蘭華を部屋へと送り届けた後、背中に感じた柔らかい感触に妙にドギマギしてしまった飛彩はじっとりと肌をベタつかせる汗を落とすためにシャワーを浴びていた。
「くそっ、戦ってる時でもこんなに心臓早くなんねーぞ」
ほぼ冷水のシャワーでも飛彩の火照りを覚ますことはなく、鏡に映る自身の顔が赤いことに気づかされる。
「だぁ〜! こんなことで心乱されてんじゃねぇ〜!」
通常より多くシャンプーを手に取り、頭どころか肩辺りまで泡だらけになっている。
自分という存在をかき消そうとするかのごとく、強く頭を洗う飛彩の苦悶の声は蘭華の部屋にまで響いていた。
「ふふっ、手出ししてこないなんて……って思ってたけど」
隣り合ったマンションの一室に住む蘭華は壁越しに聞こえてくる飛彩の大声を楽しみながら服を着替えていく。
恋愛や友情を超えた絆があるとしても女として意識されない寂しさは少なからずあったのだ。
蘭華の目の前で平然と着替える飛彩だったが、胸を押し当てただけで平常心を失うのが嬉しかったのか蘭華は楽しそうに笑顔を浮かべ続けた。
「よぉし、今日は飛彩の分まで夕飯作ってやるか!」
普段は手間をかけない料理しか作らない蘭華は意気揚々と髪を縛り上げてキッチンに向かうのだった。
そして時は進み、週末を迎える。
学校も護利隊も非番である飛彩は家で寛ぐこともせずに黙々と筋トレを行なっていた。
朝早くに目覚めてしまい、二度寝をしようにも妙に覚醒してしまった飛彩はまだ覚醒し切っていない体をほぐしていく。
「ちっ、蘭華のやつ……天弾と遊びに行ってんのかよ、暇だな……」
なんだかんだ蘭華とゲームをしたり、本部に行って模擬戦を繰り返したりと、人見知りな割には誰かと過ごすことの多い飛彩は誰とも接さない孤独な週末を送っていた。
「つーか一人でいるの、なんか久しぶりだな」
数ヶ月前とは比べ物にならないくらい飛彩は仲間に囲まれるようになった。
触れるもの全てを傷つけるようなオーラを発さなくなった飛彩は学校でも少しずつだがクラスメイトと打ち解けるようになってきている。
とはいえ、急に遊びに誘うほどのコミュニケーション能力があるわけでもなく、孤独と共に寂しげな週末を過ごしているのだ。
「……ん?」
近くに置いておいたスマートフォンに一件の通知が飛んでくる。
特定の相手としか連絡をしない飛彩だが、今日は珍しくホリィから連絡が入ったようだ。
『飛彩くん、今お暇ですか? よかったら二人きりでお会いしたいんですが……』
仕事やトレーニング方法の話ばかりをしていたホリィからの遊びの連絡。
何気なく「いいぜ」と蘭華に返すような感覚で返事を出した後、ことの重大さに気付き画面を飛彩は三度見する。
「——えええぇぇぇぇぇぇえ!? あ、遊びに行く!? お、俺と!?」
テーブルへ置いたスマートフォンへ叫びたてる様子は、ハンズフリーの電話だったとしても怪しすぎた。
断る必要もないのだが、自分の返事が気持ちの悪いものではなかったかなど、余計な勘ぐりをしてしまう。
「お、落ち着け……今まで何度も戦場で戦ってきたじゃねぇか。こんなにビビる必要も」
息を整える飛彩の耳を貫くように鳴った通知音。油断した瞬間だったのか、その場で大きく仰け反って床に倒れ込む。
「いって……そ、それより返信だ」
『よかったです♪ それでは、十時に本部近くのカフェで待ち合わせましょう』
何度か学校の帰りに蘭華やホリィと寄った洒落た店か、と最近行っていなかった待ち合わせ場所を思い出して素っ気ない返事を送る。
「十時……あの場所なら九時半に家でりゃ着くか」
戦いに明け暮れてファッションセンスが皆無な飛彩は、蘭華と外へ遊びに行く時はこれを着ろと言いつけられているいくつかのコーディネートを手に取る。
いつもは着せ替え人形のようで面倒がっていたが、今日ほど飛彩は蘭華に感謝した日はなかったかもしれない。
しかし、これを蘭華が知れば、悶絶して大激怒すること間違いなしだろうが。
「……にしても」
黒いシャツや細身のデニムに足を通しながら慌てていた表情から一変、神妙な面持ちにへと変わっていく。
ヴィランの能力を探る時のような真剣さで着替えを進めていく飛彩は、眉間にシワを寄せて昔の戦いに明け暮れていた頃の表情となっていく。
そして何を言うかと思えば。
「——あいつから遊ぼうなんて、何かあったのか?」
今ここに蘭華がいれば確実に古臭いリアクションと罵られようとコケていただろう。
このような状態で恋愛に向かって思考が働かないのが鈍感男の条件だろう。
ただのデートかもしれないというのに飛彩は変に何かヒーローの仕事に関して心配事があるのではないかと、身構えてしまうのであった。
妙な心配に加え、ホリィと二人だけで会う緊迫感が飛彩を足早にさせた。
予定のより三十分も早く家を飛び出して待ち合わせ場所の店へと向かっていく。
汗が流れないように日陰を選びつつも、すでに高く上がった太陽からは強い日差しが照りつけていた。
「……大丈夫だよな。臭かったりしないよな?」
思春期の少年らしい悩みを携えてカフェの中へと入っていく。
ホリィが来るまで涼んでおこうと考えていたようだが、どうやら考えていたことは同じらしく。
「あっ、飛彩くん!」
「早っ!?」
音源は放課後の寄り道で座る奥側のボックス席から。
何とヒーローとして顔が知れ渡っているホリィがたった一人で変装もせずに待っているではないか。
瞠目した飛彩は窓側からホリィが見えないようにわざと大きく腕を広げて座席についた。
「待ち合わせ十時だろ? まだ九時半じゃねぇか」
「えへへ……何だか緊張しちゃって……」
財閥のお嬢様だろうと同じように緊張するのか、と飛彩は笑いを漏らす。
何気ない会話をしている中で、私服のホリィを見るのが初めてなことに気づいたか口に含んだ水をテーブルへ吹き出した。
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