【完結】変身時間のディフェンスフォース

〜ヒーローの変身途中が『隙だらけ』なので死ぬ気で護るしかないし、実は最強の俺が何故か裏方に!?〜
半袖高太郎
半袖高太郎

熱き幼馴染

公開日時: 2020年9月1日(火) 12:03
文字数:5,351

 教室に着いた後も蘭華は笑みを浮かべながら要点を教えている。

いつも以上に頭に入る、と飛彩自身も驚いていた。


「はいはい。次はこの問題読んでおいて」


となりの席に座る蘭華から借りた大量のノートをめくりながら頭に叩き込む。

その情けなさたるや、赤点の常連と言えよう。


「テストなんてよぉ。体育の成績でスルーにしてくれよなぁ〜」


「文句ばっか言ってないでさっさと読め!」


 勢いよく飛彩の顔面をノートへと叩きつける。そのまま力なく突っ伏す飛彩にやりすぎたか?と覗き込むが、要因は外傷ではないようだ。


「なーに、またヒーローの活躍が妬ましいの?」


「嫉妬とかじゃねぇ、腹が立つだけだ」


 テスト直前にも関わらず、教室の話題はヒーローの活躍で持ちきり。

それもそのはず、ワールドレスキューはこの学校の生徒でもあるのだから。

彼らにとっては会えるヒーローとして、人気が高い。女子に頼られていた舞い上がり度合いも、教室で現実に引き戻されたようだ。


「……そういうのを嫉妬って言うんでしょー。ほら、もうノート返して。始まるわよ」


そして勢いよく教室の引き戸が開けられる。先生の登場と思いきや入ってきた時の人に、教室は熱狂の渦に包まれる。


「飛彩、いるかー!」


「う、うわぁぁぁ! 新志先輩だあぁぁぁぁぁぁ!?」


熱狂に包まれる教室。名指しされた飛彩のことなど構うものかと生徒が熱太に押し寄せる。


「この前の戦い見ました!」


「連携がかっこいいっす! さすがレッド!」


「サインください! オークションで売るんで!」


きっとここまでは辿り着けない。そう勝手に決めつけて飛彩はぼけっと窓の外を眺める。


「おいおい! 無視することはないだろ!」


「……ちっ、人だかりはどうしたんだよ」


 心底嫌そうに話しても熱太と呼ばれる熱血漢には届かない。ところどころ赤い髪が混じる熱太はまさに炎のような男だった。


「漢、新志熱太! 面倒ごとは通りかかったエレナに任せてきた!」


「偉そうに言うことじゃねぇーよ。お仲間のブルーが困り気味でこっちを見てるじゃねぇか」


熱太と同じ学年、同じチームのヒーロー、レスキューブルーのエレナはにこやかに全員と談笑している。セクシーな雰囲気にやられているのは男子にとどまらない。


「熱太ー。さっさと済ませてちょうだい」


親指をぐっと突き立てるけども、人だかりでエレナの姿は見えない。


「おう。わかっているとも!」


「テスト直前の詰め込みで忙しいんだ。テメーのせいで赤点になったらどうしてくれんだ?」


「誇ればいい! 俺と同じ赤じゃないか!」


「戦いすぎて頭がおかしくなったのか?」


 大きなため息が登っていく。話しているだけで体力が削れていくようだった。


「けっ、新米の女ヒーローをいきなり俺に送りつけてくるし相変わらず意味わかんねーぜ」


「お前、友達少ないだろ? 同世代の友達が多い方がいいと思ってな!」


「まず俺に嫌われているってことにいい加減気づけバカ……で、何の用だよ。テスト前に来るんだ。よっぽどのことなんだよな?」


「最高の情報だ。この前の戦闘後に聞いたのだがな……」


 無理やり肩を組まれる飛彩は嫌悪感の視線をこれでもかというくらい発する。しかし、熱太は空気が読めない男としても有名であった。いや、読まないのか。


「秘密裏にヒーロー試験が行われるらしいぞ!」


「だぁー!!!! クソが! 自分で秘密裏って言ったんじゃねーか!」


はたから見れば仲が良い先輩後輩。

熱太自身そう思い込んでいるが、今となってはそれは一方的な感情だ。

幼馴染の二人だが、日向者と日陰者は反りが合わない。


「はっはっはっ! そうだったな!」


「……俺はお前が人気ヒーローだなんて今でも信じられねぇよ」


 こんなにもウザいやつなのにという言葉は閉まっておいた。流石に級友を敵に回した一年間を過ごしたくはない。


「とにかく落ち着け飛彩。申し込み用紙は持ってきてやった」


「てめーが騒がしてんだよ。少しは静かに喋れ」


無理やり押し付けられた申し込み用紙をくしゃりと握りしめる。今時、紙媒体なんて古めかしい、と思っていたが、それはよく見ると推薦状だった。


「言ったろう? 秘密裏に行われる現役ヒーローの推薦で行われる試験だ」


「……いつまで経ってもヒーローになれねぇ俺を憐れんで……」


「悲観するな! 俺はいつかお前とともに戦いたい! そう思っているだけだ」


