望のままに冷たい床を踏みしめていく。
しかし、扉越しに耳に届いた言葉が翔香の身体から自由を奪い去った。
「レスキューワールドの世界展開をリセットするには、三人まとめてでないといけません。そして一度でも世界展開から離れれば……二度と変身出来ません、それはご存知ですね?」
無機質な担当官の声だけが鮮明に翔香に響いた。
その時ばかりは壁がないような錯覚を覚えた翔香だったが、声を荒らげている熱太やエレナの声がくぐもってどんどん遠くなっていくことを感じていた。
「私が辞めたら……みんな世界展開出来なくなっちゃう?」
大好きな先輩達だけなら絶対に世界の希望になってくれる、そう思えたからこそ翔香は逃げようとした。
ヒーローを志すきっかけにもなったその気持ちだけは偽りもなく、その先輩達の目標に自分が足を引っ張っているという自覚がさらに翔香を苦しめていたというのに。
現実は翔香に逃げる選択肢を与えようとはしなかった。残酷なまでの二者択一。
己の心を殺すか、敬愛する人の夢を潰すか、どちらも選べるはずのない現実に何も考えずに逃げ出したい、その気持ちだけが翔香の心を蝕みながら支配した。
そして突き動かされたままに扉を開き、熱太達と対峙する。
「翔香……?」
「……ッ!」
目を真っ直ぐ見ることが出来ない。そう感じるよりも早く、翔香は踵を返して駆け出した。
「翔香ちゃん!」
すかさず追いかける熱太とエレナだが、チーム一の俊足である翔香にどんどん引き離されていく。
「話、全部聞かれちゃってたみたいね……」
「くっ……あの担当官め……!」
苦言を呈している間に翔香の姿は完璧になくなってしまう。
あの速さに今まで何度も助けられてきたというのに、それに背を向けられ、姿を眩まされてしまう。
「翔香……!」
気がつけばヒーロー本部の正門にまでやってきてしまっていた。エレナが連絡をしても一向に出る気配はない。
「ダメ……足取りが掴めそうなものは全部置いてったみたい」
「探しにいくぞ」
「ど、どこに?」
「アテなどあるか! 全力で走り回るのみ!」
カッコつけた割には一番泥臭い方法論。非効率で経験に翔香には追い付けないような気もした。
「何よそれ……けど、私もそうしたい気分」
視線を交わし、互いに逆方向へ走っていく熱太達。
会えたとしてどんな言葉をかけるべきなのかわからないままに駆け出していく。
翔香はその様子を向かいのビルの物陰からこっそりと覗き見ていた。
追われる強盗のように、見つからないように祈ってしまうほどに。
今の翔香はとにかく一人になりたかったのだ。
そのまま熱太もエレナも向かっていない方向へがむしゃらに走っていく。
その間だけは何も考えなくて済んでいた。
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