「流石は俺の相棒だな!」
「へっ!? ま、まぁね〜!」
顔を赤らめて動揺しつつも端末を動かす手が緩むことはない。
カクリに勝ち誇った視線を送りつつ、どんどんとセンテイア一族のみの居城を割り出していく。
「——よし……分かった。あそこの家族は三十階より上の各フロアごとを与えられてるみたい。四十階が現当主のフロアでそこから三十五階までがいろいろなパーティーとかを行う場所のようね」
「確かあいつは妹だか姉貴だかがいるって言ってたな……じゃあ三十階から三十四階のどこかがホリィの!」
頷く蘭華は端末をしまい、再びタブレットにマンションの図面と作戦指示書を書き上げていく。
裏方としての才能を磨き上げていた蘭華にとって、軍事施設でもない限り突破できないものはないのかもしれない。
「流石に自分たちのプライベート空間に防犯カメラはないはず……ただ広いからボディーガードはたくさんいそうだけど」
「それだけ分かれば充分だ……あとはそこに乗り込んでアイツの気持ちを確かめる」
拳と拳をぶつける飛彩は気合充分だ。
プロとしての意地を見せた蘭華に相応しい実働部隊であるべきだと気合を燃やしている。
「待ってください、飛彩さん」
そこへ水を差したのはゲートを繋げるカクリだった。
いつも抜けているような様子の彼女だが、可愛らしく座りつつも今回は眉と瞳を近づけた険しい表情となっている。
「なんだよ? もう作戦を実行に移すだけだぜ?」
「もし、飛彩さんたちの望む答えじゃなかったらどうするおつもりですか?」
その問いに蘭華は固まる。
戦い続けることを誓い合った仲だからこそ、不本意ながら参加できないだけだと決め付けていた。
それを一歩引いたところから観察していたカクリは一番クレバーな意見をぶつけてくる。
「飛彩……」
動揺と冷静な相反する視線をその身に受ける飛彩は足をあぐらの足を組み直し、神妙な面持ちから安堵感を与える小さな笑みを浮かべた。
「望む答えなんてねぇ」
わざわざ危険を犯して厳重な警備を掻い潜ろうというのに無駄足になっても良いと宣言した飛彩にカクリは瞠目する。
「アイツが戦いてぇならそれを助ける。戦いたくねぇなら、そのままにしておく……それだけだ」
「ちょ、ちょっと! 電話とかで済みそうな用件で人生賭けちゃうわけ?」
何がなんでも連れ戻す覚悟があると考えていたからこそ蘭華も協力したわけだ。
にもかかわらず飛彩は場合によっては手ぶらで帰ると宣う。
ホリィの協力なしには脱出も出来ないかもしれないというのに、不遜な態度の飛彩は笑みを浮かべつつも自分の言葉を曲げるつもりはないようだ。
「確かにホリィが出撃しねぇってなって驚いた。でもそれをホリィが決めたんなら何も言うつもりはねぇ。俺たちみてえなガキが世界救うために戦ってる方が間違ってんだからよ」
決めたなら、という部分を強調した飛彩はスナック菓子の袋を開けながら言葉を続ける。
「自分の気持ちを押し殺して言わされてる言葉なら何がなんでも助けるだけだ」
六畳の部屋に飛彩がお菓子をかじる音だけが響く。
ため息をついた蘭華はテーブルへと突っ伏し諦めたように飛彩を恨めしげに睨んだ。
「何その達観……本当に飛彩?」
精神的にも大きく成長している様子の飛彩に若干引いている蘭華だったが、一度決めたら絶対変える事のない頑固さは変わらないと折れることにする。
「やばくなったらカクリの能力で即回収する。そのやばい状況を判断するのはアンタじゃなくて私たち。それで良いなら飲むわ」
「その条件ならカクリも能力をお貸しします」
「分かった」
やけに素直な飛彩だからか二人にとって不気味な印象を加速させつつも、仲間を大事にするまっすぐな姿勢だけあれば信ずるに値すると心を決めさせた。
「作戦は今日の夜、いいな?」
「はやっ!? 心の準備もなしですか」