 真っ直ぐすぎる願いが込められているものの王道を行くヒーローとしての言葉が、何より幼馴染としての言葉が深く持たざる者の胸を抉った。

飛彩の欲しいもの全てを持っている熱太の言葉も施しも全て飛彩を傷付けるに過ぎない。

それほど、持つ者と持たざる者の隔たりは激しい。しかし、一縷の望みをこの紙切れに馳せてしまう自分が殺したいくらいに憎かった。


「……熱太、お前たちもテストだろ?」


「お!? そうだった! 飛彩、是非とも受けてくれよな!」


そう言ってドカドカと人ごみを割って出ていく。エレナも飛彩たちへ上品な様子で手を降っている。

人気者に日陰者の気持ちは何一つわからない、再びそんなことを思ってしまった。


「……クソが」


案の定、一時限目のテストは真っ赤な点数が刻まれることが決定した。


「赤点は確実だわ。すまんな」


「全く……戦うこと以外も真面目にやってよね」


そのまま二時限目のテストが始まろうとした瞬間、二人に支給されている連絡用デバイスに短い通知が入る。


『第一誘導区域にて異世化の兆候あり。現地で待機せよ』


「ちょっと……冗談でしょ?」


「はっ、待ってたぜぇ……!」


 出撃指令に正反対の感情を示す二人。テストが無条件で延期、もしくは平均点で算出されることを喜ぶ飛彩と、危険な戦地に赴くのを忌避する蘭華。

二人は騒がしい休み時間の隙に外へと駆け出した。

もちろん学校から出撃することは少なくはない。当たり前だが、敵は時間を問わず襲いかかってくる。


「第一誘導区域か。現地集合ってことは……あいつの出番か」


ヒーロー本部は日本各地に誘導区域という戦闘空間を作り上げている。

本部のある東京近郊や、各支部の近くに区域を作る形で迅速にヴィランと戦えるようにしているのだ。


しかし、その中でも第一誘導区域は本部から非常に遠い。

さらに一番広大な森林や荒地の区域だ。それだけで、どれだけの敵が出るか大体察しがついててしまう。


カイザー級大型級だろうな」


「えー! またぁ? この前、護利隊総動員でやったじゃん!」


走り抜けて行く二人は、出口ではなく屋上へ登っていく。


「しかもアレ使うの? あのふわっとした感じ嫌いなんだよね〜」


そうこうしているうちに青空が広がる屋上にたどり着く。第一誘導区域の方面に暗雲が立ち込めているのが分かった。


「さぁーて、いるんだろ? カクリ」


テスト期間中に屋上でサボるような不真面目な存在は、異空間をワープしてきたかのように瞬時に現れた。


「ふわっとした感じが嫌いぃ? 蘭華さんはジェットコースターとか嫌いな感じですかぁ?」


「そういうレベルじゃないでしょ、あんたのは」


 ニコリと笑うカクリと呼ばれた少女。薄紫がかったパステルカラーの髪をふわふわとした軽さにまとめている。

寝起きなのかおっとりした様子で二人を見上げてきた。


「ふふっ、実はカクリちゃんも出撃命令を受けてるのです。せっかくなのでお二人をお待ちしていました〜」


そのまま間髪入れず、カクリは世界展開リアライズを発動した。無重力感を盛大に味わわされること五秒。二人はいつもの待機室へと落ちた。


「ぁぁ? なんで本部に?」


「飛彩さんはともかく、蘭華さんには更衣室が必要でしょう?」


「あはは……気が効くわね。もう一回あの浮遊感を体験しなきゃいけないことを除けば」


 まさに瞬間移動。それがカクリの世界展開。

ある地点とある地点の場所を入れ替えるという移動に特化した能力だ。展開の早さもさることながら範囲も非常に大きい。

輸送要員として重要な人材で、デメリットも多大にあるのだが、戦闘に参加しないカクリにはあまり関係ない。


「皆さんには急いでもらわないといけないので着替えが終わった人から叩き落としますねー」


そう言いながら飛彩は次元の裂け目に消えていった。


「飛彩さ〜ん! 生きて帰ってきてくださいね〜!」


「お前のせいでいきなり死にそうだよバーカ!」


着替えの早さもさることながら、確認もしないカクリの容赦のなさがうかがえる。


「まぁ……私は待つことしか出来ませんから。一緒に戦える蘭華さんが羨ましいです」


そうかしら、と短い返事を返す蘭華。

カクリの能力はチートに近いが、そのかわり一切の戦闘力を有さない。実のところ日常生活も満足に行えない筋肉量なのである。

待つしか出来ない辛さということに関しては、蘭華も胸が痛む思いだった。


「ま、心配させないようにすぐ戻ってくるわ」


「飛彩さんにもお伝えください。母星共々応援してるので〜」


こんな不思議っ子でなければ、もっといい友人になれるのに、と半笑いの蘭華。すでに準備も終わっており、カクリへ視線を飛ばす。


