いち早く戦場に到着していた熱太とエレナは、見つけられなかった翔香がいまだに到着していないことに安堵を浮かべていた。
半市街地戦となる第三誘導区域は森林部分と住宅街部分が隣接する場所。
人気のない片田舎のような様相が戦場に不気味さを装飾しており、敵が人型になるとこの場所は非常に戦いにくく、格下が相手でも足元をすくわれる場合もある。
特に今の精神状態で翔香を戦わせるのは、命に関わると踏んで、このままやってこないことを願っていた。
「あ〜らよっと」
そんな神妙な面持ちの二人の前に、次元を割いて飛彩が現れた。
見たことのもない移動方法に面食らったのか、熱太もエレナも驚きの声を上げる。
「お〜、敵はまだ来てなかったのか、ちょうどいいな。精度上げたなカクリ」
ふわふわと浮いてしまう異次元空間にも関わらず、同時に運ばれた特殊スーツと武装を巧みに装着し護利隊正式衣装で再び地面に舞い降りたのである。
「飛彩! な、何だ今のは!?」
「どーだっていいだろ? それより走駆は? まだ来てねぇのか?」
「翔香ちゃんは、その……」
話しにくそうなエレナを見て、自分が会う前に何かがあったのだろうと鈍感な飛彩でも察した。
それ以上翔香については言及せず、戦闘前の緊迫した空気の中ズケズケと歩いていく飛彩は思い出したように熱太に声をかける。
「そーいや刑がいってたんだけどよ。ヒーローが変身してる時って、外の様子を見るようにも出来るらしいんだわ。それでさぁ、今日その機能使って変身してくれねぇ?」
「何を言ってるの……?」
「今の翔香に、そこまで現実を受け止める精神力があるかどうか……」
「おいおい、テメェらの絆ってそんなもんか?」
不遜な様子の飛彩を見慣れているはずの二人だが、仲間のことをとやかく言われる筋合いはないと厳しい視線を送り返す。
「いいから俺を信じろ。損はさせねーよ」
そう言い残し、飛彩はヴィランの出現地点と思われる場所へゆっくりと歩いていった。
飛彩の本心をつかめずにいる熱太は戸惑いを捨て精神統一を図ろうとする。
そしてうだうだ考えるよりも、友の言葉を信じることにした。
「飛彩! 何か考えがあるんだよな?」
熱太が質問を投げかけると同時に翔香とホリィが第三誘導区域へ現着する。
やはり影を落とした表情で、それがレスキューワールドに伝播してしまう。
「心配すんな。俺がいつものレスキューワールドに戻してやるからよ」
到着したばかりで会話の内容など理解できるはずもないのだが、ホリィはただ一人戦場に向かう飛彩の背中がやけに頼もしく見えた。
「ちょ、ちょっと飛彩くん! 他の人たちは!?」
そのホリィの問いに翔香はますます震えた。まるで自分の召喚に必要な生贄を用意されてしまうかのようで。
「俺一人だよ」
「え!? 隠雅!?」
「まー、後から狙撃部隊とか来るかもしれねーけど」
たった一人で戦場に向かう飛彩。ドローンカメラは誰よりも先に戦おうとする勇気あるものを追うことはない。
カメラも含めて、その場にいるものの視線を釘付けにしたのは飛彩の歩む先に発生した次元の裂け目。
黒い液体がドロドロと漏れ始め、今にもヴィランズが飛び出そうという気配が立ちこめ始めた。
「ギャーギャー言ってねぇで変身しろ」
駆け出した飛彩を見るや否や、熱太はエレナたちへ向き直り拳を掲げた。
「翔香……俺はあいつを死なせたくない、力を、貸してくれるか?」
「は、はい……!」
実際のところ、もう少し迷いに襲われると翔香は思っていた。
しかし現場にやってきてみれば、斥候部隊はたった一人。
自分の気持ちに懊悩するよりも、戦わなければ彼が死んでしまうという気持ちに後押しされた。
もちろん心はいまだに迷いを抱えている。自分のために誰かが傷つくのは見たくない、と。
「いくぞ……! 世界展開!」
「「「世界展開!」」」
次元の裂け目から流れ込む黒い液体を吹き飛ばすように光の柱が天高く伸びた。
それを後ろから差し込む光で確認した飛彩は口角をあげて一気に走り出す。
「体張ってやるんだ……しっかり目ぇ覚ましてくれよ!」
そして裂け目から現れた黒い影と飛彩が交差する。拳と拳がぶつかり合う鈍い音が開戦の狼煙を上げた。
青い強化スーツの残光と黒い影が戦場でぶつかり合い、軌跡と火花がひらけた十字路のあちこちで舞った。
敵が何のヴィランなのか、変身している翔香たちにはわからない、はずだった。
「え……?」
一瞬で終わるはずと感じていた変身は永久のように感じられた。