「……いや、確かにその方が良いかも」
「蘭華さんまで!?」
相手が好きすぎて無鉄砲な性格まで伝染ってしまったのかと嘆息しかけたカクリの瞳に真剣に調べ物をしている蘭華の姿が映った。
「——今日は三十六階でいろいろな関係者を集めてパーティをやるみたい。そこに警備が集中するはずだからプライベート階層内部の警備は甘くなってるかも」
思い立った日こそ吉日なのか、それとも飛彩が強運なのか隠密作戦にうってつけの人混みも存在する。
「これならカクリの能力を武装の搬入だけに使えるから移送の確実さが増すわね」
「でも、パーティーっていえば招待状とか必要なんじゃないですか?」
すでに出席者のリストを調べていた蘭華はヒーロー本部の社員名簿と照らし合わせて接触できそうな人物を調べ上げていく。
この招待状を贈られている者こそセンテイア財閥と懇意になっている連中だろうと当たりをつけて。
「うーん……護利隊側についてくれる人はいなさそうねぇ」
「そりゃそうだろ。そもそも俺たちに味方したって何の得もねぇ」
正攻法の侵入をするにしてもハードルは高いままだ。
こうなると一番手早いのは招待状を持っている人物からそれを奪い、成り代わることである。
幸いにも大学を卒業したばかりの若い年齢層の人物も多々招待されているようで、飛彩と背格好が似た人物を洗い出すことにも成功していた。
「新谷義経。飛彩と背格好も似てるし、連絡先をハッキングしたところ誰の派閥にも入ってない新入りっぽいわね……勉強だけは出来た優等生ってところかしら」
「そいつに成り代わって三十五階まで侵入。義経クンは気絶させてトイレの個室にでもブチ込んどけ。酔い潰れたことに出来るだろうよ」
着々と決まっていく侵入作戦の詳細。
犯罪者となるかヒーローを目覚めさせた者として世界に希望をもたらすかという瀬戸際が刻一刻と迫ってくる。
「じゃー新谷クンとやらを捕まえに行ってくるか。散々な社交界デビューにさせちまって悪いけどなぁ」
調べ上げた住所へとカクリはゲートを繋ぎ、その異空間の中へと飛彩は飛び込んでいく。
数十秒としないうちにのされて気を失った新谷義経が飛彩の家へと連れ込まれた。
「招待状ゲット」
「……死んでないわよね?」
あまりの早技に殺したのではないかと勘ぐってしまうも、飛彩はアホかとツッコミを返す余裕があるらしい。
しかし、これで完全に引き返せないところまできてしまったのだ、と三人は気を引き締めることになった。
そして、夜の闇が世界を覆う。
リード・ヘヴンはその闇にも負けないようにと輝いて空へとその存在を示す。
地下の駐車場やエントランスには高級車が続々と集まり、いかにも金持ちそうな見た目の人物たちを建物の中へ吸い込んでいった。
作戦開始まであと数分というところで飛彩は着たこともないタキシードに身を包み、蘭華とカクリに笑われていた。
「飛彩、あんまり似合わないわね〜」
「受付で止められなければいいんですが」
「ぶっ飛ばされてぇのかお前らよぉ」
リード・ヘヴンから歩いて数分の路地裏で待機していた飛彩は招待状を携えてその時を今か今かと待ち構えている。
今はスマートフォンで会話が出来ているが侵入後はカクリから諸々の装備が送られてくる手筈になっていた。
「そろそろ時間だ。俺は行くぜ、お前らも配置についてくれ」
「もう着いてるわよ」
「ふぅ……何か盗むってわけでもねぇのに心臓が高鳴るな」
「まあやってることは犯罪だけど、友達を助けるため……余計なお世話じゃなきゃ良いんだけどさ」
都心に一際高いリード・ヘヴンの周りには媚び諂うようにたくさんのビルが密集している。
そのうちの一つの屋上へワープしていた蘭華とカクリは多数の防犯カメラを掌握するだけでなく双眼鏡などで飛彩の同行を把握していた。
そばには正装に身を包んだ新谷義経がいる。