「この前みたいに空中で落っことさないでよ」


「ん〜、第一誘導地区は遠いから確約は出来ないかもー」


 自信なさげな一言を最後に能力が発動される。

恨めしい視線を送り、謎の浮遊空間を通ること十五秒。軽い吐き気とともに森林地帯へと降り立った。


「あれ? 飛彩は?」



「ふっざけんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」



 落ちていた。カクリの反省は全く活かされておらず、狂った座標から叩き落とされて三秒。

上空を舞う飛彩は着地に必要なインジェクターがいくつ必要か冷静に考えていた。正直な話、戦闘に残しておけるかが微妙である。


「カクリィ〜! テメェ、戻ったら飯奢ってもらうからなぁ〜!」


「それは嫌なのです」


「飛彩、どこよって……また空!?」


「なのです!」


「なのですじゃねーよ、ワザとやってんのか!」


 鼓膜をつんざく思いで叫ぶも、バイザーが適正な音量へと変えてしまう。


「えー、だって飛彩さんはそっちの方がいいかなぁーって、思ったんですけど?」


 意味深な発言。だが、悪意が込められているわけではない。笑っている余裕があるわけではないが、笑っていなければやってられない。

透明な死体を探すのは苦労するだろうな、と自虐的な笑みまで浮かべてしまう。


「もうカイザー級が出てくるわよ!」


「だから言ったのです! 飛彩さんはそこがいいって!」


 その刹那。立ち込めていた暗雲の真下で、空が割れた。飛彩はその先にいる巨大な眼球と目が合う。鳥肌と同時に襲う武者震いは、恐怖に近かかった。


さらに次元から黒い液体が溢れ出るように闇が広がり始めた。ヴィランズ独特の世界展開である。


「チッ! ヒーローはどうした!」


「もう着く! ホーリーフォーチュンと、ミスタージーニアスが!」


 その二つの名を聞いていくらか目を細めた。現在のナンバーワンヒーロー、ジーニアスとデビューしたての新人。世間に売り込む気満々な計らいに苛立ちが募る。


「かっ! そいつらが来る前にぶっ倒してやろーぜ!」


「うちの増援も来てないのに無茶言わないでよ! カクリ! 追加兵装と人員の準備は?」


「もう運んでまーす」


 気の抜けた返事が準備もままならないことを告げる。それでも敵が待ってくれるわけではない。風雲急を告げる事態は、基本的に悪い方向へだ。


「え? ちょ、ちょっと待ってよ。こいつって……!?」


計器やアシスト用の銃を用意していると、絶望的な情報が蘭華の目に飛び込んできた。


『カイザー級 ランクF ゴーガ・レギオン』


以前、ヒーロー三人、護利隊の兵士を四十人以上を失って撃退した、今までの戦いの歴史の中でも最強の部類。天災に匹敵する百メートルを超える巨大怪獣だ。


「墓柩司令官!」


「すでにヒーローの増員を用意してある。追加の武器の運搬もさせているから安心しろ」


「……それでも足りるかどうか」


 こんなことになるなら大人しくテストを受けていた方がマシだったろう。

そして、その刻はきた。高層ビルのガラスが全て割れたような粉砕音と共に、カイザー級か姿を現した。


『ギャオォォォォォオオオオ!』


 空中にいた飛彩は空気の振動と共に震える。

しかし、ここにきて恐怖の震えは全て消えていた。目の前に飛び込んできたチャンスを見過ごすほど飛彩は努力を怠っていない。


「はっ! カクリ! お前、やっぱりワザとだったな?」


「そんな予感がしていたんです母星からの通信で……でもやりすぎですね。ごめんなさい」


「謝んな! 自身なくすだろ!」


 それを最後に飛彩の眼光は鋭くなる。おしゃべりはこれで終わりだ、ということだろう。

勢いよく両手で小太刀を抜刀し、前方へ落ちるようにしてカイザー級にそれを突き刺した。


「オラァァァァァァァァ!」


 鋭い小太刀は、ゴーガ・レギオンの薄皮を傷つけるにすぎないが、それは狙いの本質ではない。

飛彩は巨獣の右頰で何とか停止する。

近くに見えるは巨大な顎門からの鋭い牙。一列に並んだ複眼が嫌悪感を増加させる。しかも巨大な羽が生えている要素がてんこ盛りの怪獣だ。


「さぁーて、俺のことなんて見えてねぇだろうが……」


 鱗だらけのボコボコした肌を、小太刀を突き刺しながら上へと駆け上がっていく。

スーツの力もさることながら、飛彩の鍛え上げられた膂力のおかげだというのは言うまでもない。


あっという間に右目の近くまで駆け上っていき、引き抜いた小太刀で右目を抉りつける。


「俺に釘付けになってくれよ」



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