光の柱の内側から、外側の世界で戦う飛彩に嫌でも視線が向いてしまう。
光に包まれた自分に少しずつアーマーが装着されていることを認識しながらヒーローを守らなければならないことを翔香、いやエレナたちもやっと自覚出来た。
「熱太先輩! これ、どういう……!」
「飛彩がそうしろと言ったからだ」
「な、なんで……!」
何よりも目を背けたかった誰かが傷つく光景。
翔香は固く目を閉じようとしたが、その瞬間にヴィランズが光の柱に叩きつけられる。
「きゃあっ!?」
守るべきはずの柱をあえて攻撃に利用する飛彩の戦闘スタイルは護利隊、ヒーロー本部の両方に激震を走らせる。
翔香も腰を抜かす勢いだった。
「オラァ!」
柱にめり込んだヴィランの頭へと叩き込まれたかかと落としと共に、今度は地面へと抱擁させる。
「グッ、ガガグゥ……!」
「糞虫のくせに空飛べてよかったなぁ? いや、ぶっ飛ばされただけか?」
砂煙の中から現れたのは人型なのは間違いないが、普通の手足以外に身体から黒光りする四本の脚が伸びる虫のヴィランズだった。
それが『悪の蜘蛛』であることが即座に観測される。
「飛彩、聞こえるか? やつは蜘蛛型ヴィランズ、今までも何度も倒してきたランクHの雑魚だが……一人で戦った事例はない。気を付けろ」
ヘッドセットから聞こえる黒斗の忠告と同時に複眼が煌めくヴィランズの口から粘着質の糸が噴射された。
「油断?」
いつの間にか抜かれていたハンドガンは淀みなく蜘蛛ヴィランの頭部を襲い、粘着質の糸を蹴散らす。
吹き飛ぶ糸がヴィランの視界を奪い、流れるように飛彩は背後を奪い去った。
「俺がいつ油断すんだよ?」
左手に小太刀を携え、うじゃうじゃ生える脚の関節部を斬りつける。
刹那の内に叩き込まれた閃斬は、四本全てへほぼ同時に着撃したと言っても過言ではない速度だった。
「ガハ、キ、貴様ァァ!?」
その戦いぶりはまさに圧倒的。
ドローンカメラでその戦いが中継されることはないが、ヒーローの如き戦いぶりだと誰もが思うだろう。
「な、なんなの? あの強さ……?」
先陣を切って飛彩が戦っていることにより、ヴィランは光の柱を傷つけるどころか飛彩の攻撃を避けるので精一杯だった。
「私、蘭華ちゃんから聞いたんですけど……」
唯一レスキューワールドではないホリィが変身途中で通信を飛ばす。
ホリィはこの景色から目を背けていないという事実もまた翔香を驚かせた。
「護利隊の戦い方は遠くからの射撃が中心で、離れた位置から狙撃するのが定石だそうです」
つまり、飛彩のような危険な戦い方をするものはいないどころか、行えるものがいないという証左に他ならない。
「じゃあ、何? 隠雅はわざわざ一人で戦ってるわけ……? い、意味わかんないよ!」
事実、ヒーローの周囲に数人の射撃部隊が配備され始めたが、射線上で敵を殴打し続ける飛彩のせいで援護は出来ない。
飛彩が黒斗に手を回していたこともあり、他の隊員が進んで応戦することはなかった。
飛彩と封印されし左腕の正確な実力を計測する、というのも必要事項だったに違いない。
「おいおい。こんなんじゃ準備運動にもならないぜぇ?」
「ご。コンナ所デ死ぬワケニハ…!」
「そう言って命乞いする奴を見逃したことが一度でもあるか?」
鬼神の如き戦いぶりにヴィランズは恐れるような様子を見せ始める。
四肢以外の脚部を用いて素早く刺突攻撃に転じるが、飛彩は紙一重で避けつつ間接のような装甲の薄い場所に銃弾を撃ち込みつつ小太刀を突き刺していく。
どんどん遅くなっていく攻撃に飛彩は搦め手をやめ、敵の刺突を踏み台に上へと飛んだ。
「二分くらい寝ててくれよ」
『注入!』
右足に注入された濃縮展開剤がスーツの青いエネルギーをより発光させた。
そのまま飛彩は全身を捻り、しなる右足を鎌のようにヴィランの首へと叩きつける
鎧ごと何かを砕く鈍い音が戦場に響いた。
「ヒーローが手出しする前に倒してどうする……」
あらぬ方向に首を曲げたヴィランは足取りをふらつかせながら地面へと吸い込まれた。
「オ、ォデハ……生キタイダケナノニ……!?」
「あ?」
悲壮な声を漏らすヴィランに疑問を浮かべていると、その背後に次元の裂け目が現れた。
蜘蛛のヴィランが現れた時とは別の裂け目からは滝のように異世の展開が漏れ出してくる。
「ちっ、逃すかよ!」
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