目を覚そうとした瞬間に気絶させられを数回は繰り返しており、もはや痛々しさを感じるほどだ。
「行列がある間は並ばないで。少しでも顔を知られたくない」
「わかってるって」
とは言いつつも逸る気持ちを抑えられない飛彩の性格を知っている蘭華は強めに釘を刺して、徹底的に慎重であろうとさせた。
ヴィラン相手なら飛彩の化け物じみた強さに頼るが、今回の相手には存在すら気取らせてはいけない。
臆病であろうとする蘭華の指示に従うことが成功への一歩であると飛彩も理解を示し、深呼吸を繰り返してとにかく心を落ち着けようと徹した。
「不測の事態が起きたら?」
「無理やり正面突破……じゃなくてすぐにカクリの能力で撤退する」
一抹の不安が残る返答だが、それでも実働部隊は一人しかいないのだ。
こっそりとホリィの部屋を探し出してその真意を探る。
単純な成功基準だが、それに到る過程は極めて厳しい。
そうこうしているうちに、パーティーの時間が近づいてエントランスにいる人々もまばらになってきた。
「よし、そろそろね」
「作戦開始だ。頼りにしてるぜ、蘭華。カクリ!」
「任せなさいって」
「頑張りましょう!」
その瞬間、飛彩は夜の闇に紛れる静かな足運びでパーティーの受付へと滑り込む。
そろそろ始まるということもあり、簡単なボディチェックのみで上へと通された飛彩はこの警備レベルならば成功したも同然だ、と鼻で笑う。
「待ってろよ、ホリィ」
豪華絢爛なエントランスを通された飛彩は、三十五階直通のエレベーターまで案内され即座に運ばれていく。
飛彩の非公式隠密作戦が、今幕を開けた。
その頃、ホリィは与えられている三十階という飛彩にとって一番道のりが長い場所に幽閉同然に隔離されていた。
ワンフロア全てホリィの自室であるが、もはやこれは檻でしかないと眼下に広がる見慣れた夜景から目を逸らした。
誰もが望む栄華もホリィにとっては窮屈で苦しい世界でしかない。
「飛彩くんたち、怒ってるだろうな……」
裏切りも同然の撤退表明。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか、とホリィは脳内の時を巻き戻した。
「ホリィ。記者会見、素晴らしかったな」
それは数日前のこと。飛彩とのデートを行う前の夜。
団らんさを感じられないほどに広いダイニングルームは数メートルはあろう巨大なテーブルを挟んでの食事となっており、余計に家族としての距離感も遠く感じさせるようになっていた。
「あ、ありがとうございます……」
長方形のテーブルのそれぞれの辺に一人ずつ腰掛けており、部屋の一番奥にホリィの父親、左右に姉と妹、そして一番手前にホリィが座っている。
息苦しい雰囲気は食事と呼ぶには程遠く息を飲む回数の方が多くなってしまうようで。
「私も見たわ〜、立派になったわねぇ」
「さすがはお姉ちゃん」
「出張中のお母さんにも見せてあげたかったものだよ」
「う、うん……」
まとわりつくおべっかがホリィは怖くて仕方がなかった。
これらが親兄弟から受ける偽りの賛辞だと気づいているが故に会話を広げる気にもならず、黙々と食事を口に運んでいく。
「そうだ、食事のあと二人で話したいことがある」
「えっ?」
ホリィの父親がそう言う時は、素晴らしい功績を残した家族への賛辞と次なる課題を科す場であると姉妹から伝え聞いていた。
妹でも何度かあったというのにホリィは今が初めてだった。
恐れと期待が入り混じる複雑な胸中から早く解放されたいのかいつもより食べる速度が上がってしまう。
家族や使用人に値踏みされるような視線を向けられる今から解放されるかもしれない、と信じて。
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